オトナノオンナ

第1回 ぶらんこ

おとなびた幼稚園児がいる、少女のような老婆がいる……。さまざまな年代の女性の仕事、生活、恋愛、を丁寧に追いながらそれぞれの「オトナノオンナ」を描く、一話読み切り小説。 

 空から、しろいまあるいのが、ひとつ。おりてくる。
 空もしろいけど、もっとしろい。それは、まがって、わきの道にいく。にげて、地面についた。
 しゃがんで、そっとポケットにしまった。天国の羽、夕方までなくさないようにしないといけない。おうちに帰って、秘密のたからものの箱におかたずけする。
 ……はるかー、どこなの、いくわよー。
 ママは、自転車をひっぱってきた。見つかったら、きたないからさわっちゃだめっていわれるから、よかった。自転車によじのぼる。たんぽぽ組のときは、だっこされてのった。うさぎをだっこするのはいいけど、されるのはきらい。
 あたらしいたんぽぽさんたち、かわいいでしょう。毎日泣いてて、うるさい。はなみずとかよだれとか、きたないし。なにいってんの、あんたもこないだまでそうだったのに。ころっと忘れちゃって。
 ママは、こぎながら帽子をひっぱって、自転車がゆらっとした。
 ……それで、きょうはなにするって。まゆこ先生、なんていってたの。
 ……べつにいってない。しらない。
 朝からぶうたれてんじゃないの。また帽子をぐいってする。
 もう、やめて。ちゃんとこがないと、あぶないでしょう。ママをしかってると、交差点のほうから小学生たちがくる。いっぱいいても、すぐにわかった。
 あっ、りゅうちゃーん、おはようー。
 ママはブレーキをきゅっと握って、ばんざいにしてぶんぶんふる。みんなみてる。まじみっともない。ほっぺあつくなる。竜一郎くんは、ちょっとこっちみて、ぺこっとした。
竜一郎くんのパパは、うちのパパとおんなじ会社のひとで、うちのパパのほうが年とってて、ちょっとだけえらいってママがいった。パパとパパがなかよしだから、ママとママもお友だちになっている。でも、こどもどうしは、なかよしにならないようにしている。恋愛するから。
 去年、はじめて結婚式をみた。ママのいとこのさちえさんは、ドレス着た。きものも着た。煙かぶって、おおきいケーキ切った。さちえさんは、オサナナジミっていうおじさんと恋愛して結婚した。
 オサナナジミっていうのは、ちいさいころからの長い知りあいってことだよ。パパがいった。
 オサナナジミは結婚する。いろいろいたけど竜一郎くんにした。
 竜一郎くんのパパは、しゅっせするって。これもパパがいった。お好み焼きひっくりかえすのうまいし、プールもとくいでいいひとだってママもいう。竜一郎くんのママはやさしいし、お料理がじょうずでお花のこととかよく知ってる。竜一郎くんは、毎日サッカーばっかりしてるみたい。レッズの選手になりたいみたい。でも、社長のほうがいいけど。サッカー場って、うるさいからいやだ。
 結婚したら、浦和じゃないところにおうちをつくる。浦和だと、ぜったいママが毎日見にくるから。お花がたくさんあって、毎日アイスとケーキとなっとう食べる。しろいふわふわの犬と、羊と、うさぎとゴマアザラシの赤ちゃんを飼う。あと、ぶらんことプールもある。夜になったら、バーベキューしてカラオケする。
 毎日ドレス着るの。お人形もドレスも一億こくらいあるの。それから、モミの木も植えないとだめだし。クリスマスツリーは、外国みたいに、ほんとうの木にする。幼稚園のもほんとうの木だったけど、あれはモミの木じゃなくて、コニファーだから。おなじ木が、竜一郎くんのおうちにあった。あれをもらって植えたらいいか。結婚って、いろいろいそがしいんだもん。
 ……いってらっしゃーい。あした、待ってるからねー。パパとママにもいっといてねー。
 うちのママって、元気ばっかりある。
 はるかも、りゅうちゃんにばいばいして。手じゃなく首ふった。ほんと、かわいくないんだから。ママはふくれて自転車をこぐ。
 パパも、じーじたちもばーばたちも、みんなかわいいっていう。男の子たちも、さくらちゃんもかわいいっていう。でも、ママだけいわない。ママは、ママのいうとおりにしないと、すぐかわいくないっていう。ママは、ママがいちばんかわいいって思ってるんだと思う。いっつもジャージとパンツばっかりで、ばたばたして、怒ったり泣いたりして、たんぽぽさんみたいなのに。
 うちは、ママが泣いたりげらげら笑ったりしたいから、ずっとテレビがついている。うるさいから、ベッドのお部屋にいくと、こんどはどうしたのって追いかけてくる。パパにママに静かにしてっていってってお願いしたら、ママは毎日いそがしいんだから、テレビくらいすきに見ないと元気が出ないんだよっていった。パパはママを愛してるから、ぜんぜんだめだった。だから、もうずっと、なんにもいわない。
 幼稚園に、バスの子たちがいた。よしきくん、かけるくん、だいせいくん、うみくん、たくやくん。男の子たちがはしってきた。
 ……はるかちゃん、おはよう。
 しゅんくんが手をつなごうとしたから、まゆこ先生のところにはしってにげた。みんなに、しゅんくんが好きって思われたらこまる。
 まゆこ先生は、ママからノートをもらった。きょうは、四月生まれさんのお誕生会です。はるかちゃんは、明日ですよね。あれっ、きょうだったんですか。はるか、なんにも教えてくれないんですよ。もおおう、はるかー。ママは、牛みたいに鳴いて、帽子をぐりぐりする。
 ……きのう書いておけばよかったですね。とくに準備していただくことはないので、そのままにしてしまって。申し訳ありませんでした。ほんと、はるかちゃんって、五歳にしてはるかワールドをしっかりもってますから、わたしたちもちょっとミステリアスです。
まゆこ先生は、べつのお母さんのところにいった。
 ……なに、ミステリアスって。
 ……へんな子ってこと。
 ママはつまんないときの声で、自転車のほうにいった。
 ……はるかちゃん、明日はママとパパがお祝いしてくれるんだって、よかったね。
 まゆこ先生がもどってきて、にっこりした。あっ、はい。先生の手にさわって、にっこりする。おとなは、こどもがにっこりするとよろこぶ。こどもとこどもだと、もっとめんどくさい。まゆこ先生は、ママよりずっとわかってくれる。
 去年のたなばたのとき、おねがいごとに、社長と結婚するって書いた。これはふたりだけのひみつにしておきましょうねって、もう一枚とくべつに紙をくれた。それで、もう一回は、ぶらんこにのりたいってぶらさげた。
 ほんとうは、はじめ、社長と結婚して、おうちのお庭のぶらんこにのるってことなんだけど、なんて書いていいかわかんなくて、うそじゃないからいいにした。

