ちくま新書

それが僕の夢だ。君らはどう思う?

加藤典洋『9条の戦後史』「はじめに」に代えて

2019年5月に加藤典洋さんが逝去されてから2年。加藤さんが生前さいごに書き下ろした戦後論『9条の戦後史』を、ちくま新書の一冊として刊行しました。デビュー以来、敗戦国日本の「戦後」を問い続けた批評家は、私たちにどのようなメッセージをのこしたのか? この大著の校訂を著者より託された野口良平氏が、「はじめに」に代えて本書に寄せた案内文を公開します。

  1

 この本の著者加藤典洋がなくなったのは、2019年5月16日のこと。その1カ月前、加藤は、生前最後の著書となった『9条入門』を創元社より上梓した。この『9条の戦後史』は、その続篇に相当する部分として書かれていた未定稿を整理し、新たに表題を付したものである。

『9条入門』と『9条の戦後史』は、当初、ひとつながりの全体――便宜上「原『9条入門』」と呼んでおく――として執筆されていた。42万4000字にもおよぶその第一稿は、擱筆後、加藤、橋爪大三郎、瀬尾育生、伊東祐吏、野口良平の5人により、1カ月から2カ月に一度くらいのペースで行われていた私的な勉強会において、2018年12月8日、2019年1月20日の二回にわたり検討に付されたが、白血病を発症していた加藤は、会合に参加することが叶わず、討議の内容と模様が加藤に伝えられた。
 原『9条入門』は、分量の長大さもあって、一度に刊行することが難しく、その前半にあたる部分のみがまず、創元社より刊行されることになった。校訂、校正作業、文言の整理などについては、加藤よりの依頼を受けて、旧知の読者である私が補助役になった。加藤は闘病をしいられるなかで、最終稿の完成にまでこぎつけ、刊行を見届けた。
 残りの部分の草稿について、加藤は当然、独立した一冊の著作として世に問う意志をもっていたが、生前には実現できなかった。未定稿であることもあり、しばらく刊行のめどが立たなかったが、『9条入門』の刊行に尽力された矢部宏治、2015年の大部の著作『戦後入門』(ちくま新書)の編集者でもあった筑摩書房の増田健史の両氏の理解を得て、筑摩書房から刊行される運びとなった。そして私は、校訂と文言の整理を前著より引き継ぎ、この本と読者をつなぐ役を引き受けることになった。読者にはどうか諒とされたい。

