くたばれ、本能。ようこそ、連帯。

第1回 くたばれ、本能――『BEASTARS』論(3)

アナキスト/フェミニストの高島鈴が、社会現象級の大ヒット作を正座で熟読。マンガと社会を熱く鋭く読み解く、革命のためのポップカルチャー論をお届けします。
第1回は、「動物版青春ヒューマンドラマ」を謳う板垣巴留『BEASTARS』(2016〜2020年連載/秋田書店)。主人公・レゴシが本能を超克した先に待っていたのは何だったのか――。

●「気持ち」で閉じる世界を開く
 以上、『BEASTARS』の世界と革命のあり方について、長く批判的検討を続けてきた。ここまでの内容を簡単にまとめておこう。
『BEASTARS』は本質主義的世界観のもと、レゴシが「本能」を超えたハルとの「愛の遂行」を目指して奔走し、成功するまでを描いた物語である。レゴシはハルとの関係性維持を図る過程で肉食獣/草食獣の断絶を象徴する相手と戦い、その都度成長を重ね、覚悟のある愛によって勝利する。この経緯は最終的に「本能」を隠蔽することでようやく保たれていた社会のあり方を変革し、「本能」を前提に肉食獣/草食獣の対話を行う道が示された。一方でこの革命はあくまでもレゴシが「男」としてハルという「女」と付き合い続けるための道筋であり、女性の周縁化、本質化された「悪」の行き場のなさなど、種々の問題点が解体されないまま取り残されるものであった。逆に言えば『BEASTARS』におけるこれらの問題は、レゴシとハルの愛情関係の前に全て後景へ退くのである。
 以上の議論を踏まえ、最後に改めて冒頭に戻ってみたい。
 REDBULLの広告が危ういのは、新成人に向けた威勢のよい激励が、「本能」という生得的な性質(と信じられている虚構)を基盤にしてごく曖昧に示されることで、実際には強烈な現状追認になっているためであった。「正しさ」に対する反発を打ち出しながら、変化を起こすための行動に至らない「気持ち」を、人が生まれ持った(と考えられている)ものに過剰な信任を付与することで慰める、それがあの広告の正体であったように思う。
『BEASTARS』に筆者が感じているのも、この違和感に近い。確かにレゴシは「強くなる」し、世界を変えるのだが、それは最後までレゴシの内面を軸にした個人的な革命として収束していく。「覚悟のある愛」というレゴシの結論は、情動という私的領域を強く揺さぶるものではあるが、公に開かれる可能性は薄い。レゴシとハルの恋愛は『BEASTARS』世界における規範こそ突破するが、「本能」それ自体は強烈な前提となったままであり、「男」/「女」の壁が取り払われることはない。最終的に浮かび上がってくるのは、別の誰かを取りこぼしたまま「気持ち」で閉じる、素朴な「愛の世界」なのである。
 さて、2021年1月、筆者はREDBULLと『BEASTARS』を狭い視野に並べて、社会は自己啓発でしか「革命」を志向できない状況にあるのだ、と考えざるを得なかった。もちろんこの二つだけで何か提言するのは強引なのだが、現状の社会で重んじられているのは自己啓発的・自己責任論的な「私」の革命であって、構造を揺さぶる「公」の革命に対する関心がなりを潜めているという認識は、まず間違いない現実だろう。そして同時に「私」に閉じた状況に対する承認・許しが、強烈に求められているように見える。
 しかし社会は、すでに常にそこに在り、われらはみなその構成員である。その立場から逃げることはできない。情動では到底繋がれないような顔も知らない他者とともに、この不安に満ち満ちた場所に立っているのである。
 状況は確かに苦しい袋小路であるが、信じるべき革命とは隣人を愛するための可能性ではなく、感情的には繋がれない隣人と、生存を守るための共同戦線をいかに張るかという実践であり、公も自己も解体してしまうような強い変化の可能性ではないか。しかし後者のような革命の語りは、残念ながら圧倒的に不足しており、また関心を持たれてすらいないような気がしてならないのである。
 ここから何をどう立て直すべきなのか? まだ答えは出ないままだが、ポップカルチャーの語りが公の革命に寄与しないとは、少なくとも筆者は、思いたくない。

 

※この原稿はフェミニスト哲学者・浜崎史菜氏との対話に影響を受けて執筆された。浜崎史菜さんにこの場を借りてお礼申し上げます。

【参考文献】アリス・ロバーツ著/斉藤隆央訳『飼いならす』(明石書店、2020年)
【注40】『BEASTARS』12巻、112ページ
【注41】『BEASTARS』18巻、147〜149ページ
【注42】『BEASTARS』22巻、72ページ
【注43】『BEASTARS』22巻、74ページ
【注44】『BEASTARS』22巻、75ページ
【注45】『BEASTARS』19巻、180ページ
【注46】『BEASTARS』21巻、14ページ
【注47】『BEASTARS』21巻、21ページ
【注48】『BEASTARS』21巻、43ページ
【注49】『BEASTARS』19巻、17ページ
【注50】『BEASTARS』22巻、94〜95ページ
【注51】『BEASTARS』22巻、95ページ
【注52】『BEASTARS』22巻、96ページ
【注53】『BEASTARS』22巻、97ページ
【注54】『BEASTARS』22巻、105ページ
【注55】『BEASTARS』22巻、115〜116ページ