地方メディアの逆襲

第2回 司法は市民に応えているか

瀬戸内海放送「調査報道記者」編

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 香川と岡山を放送エリアとするKSB瀬戸内海放送による調査報道を取り上げます。

「福祉利権」の構造に挑む
 『福祉と利権の構造』。今から15年前の2006年、KSB瀬戸内海放送の若手記者だった山下洋平が夕方ニュースで10カ月間、計13回にわたって報じた特集と、それをまとめたドキュメンタリー番組のシリーズタイトルだ。高松市の特別養護老人ホーム建設に国と市から支給された6億円の補助金をめぐる汚職事件を追っていた。
 事件は前年秋、施設を運営する社会福祉法人の理事長と市会議員が贈賄罪で起訴されたことから始まる。「陰の市長」と呼ばれ、補助金認可に強い影響力を持つ市の助役に200万円を渡すよう市議が理事長に持ち掛け、賄賂を仲介した。香川県警の調べに市議は金の受け渡しを認めたが、直後に失踪し、行方不明になっていた。助役はいったん金を受け取ったものの、数日後に返却したといい、立件されなかった。そして、疑惑について一切語らないまま、健康上の理由で辞任した。
 この経緯に山下は疑問を抱き、動き出す。「説明責任があるのでは」と出勤途中の助役を直撃し、辞任後も自宅を訪ねて「話を聞きたい」と食い下がった。「若さゆえの勢いです」と本人は振り返るが、この件でデスクを務めた高山桂一が評したように、取材対象に臆せず迫る姿勢、不正に怒る気持ちが画面からほとばしり出ている。
 取材は、その高山が社会福祉法人理事長の単独インタビューを取り付けてきたことから大きく進展し、シリーズが始まった。
 「理事長の証言をもとに捜査本部や関係者への取材を進めると、失踪した市議のボスに当たる別の有力市議や市役所職員が関与していたことがわかりました。補助金認可の見返りに、4人の人物が成功報酬として2000万円以上を分け合うことを記したメモも入手した。そこには、助役や有力市議だけでなく、国会議員と見られるイニシャルもありました。これはもっと根の深い、構造的な問題があるはずだと見て、番組で追及していったわけです」
 賄賂を持ち掛けた市議は金の「運び屋」でしかなく、背後に、市議会と市役所ぐるみで補助金にたかる利権構造──山下は「たかりの二重構造」と番組で呼んだ──が浮かび上がってきた。それを守るために、市議は姿を消したのだろうか。失踪直前には、「2000万円用意できないと死なないかん」と知人に漏らしていた。トカゲの尻尾切りで幕引きさせてはならない、と山下は追及を続けた。だが、なぜか他社は追随しない。市長からは、「瀬戸内海放送が予断を持って報じている」と会見で面と向かって批判される始末だった。
 「一社だけが独走する、いわゆる〝ひとり旅〟でしたね。市役所や議会でも嫌われ、取材拒否されるばかりか、名刺すら受け取ってもらえない状況でした」
 ところが、取材開始から3カ月近く経った06年2月、捜査が急展開する。補助金認可後に300万円の受け渡しがあったとして、助役が収賄容疑で、有力市議と理事長が贈賄容疑で逮捕されたのだ。裁判では全員があっさり罪を認めた。助役は「議会との関係を考え、不正を表に出す勇気がなかった」と言い、有力市議は「(失踪した)同僚市議からの頼みを断りきれなかった」と釈明した。事件の構図は山下の見立て通りだったが、2人とも失踪した市議──後に遺体で見つかった──に責任をかぶせ、まるで被害者であるかのように開き直った。
 有罪判決を受けて、市長はKSBを批判した発言を撤回し、「私の判断が間違っていた」と述べた。高松市議会は、不正を解明する百条委員会を42年ぶりに設置したが、事件に関与した市議が所属する最大会派は消極的な姿勢に終始し、結局、尻すぼみに終わる。
 福祉利権の構造は最後まで解明しきれなかったが、山下は一定の手応えを感じていた。一つは、独自に追及し続けた疑惑が事件となり、有罪判決まで至ったこと。もう一つは視聴者の反響だった。山下はこの事件を報じる際、必ず自分の顔を出し、何か一言コメントするようにしていた。新聞の署名記事のように、記者個人の責任を明らかにするためだったという。
 「その影響か、『KSBだけがこの問題を追及してくれている』『山下記者頑張れ』という視聴者の声が数多く届きました。そんなことは普段あまりないので、励みになりましたね。会社が自由にやらせてくれたのも大きい。実は、事件の途中で僕は岡山本社へ異動になったんですが、岡山県警を担当しながら高松に通ってきては取材を続けていた。会社がそれを許してくれましたし、高山も『おかしいことはおかしいと言い続けろ。とことんやれ』とバックアップしてくれたんです」

高松市役所前でレポートする山下記者。『福祉と利権の構造』(KSB瀬戸内海放送)より

 記者3年目にして遭遇したこの事件から調査報道記者としての山下の歩みは始まり、次へつながっていく。「香川に面白い記者がいる」と話が伝わり、放送エリアではない高知県から情報が寄せられたのだ。全国から注目を集めた「高知白バイ衝突死」である。