ちくま新書

宇宙への情熱

時代を超えても変わらぬ思い

現代でも江戸時代でも、天文学者たちの変わらぬ思いとは? 国立天文台副台長の渡部潤一さんによる『天文学者たちの江戸時代』(ちくま新書)の紹介です。PR誌「ちくま」掲載のエッセイを公開いたします。

 三年ほど前、大彗星が現れると話題になったことがある。太陽に近づいた後に、肉眼でも見える大彗星になると期待され、早朝に飛行機を飛ばして大彗星を眺めるツアーが企画されたり、NHKでは国際宇宙ステーションと生中継で繋ぐ特別番組も組まれ、一種の社会現象にもなった。ところが、肝心の彗星は太陽に最接近した時、ばらばらに分裂・四散して、雲散霧消してしまったのである。世界中の彗星研究者は、この予想外の振る舞いに驚きを隠せなかった。誰一人として大彗星になることを信じて疑わなかったからだ。翌日のNHKの「ニュース7」でもトップニュースとして報じられたのだが、その中で専門家としてコメントを求められ、実に困ってしまった。なにしろ、何が起こったのか、わからない状態だったからだ。仕方なく、「宇宙のいろんな現象の予測は難しいと逆に知ってもらういい機会になった」と言わざるを得なかった。

 予想を外したにしては、ずいぶんとポジティブなコメントだと評されたが、振り返れば現代科学の最前線を知ってもらう良い例であったことは確かだった。なにしろ、インターネットで検索すると何でもかんでも「答えらしき」情報が入手できる時代である。すでにわかっていないことはない、わかっていないのは自分だけだろうという思い込みが、現代人の心の片隅にある気がするからだ。実は人類は知的文明としてはまだ未熟であり、我々が知らない世界が、知の地平線の向こう側にまだまだ広がっているのだ、という認識を持つべきなのだ。その知の地平線の外にある未知の領域に挑むのが科学者である。

 天文学における地平線もずいぶんと広がってきた。宇宙の仕組みがかなりわかってきた現代では、日食や月食、日の出・日の入りの時刻などは一秒単位でぴたりと計算できるようになった。だが、そこに至るまでには、先人たちが積み上げた歴史がある。天文学において、その基礎の大部分はヨーロッパの先進的な成果ではあるが、鎖国中の我が国の江戸時代においても、暦が実際の現象とあわない、日食月食が予想通りに起こらない、あるいは予想されていない日食や月食が起こるといった未知の領域に踏み込み、自ら謎を解こうとしてきた先人たちがいる。

『天文学者たちの江戸時代』では、こうした江戸の科学者たちの足跡を実に客観的に紹介している。江戸時代へ至るまでの日本の宇宙観や暦が中国から輸入されてきたこと、それをベースに日本独自の暦の構築がなされてきたこと、鎖国下でも先進的な西洋天文学を学ぼうとしていたことなど、江戸時代の天文学の歴史がキーとなる人物を中心に描かれている。

 そこに読み取れるのは宇宙の謎に挑もうとする情熱に突き動かされる人間像である。しかも皆その情熱ゆえに、いわば道を「逸れてきた」人物ばかりだ。初の日本独自の暦を作った渋川春海は、もともと碁打ちだった。自らの天体観測を元に独自の暦を編みはじめていた麻田剛立(あさだごうりゅう)は、熱い思いに駆られ杵築(きつき)藩を脱藩した医者だ。その門人の間重富は大坂の商人だったし、全国測量で名を馳せた伊能忠敬は隠居後に高橋至時に弟子入りし、天文学を学び始めた天領の名主である。彼らの熱い情熱は自らの人生を変え、そして時代を超えて受け継がれていった。

 現代においても、冒頭に紹介した彗星や流星群などの一部の天文現象は、まだまだ予測が難しい。われわれ天文学者は、その振る舞いの裏に隠れた本質は何かということを求め、日夜格闘して研究を続けている。宇宙への謎解きの情熱に裏打ちされた先人たちの挑戦、そして幾多の困難を乗り越えてきた歴史を本書で読むことで、なんだか不思議と勇気をもらえるのである。

(わたなべ・じゅんいち 国立天文台副台長)

 

2016年8月10日更新

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渡部 潤一(わたなべ じゅんいち)

渡部 潤一

1960年福島県生まれ。東京大学理学部天文学科卒。国立天文台教授、副台長。著書に『最新 惑星入門』(共著、朝日新書)、『新しい太陽系』(新潮新書)、『夜空からはじまる天文学入門』(化学同人)などがある。

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