ちくま学芸文庫

思考を鼓舞する書

ケン・プラマー『21世紀を生きるための社会学の教科書』書評

「社会的なるもの」を理解するための、新たな想像力をもたらす社会学。アウトサイダーの立場から社会を観察する社会学を学ぶことで世界は一変する。それだけでなく社会学は、「誰にとってもよりよい世界」という希望をもたらす。本書でケン・プラマーはそう主張し、社会学の歴史から理論、未来までを平易に説いていく――。社会学者の本田由紀氏がこの書について、熱く鋭く論じて下さいました。ご一読を!

 本書は、イギリスの社会学者ケン・プラマーが2016年(初版は2010年)に著した、社会学の教科書・入門書の邦訳である。 

 教科書といえば、堅苦しく、定説が並べられ、偉そうな雰囲気がまとわりつくものである。しかし本書は、目配りの良い充実した教科書でありながら、筆者が受けた強い印象は、生き生きと清新で読者の思考を鼓舞する書であるということだ。

 各章末に簡潔な要約があり、「さらに調べてみよう」という問いかけがあり、豊富な参考文献が列挙された文献案内があるという点では、教科書の体裁が踏襲されている。また終章には本書の内容が21のテーゼとしてまとめられているという行き届きぶりである。それなのに、この全体としての「教科書らしくなさ」、読んでいてわくわくする感じはどういうことだろう。

 それは、著者が各章を通じて語る社会と社会学のあり方、その語り方の文体そのものに由来している。それを伝えるために、少し引用してみよう。「人間によって作り出され、苦しみと楽しさに満ちた社会的世界を前に、社会学者は畏敬と恐怖、憤怒と歓喜の念を抱く。社会学者は、社会的世界を批判するとともに、批判をこめて称賛する。社会学者は、人間の社会生活がもつ複雑なパタンに驚嘆しつつ、発展させるべき良きものと、取り除くために骨を折るべき悪しきものの双方を観察する。社会学は、ありとあらゆる社会的なるものについての、体系的、懐疑的な研究となるのだ」(27―28ページ)。

 私たちが生まれたとたんに投げ込まれる、この営々と続く社会という営みを、あえて「謎」として受け止め、その成り立ちを解き明かそうとする思考こそが社会学であると著者は述べる。本書に徹頭徹尾、充満しているのは、こうした「社会学的想像力」へのいざないなのである。

 そのような想像力を以て見つめたものを形にするためには、社会学が蓄積してきた様々な道具立てが不可欠である。本書には、社会学の歴史、理論、研究手法のそれぞれを手際よく振り返る各章も含まれており、それらを踏まえた社会学的な問いの立て方も11項目にわたって示されている。すなわち、単に想像力を喚起するだけでなく、社会学を実践するための具体的な手ほどきが、ふんだんに盛り込まれている。

 また、社会学が注目すべき事象として、21世紀を生きている我々が直面している、最も現代的なイシュー―たとえば、デジタル化がもたらす「ポスト・ヒューマン」世界、環境破壊と「コモンズ」の必要性、宗教的情熱の再沸騰など―と、社会と人間にとって時空を超えた根源的苦しみをもたらすものとしての「不平等」について、それぞれ章を設けて論じられている。

 筆者が特に感慨深く読んだのは、社会学と社会のビジョンについて論じた章である。社会学は価値観を切り離して科学的・客観的な真理の探究のみにいそしんでいればよい学問ではない。「社会学の主題は価値観と権力にまみれており、急速に変化する政治的、道徳的世界の中に自身を見出さざるを得ず、社会学の主題それ自体が何よりその変化の一部なのである」(400ページ)。社会学者は事実を見つめるとともに、自らの価値観をも彫琢することを突き付けられており、その難しい綱渡りを求められている。しかし、人類が積み重ねてきた価値観の方向性は、一定の収斂をも見せつつあり、その中には、ケア、承認、人間の尊厳などが含まれる。それらに基づき、より善い世界、私たちが生きたいと望む社会に、一歩でも近づくために社会学は貢献しうる、と著者は説く。

 もう社会学に足を踏み入れている人たちは、本書を読んで、ああ、社会学をやっていて良かった、と思うだろう(私もだ)。そして、これから社会学に触れてみたいと思う人たちは、本書を入り口として絢爛とした「社会学的迷宮」に吸い込まれることになるだろう。本書が、読みやすい訳と文庫という形で刊行されることに尽力された方たちに、心から感謝したい。

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