地方メディアの逆襲

第3回 「個」の力が報道を強くする

瀬戸内海放送「調査報道記者」編

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 香川と岡山を放送エリアとするKSB瀬戸内海放送による調査報道を取り上げます。

コロナ禍の母親たちを追うドキュメンタリー

 瀬戸内海放送編の過去2回では山下洋平記者の調査報道を追ったが、一方で彼は地域の人物や文化・スポーツをテーマにした密着ものなど、異なるタイプのドキュメンタリーも作っている。最近の番組で特に思い入れの強いのが、20年9月に放送された『そのママでいいの~新型コロナ禍と乳幼児ママの居場所~』だという。
 この番組では、3歳までの未就園児を持つ母親たちの子育てサークル運営団体「ぬくぬくママSUN’S」に半年間密着した。元保育士の女性たちが約10年前に立ち上げた団体で、中心メンバーに山下の同級生がいたことから19年夏に初めて取材に行ったという。
 「彼女たちが手作りコンサートをするという告知を兼ねたニュースの取材だったんですが、リハーサルを見ていたら、なぜかわからないけど無性に感動したんですよね。その後も何度か取材するうち、普段の活動に密着してみたいと思ったんです。その時点で一本の番組にする見通しはありません。ただ、彼女たちの活動に興味を持ったのと、自分がなぜあんなに感動したのか、半年追えば理由が見えてくるかなと思って」
 ところが、折からの新型コロナ禍で様相が一変する。20年2月下旬に取材を始めるとすぐ、全国一斉休校に突入した。団体の中心メンバーたちには小学生の子供がおり、活動場所だった公民館も使えない。乳幼児を抱えて自宅にこもる生活に、不安と孤独感を募らせる母親たちも出てきた。だが、大人数での集まりや子連れの外出に世間の目は日に日に厳しくなっていく。このまま予定通り活動を続けるのか。続けるなら、どこで、どんな条件で……。悩みや不安に揺れながら、母親たちは本音をぶつけ合い、全員が納得する答えを見出していく。その過程を、山下はハンディカメラで追った。
 「突然の一斉休校は、僕にとってもコロナが〝自分事〟になった瞬間でした。同じ会社にいた妻と共働きで、子供が3人いる。どうすればいいんだって。香川では当時まだ感染者ゼロで、他都市でも小学校でクラスターが発生したわけじゃない。政権のパフォーマンスのために、経済的影響が少ないところへ負担を押し付けていると思いました。
 それなのに、社会全体が同調圧力で一方向へ傾いていく。感染者の出た施設を責めたり、県外の人間は来るなと岡山の知事が言ったり、マスクをしない人を白い目で見たり……そういう風潮にも大きな疑問を感じていた。だから子育てママさんたちの悩みはよくわかったし、彼女たちが真剣に話し合う姿に共感したんです」
 取材される側の母親たちにも、山下の共感は伝わっていた。中村香菜子代表は、こう振り返る。
 「わたし自身、一斉休校やコロナ禍の中での活動をどう判断すればいいかわからず悩んでいた時に山下さんと電話で話したことがあるんです。こちらの思いをじっくり聞いてくれて、『この一斉休校は間違っていると思う』と怒っていました。それでわたしも、自分の考えが定まったところがあります。
 これまでいろんなメディアの取材を受けてきましたけど、『自分のことも子どものことも大切にする』『地域と子育て世帯をつなぐ』という活動趣旨を理解してくれる記者さんはほとんどいなかった。説明しても、頭の上に?マークが3つぐらい浮かんでいる感じ。男性はもちろん、若い女性記者もそう。それが、山下さんはわたしたちと同じポイントで感動し、一緒に泣いている。この人とはわかり合えるなあと思いました」
 取材対象への共感。それは、「熱い人が好き」という山下の性格もあるが、同じ地域に暮らし、同じ子を持つ親だからこそという面も大きいだろう。

編集室で作業中の山下記者

 同様の経験は、山下の妻で、同僚のアナウンサーだった田嶌万友香(42)──私が取材に行った20年10月からフリーになった──にもある。名古屋出身で地縁のなかった彼女は若い頃、「会社と家を往復するばかりで生活感覚がなかった」と言う。それが、結婚して子供を持つと変わっていった。
 「同じ地域の生活者になれたんですね。その自分の姿を見せることで、視聴者と感覚を共有し、一緒に成長していくような感じがあった。日々の子育てや身近なできごとからネタを見つけることも、よくありました」
 田嶌は17年、系列26局から選ばれるANNアナウンサー賞の番組部門優秀賞をKSBで初めて受賞している。対象となったのは「食材値上がりで給食がピンチ!」という解説コーナー。「生活者の目線で生の声を伝えている」と評された。
 地域に根差し、信頼される報道とは、権力監視や不正追及のような、いわゆる「硬派」なものだけではない。取材者であり、生活者でもある記者の足下から生まれてくることも多い。本山が述べた「報道機関であるとともに地域の一員でもある」という地方メディアの特徴だろう。
 葛藤する母親たちに密着した山下の番組は結果的に、新型コロナ禍が市井の人びとに与えた影響をリアルタイムで追う記録となった。
 「医療機関の奮闘や休業要請に悩む飲食店に密着する番組は数多く作られるでしょうが、こういうところに視点を置いた番組は他にないんじゃないかと思います」
 その言葉に、ドキュメンタリー制作者としての山下の矜持がのぞいた。