筑摩選書

2020年の「撃ちてし止まむ」

『「暮し」のファシズム』あとがき

2021年4月25日、4都府県を対象に3度目の緊急事態宣言の期間が始まりました。東京都では、飲食店や大型商業施設への休業・時短要請、20時以降の消灯呼びかけなどが行われています。
大塚英志『「暮し」のファシズム』より、コロナ禍を論じた「あとがき」を公開します。

 2020年のコロナ禍、緊急事態宣言が出された4月上旬頃から家庭用小麦粉、中でもパンケーキの材料となる強力粉やホットケーキミックスが品薄になり、その特需は夏まで続いた。いわゆる「巣ごもり需要」であり、月によっては前月比100%を超えるメーカーもあったという。マスク、消毒液、トイレットペーパーとともにパンケーキミックスが買い占めや転売の対象にさえなった。
 自粛中、実際にパンケーキを焼いた家々は少なくなかったことは、レシピの検索数なweb上のデータにも表れている。母親世代による検索が多いという記事もある。
 だが、この自粛の息苦しさの中、パンケーキをめぐる奇妙な喧噪に、ぼくは近衛新体制の「新生活」下で起きたホットケーキ騒動を思い出しもした。1941(昭和16)年1月13日の『東京朝日新聞』朝刊は以下のような「ホツトケーキもめる」という記事を掲載している。

◇ホツトケーキは歎く─、冬の日の街に出人々に輕い代用食としても好まれるホットケーキが近頃大分姿を消して來た、これには"ホツトケーキは代用食なりや洋生菓子なりや"といふ次の樣な綺談?もある
◇警視廳經済保安課で銀座の食堂、喫茶店の一齊檢査をした時に係官の眼にとまつたのが二十五㦮で賣られてゐた此のホツトケーキ
之は代用食で菓子ではないから九・一八停止價格であるとの店側の言分だつたが、ケーキといふ名からしても當然洋生菓子だ從つて食堂喫茶店賣り一個(十匁以上)八㦮の公定價格によらねばならぬと係官のお叱言──
そこでホツトケーキは二枚重ねだから之を二個と見て十六㦮となり「此のお値段では中々引合ひません、おまけに近頃の玉子不足ではととても造れません」といふことになつた譯
◇處が更に說をなす者あり「ホツトケーキは二枚重ねが常識だ、社會通念上之は一個と見るべきだ」と、之に對する取締當局の見解は
 問題は量目だ、一枚が十匁以上あれば一枚一個として一人前十六㦮でもよからう、十六㦮取つて二十匁以下だつたら量目違反だ
──いやどうも菓子一つ食ふにもうるさいことだ
(「ホツトケーキもめる」『東京朝日新聞』朝刊、1941年1月13日)

 ホットケーキが「代用食」なら本書でも触れた「九・一八停止価格」、つまり国家総動員法が1938年に定めた同年9月18日時点に物価を固定する規定に従って25銭で売れるが、菓子なら公定価格に従って一つ8銭で売らなくてはならない。つまり、代用品か菓子かで販売価格が違うのである。しかも1枚か2枚かでも規定の運用が異なる、という。次々発せられる政策が次々齟齬を起こすというのもコロナ禍で仄聞した気がする。
 最終的には、商工省物価局価格三課が「ホットケーキは菓子である」「価格は一枚単位とする」と裁定するに至る。しかし、続報に至っては「放つとケーキ」などというつまらない駄洒落を記し、年が明け、翼賛体制が本格化していく中で、妙に「明るい」ニュースになっている。
 だが、その「ホットケーキ」といういたって「日常」的アイテムや、記事の「明るさ」は、翼賛体制をつくり上げていく一方での基調であり、それは本書が「女文字」と呼ぶ「生活」や「日常」や「暮し」にまつわることばと不可分なのだ。大袈裟に聞こえるかもしれないが「ホットケーキ」の非政治性は、翼賛体制という政治の表層をコーティングし、その本質を見え難くするのだ。
 しかも、このホットケーキ問題は販売価格に留まらない。翼賛体制の自粛下、主婦は家庭でもホットケーキを焼いたのである。正確にいえばホットケーキではなく「カステラ」だが、風呂の火焚き口の残り火を竈代わりにカステラを焼く「工夫」が、婦人雑誌の「新体制」特集では挿絵入りで紹介されるのだ(図1)。

図1『婦人之友』1940年10月号

 この状況で粉物のケーキを焼くか、と思うが、コロナ下も戦時下も主婦たちは、万難を排し、「焼く」のである。戦時下においては、小麦粉を用いた日常食は「代用食」という定義であり、カステラも含まれる。「節約」「工夫」は、本書でも論じる、翼賛体制用語に見えない翼賛体制用語の一つだが、しかし、戦時下の自粛生活の中でも主婦たちは楽しくカステラを焼くのである。
 それは生活を少しでも明るく楽しいものにしたい、というより「節約」「工夫」し、代用食として「カステラ」を焼くことが、そのまま主婦の近衛新体制への社会参加となるからだ。
 つまり、手軽な自発的動員である。それは、コロナ禍のパンケーキ焼きが、「自粛」や「新しい日常」といった政治が示す指針に従う、「お家」でできる社会参加であったことと重なって見えもする。

