地方メディアの逆襲

京都新聞「被害者報道」編① 京アニ事件で問われた「実名」の意味

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 京都アニメーション放火殺人事件に直面した京都新聞の被害者報道に迫ります。

 近年高まるマスメディア批判の中でも「被害者報道」は最たるものだろう。事件事故や災害の被害者をさらに傷つけるような取材をなぜするのか。そんな権利がマスコミにあるのか。報じる側の論理と、報じられる側や社会の声はずっと対立してきたが、プライバシーや個人情報保護意識の高まり、ネットやSNSの普及を背景に、より強く、明確に可視化されるようになった。
 論点はいくつかある。実名・匿名をめぐる問題。メディアスクラム(集団的過熱取材)など取材手法の問題。それ以前に、「そもそも被害者報道は必要なのか」という問いもあるだろう。
 2019年7月18日に発生した京都アニメーション放火殺人事件に直面した京都新聞は、記者たちがさまざまな議論をし、時に紙面で葛藤を吐露しながら、被害者報道を続けてきた。発生1年を経た連載では新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞している。同紙の動きから、事件に向き合う地元紙の責務を考えてみたい。

5カ月後の事件現場から考える
 淡い黄色が特徴的な3階建てビルは、解体工事を目前にして周囲に足場が組まれ、防音シートをかける作業が始まろうとしていた。黒煙に長時間包まれた外壁は全体に煤け、いくつかの窓は炎が噴き出した痕跡か、真っ黒に縁取られている。「爆燃現象」で一瞬にして火が回り、焼き尽くされたという内部は、壁に遮られてもう見ることができなかった。
 京都アニメーション放火殺人事件の現場となった同社第一スタジオを私が初めて訪れたのは、発生から5カ月以上も経った2019年12月24日のことだ。
 死者36人、負傷者33人。日本の犯罪史上でも稀に見る多数の犠牲者を出した事件は、京都市伏見区と宇治市の境、京阪電鉄「六地蔵」駅から徒歩すぐの住宅街で発生した。前夜ここから500mほど離れた公園のベンチで野宿した青葉真司被告は、翌日の犯行30分前にガソリンスタンドで携行缶二つ分、計40Lのガソリンを買って第一スタジオへ向かったという。そして、鍵の開いていた1階に侵入すると、「死ね!」と叫びながらバケツでガソリンをまき、火を放った。自身にも引火して重い熱傷を負い、路上に倒れていたところ、身柄を確保された。

京都アニメーション第一スタジオ(2019年12月24日)

 事件からひと月ほど、現場近くには献花台が設置されていた。犠牲となったクリエイターたちを悼み、京アニの今後を案じる関係者やファンの列は途切れることなく、報道各社は被害者取材の手掛かりを得る目的もあって、連日記者を張り付けた。
 私が訪れた時にはもう警備員以外に人影はなかったが、青葉被告が倒れていたあたりをはじめ数カ所に町内会の貼り紙があった。弔問者と報道各社へ宛てた文面は、「京アニさん」を哀悼しつつ、住民の日常やプライバシーへの配慮を訴えていた。スタジオが取り壊され、完全に更地となった今も貼り紙は残る。郊外の住宅地を突然襲った大事件と報道合戦が地域に残した傷だろう。
 正直に言えば、私は事件の発生当時、あまりにも凄惨で不条理極まる出来事を正視できなかった。事件事故や災害の被害者・遺族取材を自分もしてきたが、それは勤務地や担当職務の範囲で発生したり、知人が巻き込まれたりして、否応なく取材する理由が──あくまで自分なりのだが──生じたからだ。記者のくせにナイーブに過ぎると言われるかもしれないが、実際のところ、被害者取材をやりたくてやっている記者など、ほとんどいないのではないか。
 では、被害者報道など一切しなくてよいかと言えば、そうは思わない。「遺族や被害者を追い詰め、精神的負担をかけるだけ」「事態を受け入れられず、悲しみに暮れる姿を社会に晒してどうなるのか」「報道することでプライバシー侵害など二次被害が生じる」……報道被害を指摘する、こうした批判に同意するところは多く、改善するべき点は多々あると認める一方で、被害者・遺族の姿や肉声を通じて事件を伝えることの意義は決して小さくないと考えている。
 発生から何カ月も経て、この事件を通して被害者報道と地元紙の役割について、あらためて考えてみたいと思ったのは、京都新聞に寄稿を依頼されたのがきっかけだった。
 〈事件取材の意味、考え続けて〉と見出しの付いたその記事で、私は自分自身がメディアスクラムをする側・される側双方に身を置いた経験を踏まえ、こう書いた。〈「被害者・遺族」対「マスコミ」という対立関係ではなく、名前のある生身の個人として向き合うこと。そのためにじっくり時間をかけること。自律的な取材・報道とは何か、模索し続ける中にしか答えはない〉。事件現場を抱え、今後も長く取材を続けることになる京都新聞への共感と期待を込めたつもりだ。
 だがそれは、既に新聞社を離れた立場だから言えることであるのも自覚している。何ごとがどれほどの規模で起きているのか、現在進行形で取材し、速く正確に伝えるのが職務である記者たちからすれば悠長な、現実的でない、第三者的意見に映るであろうことも理解できる。であるからこそ、あの事件に直面した京都新聞の記者や編集幹部たちは何を考え、どう動いたのか、きちんと知りたかった。折々の紙面に滲み出る現場の葛藤と議論の経過を聞いてみたいと思った。
 初めて現場を訪れた日、私はまず、報道部社会担当部長の目黒重幸(51)に話を聞きに行った。経歴を聞けば自分と同い年の──それゆえ警察回りだった若い頃には、おそらく似たような経験をしてきたであろう──取材現場の責任者である。