  2

 前著『9条入門』は、第二次世界大戦において無残な体験をした日本が、その体験に裏打ちされた自前の平和思想を十分に熟成し、そこから「法の感覚」を育てていくというプロセスをたどることができなかったのはなぜだったのか、という問いを出発点にしている。
 法の感覚とは、法は――専門家ではない――自分たちがつくり、支えていくものだという、社会の土台をなすところの、人々の共通感覚である。法の感覚を育てるチャンスはあった。またその可能性を担いうるキー・パーソン、考え方の萌芽もあった。だが日本社会において、そのチャンスを生かすのに必要な共同の努力が十分に行われてきたとはいえない。それが、原爆の脅しを背景にした無条件降伏という思想の出現と、それに立ち向かう批評感覚のあり方を問うた1985年の著作『アメリカの影』(河出書房新社、現在、講談社文芸文庫)以来、戦後日本社会の歩みに関与しつつ、その土台への注視を持続してきた加藤による診断である。
『9条入門』でたどられているのは、敗戦後の連合国による占領開始から、天皇条項と戦争放棄条項を抱き合わせにした憲法の制定、再軍備・親米・単独講和論と非武装・永世中立・全面講和論の対立、そして吉田茂のダレスとの独立交渉の失敗と、サンフランシスコ平和条約および日米安保条約締結までの、憲法9条をめぐる最初期の――1945年から51年までの――精神史である。
 そこで加藤はこう述べている。確かに日本人は、敗戦後、戦争放棄の理想を掲げる平和憲法(憲法9条)を手にすることになった。だがその憲法の制定には、敗戦後の日本の占領をめぐる国際政治を背景とした、占領軍最高責任者マッカーサー、米国本国、連合国という三者の力と意図のせめぎあいが強固に関与していたのであり、自分たちがそれを自力で作ったと語ることには噓がある。その噓が、平和思想の足腰を弱くし、平和憲法に拠らなければ戦争に反対できないという本末転倒をも生み出すことにもなる。
 また、もし戦争放棄というのであれば、本来は、他の国々との信頼関係の構築を通じ、相互主義の原則に基づく「ただの戦争放棄」が目指されてしかるべきだったのだが、マッカーサーが自身の政治的必要と独特の理想主義に基づき創作した、ひとりよがりでフォロワーのいない「特別の戦争放棄」に目を奪われる。そのことは9条が、信仰の対象だった天皇の非神格化=民主化によって生じた心の空白を埋める、道義的等価物として人々の前に現れてもいた事態を示唆している。
 このような9条の制定過程と9条観のあり方に顔を出しているものこそが、日本社会における法の感覚の弱さであると、加藤は考える。
 平和憲法は強制的だったか、自発的だったか。いわゆる「改憲派」と「護憲派」のあいだで長く争われ続けているこの二項対立は、不毛である。強制だから変える。強制でないから守る。どちらの発想も短絡的であり、自分たちが置かれている状況に対する洞察を欠くものであるというほかない。憲法の制定に強制が働いていた事実を疑うことはできない。まずそのことを認めよう。何よりも大事なのはその先で、この二項対立自体を相対化してみせること―強制の事実とそれをもたらした状況をまっすぐに見たうえで、平和憲法を自発的な選択に作り替えるよう努力することである。ちょうど明治初期、フランスでルソーを学んで帰国する途中のサイゴンで、西欧人がアジア人を蹂躙する光景にふれて、人民の権利という考え方を生んだのは西欧かもしれないが、そのことの意味を理解し、実行できるのは、われわれ非西欧人なのではないかと考えた、中江兆民のように。
 法の感覚が弱いということは、私たち一人一人の「生きること」の基底をなす、自己中心性への信が弱いということに等しい。法は、自己中心性を基底につくられることによって、はじめて信じるに足るものとなる。別の見方をすれば、自己中心性は、しばしば静的で固定的なものとみなされ、理性による一方的制御の対象として貶価されてきたのだが、実はその自己中心性には、法の感覚の土台をなすものにまで変態しうる、動的でダイナミックな輝きが秘められている。
 この自己中心性を加藤は、1999年の著作『戦後的思考』(講談社、現在、講談社文芸文庫)のなかでは、「公共性」に対する「私利私欲」と呼び、3.11の震災・原発事故後に書かれた『人類が永遠に続くのではないとしたら』(新潮社、2014年)では、「ビオス(政治的な人間の生)」に対する「ゾーエー(生き物としての人間の生)」とも呼ぶようになる。
 ――公共性は私利私欲からつくられなければならない。
 ――ゾーエーはビオスよりも広く深い。
 この二つの命題には、加藤の著作活動の根底に脈打ち続ける一つの確信が言いあてられている。
 法の感覚は、次の二つの「ゼロからの問い」が共有されることにより成り立つと、加藤は『9条入門』の「ひとまずのあとがき」で述べている。
 