 それにしても、である。
 近衛新体制前後に起きた出来事や用いられることばの中には、どういうわけか2020年のコロナ禍の「自粛下」で求められた「新しい生活」を連想させることが、これ以外にも少なくない。そもそも「新しい生活」という言い方自体、「新体制生活」を連想させると、序に書いた通りだ。
 営業時間の短縮、行列の自粛など、目的は違うが、国や行政が思いつくことはかなりの確率で被る。繁華街で、自粛を守っているかチェックして回るなどという記事は戦時下もコロナ下も共通だ。
 しかし、何故、コロナ下と戦時下の行政の言い出すことは、似通ってしまうのか。つられるように私たちも同じ行動を取ってしまうのか。
 例えば、2020年春の第一波の「自粛」時、何故か小池東京都知事は国の方針に反する形で美容院の「自粛」に拘泥した。その理由は理屈では濃厚接触のリスク回避ということになるのだろうが、理容院は自粛の対象とせず、美容院のみを「不要不急」とすることに執着した小池知事の不合理な選択に、ぼくは「パーマネントは止めませう」のスローガンを重ねる。1939年6月16日、国民精神総動員委員会は「学生の長髪、パーマネント、ネオンの禁止」を運動方針とした。実際には度の過ぎた「盛り」のパーマネントが対象とされただけだが、しかし、あの時、小池知事の頭の奥底で「パーマネントは止めませう」と響かなかったか。
 あるいは、同じく小池知事は自粛下に断捨離を推奨する「こんまり」の動画を配信した。これも奇妙だ。しかし本文で見たように新体制下の婦人雑誌を見ると、服や不用品の整理というミニマリストめいた記事が躍るのだ。自治体主導の「断捨離」が戦時下、あったことは本文に詳しく示した。菅政権下では「共助」の語も復興した。むろん、現在のコロナ禍、これらの「政策」を行政が持ち出してきた直接的な理由は違うはずだ。
 しかし、忘れるべきではないのは、コロナ禍において人々は、それを「コロナとの戦い」「非常時」と「戦争」を比喩することに熱心だったことだ。このあとがきを書いている今も朝のワイドショーでリベラルで知られたはずのコメンテーターが「有事」を叫んでいる。そのことで為政者も人々も奇妙な高揚をしなかったか。僕には「医療従事者にエールを」という惹句が、どうしても「兵隊さんありがとう」と同じ響きを持って聞こえてしまう。
 だからぼくは、コロナ禍を戦争を比喩に語ることで、「今」を戦時下に無自覚に擬態させてしまうのではないか、その記憶をそうとは知らぬまま引き寄せてしまうのではないか、と危惧を表明してきたのである。
 それは何もかも戦争やファシズムの予兆とするサヨクの妄想としか思われなかったが、当時の首相・安倍晋三はコロナを「第三次世界大戦」に喩えたと田原総一朗がブログに記し、それを一斉に各紙が奉じた。安倍は後に『産経新聞』のインタビューで「そんな発言はしたことはない」と否定しているが、真偽はともかく、総理自らが語る「戦時下」という比喩に多くのメディアが高揚したことは確かだ。
 そして「新しい日常」を連日、パネルで説き、美容院の自粛にこだわり、断捨離を推奨した小池知事は記者会見で、ある日、自身の体調についての質問にこう答えている。

 体調は大丈夫です。撃ちてし止まん型ですから、とにかく、都民の命を守るというのが今、私の最大のミッションだとこのように思いながら、それがエネルギーになって、みなさんとともに、このコロナに打ち勝っていきたい。 
(小池百合子記者会見、2020年4月17日)

「撃ちてし止まむ」は、いうまでもなく、1943年の戦時スローガンで、このスローガンの巨大ポスターが有楽町の日劇正面に掲げられたことで知られる。コロナ禍の高揚が、小池知事の中で戦時スローガンを引用させたことは事実である。
 このようにコロナ禍は、注意しないと不用意に「戦時下」を引き寄せてしまう。
 その時、ぼくは「自粛」における同調圧力がもたらした重苦しさ、「国民皆マスク」制度だといわんばかりに誰もがマスクで統一された街頭の光景に改めて違和感を持つ。それは、戦時下のアイコンとしてのガスマスクを連想させる。
 なるほど、「自粛」そのものは、治療薬やワクチンといった医学的な対応が確立されていない時点では「正しい」ことなのだろう。しかし、その「正しさ」とともにコロナ禍の当初は幾許か語られていた同調圧力への反発は姿を消している。
 だが、その「正しさ」をもって、私たちはかつての戦時下、かつてのこの国の日常生活に当時の人々がつくりだした社会と同じ社会を再びつくりだしてはいないか。それは、本物の戦争や翼賛体制に似た社会を私たちに待望させてはいないか。自らファシズムを召喚する結果になっていないか。だから、一見、科学的で異論の唱えようのない均一さに人々が従う様に、私たちの生活や日常の細部に入り込んだ現在の「暮しのファシズム」とでもいうべきものに、ぼくはアメリカのトランプ支持者とは違う立ち位置から、きちんと違和を感じ発語していたい、と思う。
 そのために、つまり、この「暮しのファシズム」に正しく違和感を持つために、かつて近衛新体制で「新しい生活」「新しい日常」としてつくられていった諸相をこの機会に具体的に振り返ってみようというのが本書の意図である。
 しかし、その時、コロナ禍を境とする新旧の区別なく、私たちが確かな「生活」「日常」と信じるものの出自が、この時期の「新体制生活」の中でつくられたことに改めて気づくはずである。

 このように最終的には、本書は「日常」の戦時下起源をめぐって書かれる。
 その中で、かつての非常時に、コロナ禍の現在のみならず、戦後の「日常」そのものがその出自を持つことを明らかにした。私たちが、コロナを戦争に喩えただけで高揚するのは、この戦後の「日常」そのものが銃後の「日常」に通底するからだ。

 戦争はかつて「日常」や「生活」の顔をしてやって来たのである。

 

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