彼女たちの戦争

第15回:プラカードを手に旧日本軍「慰安婦」被害者たちの傍らに立つ女たち

PR誌「ちくま」の2020年の表紙を飾り、多くの反響を呼び起こした「彼女たちの戦争」が、場所をwebに移して新たにお目見えします。歴史のなかで、女性であるがゆえに脇に押しやられながら、その才能をたしかに輝かせた女性たちの闘いの軌跡。
1001回目の「水曜集会」、2011年12月ソウル中学洞在韓日本大使館前

 

 金学順(キム・ハクスン)さんが旧日本軍の慰安婦被害者として名乗り出たのは、1991年8月のこと。第二次世界大戦が終わってから46年後のことだった。
 性暴力の被害を証言する。
 彼女が口火を切ったことで、朝鮮、中国、台湾、フィリピン、マレーシア、インドネシア、オランダ(オランダ領ジャワ島)、日本など、性暴力被害を受けた女たちが次々と証言をはじめたのだった。「アイコ」や「トミコ」といった日本名で呼ばれながら、強姦され続け、軍人に反抗すれば殴られたり拷問される。はじめて、そのサバイバーたちが、自身の体験を語り始めたのだった。
 金学順さんが名乗り出た翌年1992年1月から、韓国ソウルの日本大使館前では、毎週水曜日に旧日本軍の慰安婦被害者やそれを支持する人たちが集まり「水曜デモ」をいまなお行い続けている。

 実際の証言を幾つもひきながらフィクションとして物語をたちあげたキム・スムの『ひとり』を読んだ。
 その冒頭にはこうある。
「これは歳月が流れ、生存されている旧日本軍慰安婦の被害者が、ただひとりになったある日からはじまる物語です。」
 実際、金学順さんももう亡くなりこの世にいない。年を追うごとに、被害者のひとりひとりが亡くなってゆく。やがて近い未来、必ずその日はやってくることになるだろう。
 けれど、たとえその日が訪れようとも、私は、私たちは、それを決してなかったことにはしないし、そのひとりひとりの向こうには、証言しなかった、あるいは、証言できなかった、もっと多くの存在があるのだということを、忘れない。そんな強い意思で、この作品は貫かれている。
「私が書きたかったのは、加害者か被害者か、男性か女性かを抜きにしてひとりの人間が引き受けねばならなかった苦痛についてです。」

 私は、私たちは、その苦痛を、ひとりの人間として、どのように受けとめ、どのような態度を取るのか、取ることができるのか。
 正直、その苦痛を直視することは怖い。
 置かれた立場によっては、自責の念や、自分自身の弱さに向かい合わなければならないことだって、あるだろう。
 でもそれでも、私は、私たちは、その傍らに立つことが、できる。
 その言葉を受け継ごうとすることが、できる。
 少なくとも私は、そう信じている。


*参考文献
『ひとり』キム・スム著、岡裕美訳(三一書房)
「女性国際戦犯法定のすべて――「慰安婦」被害と加害責任」wamアクティブ・ミュージアム女達の戦争と平和資料館