  自分たちにとって、何が一番、大切なのか。
  これからどうすることが、自分たちにとってほんとうに必要なのか。

『9条の戦後史』は、この問いへの応答を引き継ぐ形で書かれているのである。

  3

『9条の戦後史』では、日米安保条約が締結された1951年以後、この本がひとまず擱筆された2018年にいたる戦後史を舞台に、平和憲法の用法をめぐる日本側、米国側のせめぎあいの諸相が、前著に引き続き、叙述されている。
 戦後日本の対米観の基調を占めていたのは、従米- 反米の共依存的鏡像関係ともいうべき対位だったが、同時にそこには、対米従属一辺倒ではない「せめぎあい」も伏在していたという事実が、加藤の注視する力点であり、この注視が、この本の叙述の書法に生彩のある起伏をもたらしている。
 前半部では、冷戦構造を背景にした対米従属構造のなかで、世にいう「改憲論」と「護憲論」の対立の構図が生成し、展開する過程が描かれているが、そのなかで加藤は、二つの抵抗線の存在に注目している。
 第一は、憲法9条を盾にとって経済成長を推進しようとする吉田茂の「解釈合憲」(加藤の造語)の系列に立ち、9条と日米同盟および自衛隊の存在の矛盾をむしろ選び取ることで、平和日本と経済繁栄を実現した叡智を評価する、高坂正堯、永井陽之助らの現実的護憲論の系譜である。
 そして第二は、9条の理念とは無縁に、戦時期日本の経験への反省と現状分析をもとにした森嶋通夫の非軍事的なソフトウェアの国防論であり、また9条を組み込み、ソフトウェアの拡充を重視する国防構想を唱える久保卓也の積極的平和主義である。
そして後半部では、冷戦の終結とともに強化されることになった――ジョセフ・ナイの恫喝に象徴される――米国による日本への反撃体制と、それに対し有効な手段を講じられずに徹底従米姿勢を深めていく「失われた30年」が描かれることになる。抵抗線を後退させたこの三十年の歳月は、湾岸戦争以降の加藤自身の批評の歩みにも重なる時間であり、本書における加藤の叙述は、加藤の他の著作群を含めて、今後私たちの社会で書かれるべき「失われた30年」の精神史にとっての貴重な参照軸となるだろう。
 対米従属からの離脱を果敢に試みた民主党の鳩山・小沢政権の試みは、準備不足、思慮不足が祟り、米国および国内親米派の反対にあって挫折。その反動がやがて、対米従属の徹底と空虚なナショナリズムを同居させた安倍政権を誕生させるにいたる。この政権の誕生は、冷戦終結後、国の根本をゼロから考え合うという作業を軽んじてきた、日本社会の無為無策の帰結である。
 安倍政権成立後に進行した(野口註――現にさらに進行中とみえる)事態がそれまでと異なっていたのは、対米従属の犠牲となっている、国内におけるクリティカルな(危機的な、重大な)弱い部分を保護するどころか、それを進んで危機にさらし、しかもそれをなきがごとくに隠蔽する(「美しい国」イデオロギーの)動態が顕著になったという点である。
 この動向はまた、問題状況のなかでの理想と現実、自己と他者のせめぎあいをとらえる感度の喪失――歴史像、社会像の平板化――という形で、私たち自身の内部にも影を落としている。こうした事態への深い危機意識がなかったら、先立つ大著『戦後入門』に続き、深甚な心身への負担をおして、原『9条入門』が書かれることは、おそらくなかっただろう。
 国がクリティカルな部分を保護しえなくなっているということは、その国自体がクリティカルな局面を迎えているということである。加藤の9条論は、自身の私利私欲が、そしてゾーエーが、そのクリティカルな場所に立たされているという認識を母体に生みだされているのである。

