PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

「わたし」を身体に取り戻す

皮と臓器と/水が流れて・1

PR誌「ちくま」5月号より草野なつかさんのエッセイを掲載します。

 日記が続いている。三十六年間、何度も始めようとしては挫折し続けてきた日記を、今年は三か月続けることが出来ている。今までの挫折の原因を考えてみた。一旦停まってしまうとその停滞した数日分をなんとか補填して現在地に追いつかせなければ、追いつかせなければ、追いつかせなければ、といった強迫観念にからめとられ重荷になり、書けなくなってやがて日記の存在自体を遠い場所にほうる、ということが大きな理由だと気が付いた。これは「日々蓄積させる」物事が続かない人を大まかに分類したときに多くが当てはまる一つの流派なのかもしれない(そしてその多くは不完全な完璧主義者であると思うし私もその一人だ)。今回は日記を書き始める際に二つのルールを課したことが大きかった。ひとつは「一行でもいいからなるべく毎日書く」、もう一つは「無理して毎日書かない」。一見矛盾しているようにみえるこのルールがうまく作用しあっている。今のところは。
 とにかく整理が苦手で分類の才能が全く無い。頭の中にはいつもたくさんの短い言葉が散り散りに飛び回りへばりつき、やるべきことアイデア十年後の展望と今日見た夢が同じ空間に存在している。もちろん実空間の部屋の片づけも苦手。そもそも物が多すぎるのだ。しかし日記を書くということ、たとえ一行でも書くということは結果として私の「分類訓練塾」となった。その日の出来事を一行に留めることは、大小関係なくそれらを凡て一度頭の中で並べ、分けて、そこからひとつの「何か」をすくい上げるということだ。分類と優先。分類と優先を日々繰り返すことで私の脳内には分類部屋が新設された。大きすぎる変化だ。
 それだけではない。日記が私にもたらした大きな変化がもう一つある。それは、ちゃんと眠れるようになったということだ。ある時期から私は現実よりも夢を大切に扱ってしまうようになっていた。ここ五年ほどは夢を見るために眠り、夢を見るために眠るために嫌々起きていた。許されるのであればもう起きたくなかった。あえて色々なものを雑多に頭に残して寝に入ると、夢にも雑多な状態のまま彼らが出てくる。それを見、憶えておくために寝ていた。そんな状態なので寝ている間も脳は稼働状態のままで疲れは取れず、頭の中はなお言葉がこびりついた状態。かなり澱んでいる。そんな生活を続けているうちに、私の想像上のわたしは、求肥でできたやわらかい容れ物で纏われた、まとまることが出来ない無数の文字たちが中で蠢いているのが透けて見える妙な生命体になった。そしてじきに圧倒的な不調がやってきた。もとが不健康であったうえ、三十歳を過ぎ衰えの方向へ大きく舵を切り始めていた身体とマッチングして最悪のタイミングだった。身体はどんどん太りますます起きたくなくなった。ほとんどを夢の中で生きてきた約五年。現実と夢の境界が曖昧な、思い返せば悪夢のような時間。それが、大きな決心をしたわけでもなく何となく始めた三か月たらずの日記によって現実に戻ってくることが出来たのだ。あと少しで無自覚なまま夢に殺されるところだった。
 妙な生命体になった年月を経て、久しぶりに、ヒトとしての中身が、触感が戻りつつある。けれどもまだ発展途上。これから私はわたしを完全に取り戻せるのだろうか。取り戻せる気がする反面、そもそも完全なんてあり得ないとも思う。いずれにせよまだもう少し人生は続くはずなので。やはり夢よりも現実の方が大切だ。

PR誌「ちくま」5月号