  4

 この精神史叙述の終わりの箇所に、加藤は、自身による9条加憲案を掲げている。この加憲案は、『戦後入門』ですでに述べられたプランの再掲であるが、本書の文脈のなかに置いてこれを見てみると、また別の光をも放ってみえる。
『戦後入門』は、『アメリカの影』の主題(対米関係)と『敗戦後論』(講談社、1997年〔現在、ちくま学芸文庫〕)の主題(対アジア関係)を一対のものとして構成し、これを世界史的な文脈のもとに再成形しようとした壮大な試みである。そこでは、第二次世界大戦が国家間の利害衝突をめぐる従来型の戦争と異なり、理念と理念、大義と大義の争いを基軸とした世界戦争としての性格をもつ新しい型の戦争であり、それゆえに敗戦国が固有の困難(ねじれ)を抱え込まざるをえなくなったこと、そのねじれを直視し、対米関係と対アジア関係の双方の歪みという現実を克服する鍵が9条加憲案なのだということが、委曲を尽くして述べられている(本書と合わせてぜひお読みいただきたい)。
 一方原『9条入門』では、『戦後入門』の達成点を参照軸にしつつ、「自分たちにとって、何が一番、大切なのか」、「これからどうすることが、自分たちにとってほんとうに必要なのか」。彼我のせめぎ合いのなかにこの二つの「ゼロからの問い」が不在だったことのもつ意味が、加藤が考えぬいたその答えの再提示とともに、示唆されているのである。
 加藤案の骨子は、対米従属からの脱却と、米国を含む他国との信頼関係の構築に基づく平和と安全の確保の探求である。そのうち、とくに国連中心主義への立脚という部分に関し、理想論に過ぎるのではないか、という疑問や反論が寄せられるかもしれない。加藤はそのことを想定している。加藤のいう国連中心主義は、二一世紀の世界そのものがクリティカルな局面に置かれているという認識を一つの支えとする。国連というものがすでに「つくられたもの」としてだけではなく、クリティカルな状況に立たされた人類の手で、これから「つくるもの」としても考えられているのである。
 加藤は、『戦後的思考』のなかで、クリティカルな自己中心性に立脚して社会の土台となる法の感覚を育てようとする思考の系譜が、ホッブズ以降、西欧近代に現れた事実に注目し、敗戦後の日本にあってゼロから物事を考えようとする思考の系譜――吉本隆明、吉田満、鶴見俊輔など――の相同物をそこにみていた。
 たとえばルソーはこう考えた。人間とは、自己保存への留意と自己への配慮を不可欠とする存在である。「当初、人々は自然状態の中で、そこそこにやっていくだろう。しかしやがて各人がその自己保存のために払っている努力がそれを妨げる障害に凌駕される時点がくる。人類がそういう時点に到達したと考えてみる。その時、人間の力には限りがある以上、人は生存様式を変え、協力するということを行なわない限り、滅亡するしかない。力の集合によってその総和を増やすことだけが、この破滅を逃れる道である」(『戦後的思考』)。ルソーはそこから、自らを破滅に導く「自然的自由」への追従よりも、約束を通した「社会的自由」の獲得のほうがベターだと考えざるをえなくなった人々が約束を交わし、互いに共有しうる一般意志を育て合い、それに従うあり方をよしとする、社会契約の考えに踏み出していく。
 18世紀を生きたルソーが主に国内問題をめぐって考えたことは、今では、世界大の問題を考える際に不可欠な準拠枠になっているのではないだろうか。加藤の9条論、9条加憲論は、「各人がその自己保存のために払っている努力がそれを妨げる障害に凌駕される」場所から、私利私欲とゾーエーを決して手放すことのないように構想された、もう一つの社会契約論でもある。その思考の方法の真価が問われているのは、むしろ加藤の知らなかったコロナ禍後の今なのではないだろうか。
 加藤は、自身のやはり9条加憲案について中高生むけに語った「僕の夢」という2016年の文章を、次のように結んでいる(内田樹編『転換期を生きるきみたちへ』晶文社、所収)。

 理想というのは大事だ。政治というのは、新しい価値を作り出すための人々の企てだからね。むろん、理不尽なことには立ち向かうんだが、そういう必要と、この理想と二つがあってはじめて、政治は、実現できないと思われていたことを可能にする人間の営みになる。「現実性がない」という見込みをみんなの力で跳ね返すこと、それが、政治の本質なんだよ。
 僕は、日本が、ちょうどいま難民受入れに力を入れるドイツみたいに、やはり一度、戦争に負けて苦労した国は、謙虚で、弱者の立場にも想像力が働き、自分を疑いながらやっていくんだなあ、なるほど、負けただけのことはある、と世界の人に、感心されるくらいだといいなあと思っている。何もかもができるとは思ってはいないけれど、軍事的なことは最後の手段にして、どこまでも平和的手段を追求し、たとえばISのような集団に対しても、交渉の呼びかけをやめない国であり続けたいと思う。でも、最後、必要なら、そのときは創設なった国連警察軍の一員として武装して平和維持活動に参加する。しかし、それに先だち、ぎりぎりのところまで経済的な支援、平和的な支援にこだわり、それをどこまでも追求する国であってほしいと思っている。
 それが僕の夢なんだよ。
 君らはどう思う?

 ルソーの「一般意志」は、絶対的な正解があるわけではなく、困難な状況の共有に基づき約束を交わした者同士で探り合い、育て合うことを旨とする。法の提案者が人に問いかけるのは、自分は自分たちの一般意志というものについてよくよく考え、このように語ってみるのだが、本当にそれでいいと思うか、よくよく吟味してみてほしい、ということである。この本もまた、つねに異論に開かれている。大切なのは私たちのあいだで、ささやかな形ででもゲームが始まり、考えを育て合っていくことであると、きっと加藤は考えるだろう。
 

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