 またあしたのお歌をうたって、おそとに出たら、ママがもういて、おたんじょうかいどうだったって、すぐきいた。
 ……みんながうたって、カードもらった。四月うまれさんは四人だから、三人のに、お花くっつけた。
 りらちゃんは、むらさき、えいたくんは、あお、ともみちゃんはおれんじのお花にした。
 はるかちゃん、いっこやって。しゅんくんが、折り紙ひゅっとなげてきた。先生がうしろにいったときに、作ったのをひゅっとあげて、しゅんくんのやつでもういっこ折った。しゅんくんは、折り紙がへただからきらい。はんぶんはんぶんって、きちんと折らない。うらのしろいところが見えてて、いや。
 ……はるかちゃんやさしいから、ぼくはるかちゃんすき。
 ……ばっかじゃない。
 しゅんくんは、お花を投げて泣いちゃって、ほんとうのばかみたいだった。でもそういうことは、ママにはいわない。
 カードができて、おたんじょうかいになった。みんながハッピバースデーツーユーをうたった。先生がかんむりとわっかの首かざりをくれた。それからお弁当になった。おたんじょうかいの日は、お弁当のあとにお菓子がもらえる。いちごヨーグルトだった。
 お庭で遊んでるときは、さくらちゃんとくちをかんだ。くちをかむのは、さくらちゃんがお姉さんに教えてもらって、ずっとやるとあかくなってきれいになる。
 ふたりでやってたら、まりかちゃんがきた。まりかちゃんもいっしょにやってたら、さくらちゃんがまねっこしないであっちいってっていうから、まりかちゃんが走ったらころんで泣いた。
 ……ばっかじゃない。
 さくらちゃんが笑った。このごろ、ばっかじゃないっていうのが、うつってる。まねっこしてるってさくらちゃんにきらわれないように、もういわないことにした。こういうのも、ママにはいわない。
 ママは、おむかえのとき、自転車のうしろにいっぱい食べものをのせてくる。うみくんに、はるかちゃんのママって食いしんぼうっていわれて、はずかしかった。
 かわいいネックレスもらって、よかったね。かんむりも見せてっていうので、帽子とってかぶってあげた。ママがうれしそうなのは、うれしい。
 明日も、それかぶってお祝いしようよ。かぶんないよ、こんなの。なんでよ、せっかく先生が作ってくれたんでしょう。
 あしたは、リボンするからかぶれないもん。ママががっかりしたから、わっかはしてもいいけどさっていったら、ママは、魔女みたいな声でわらった。
 ……あ、そっか。りゅうちゃんが来るもんね。はるかの大すきな。
 ……ばっかじゃないの。
 ほっぺたも耳も、あつくなった。

 きょうから六さいになった。お昼まではいつもといっしょで、おうどん食べて、テレビみて、みんなでごろごろした。それから、パパはケーキをとりにいった。荷物のおにいさんがきて、じーじとばーばのプレゼントだった。ママは、あとであけなさいっていった。
竜一郎くんは、三時にくる。
 ママは、テーブルにホットプレートを出して、切った野菜と焼き肉のたれの、あまくちとからくちをならべた。
 ……あとは、お肉出して、パパがケーキとお寿司とフライドチキン買ってくるでしょ。 すごいごちそう。それでたりなかったら、竜ちゃんパパにお好み焼いてもらおうね。
 パパが、ばさばさばさって、いろんな袋をもってきた。
 ……おおっ、はるか。かわいい服になったね。
 パパは、手も洗わないでうがいもしないで、台所にいってもどってきて、缶ビールをのんだ。ほんとうは毎日スカートがいいけど、ママがまだ寒いからだめっていう。女の子は、からだをひやしちゃいけないから。
 ぴんぽんが鳴った。竜一郎くんのママがうつってる。はーい、どうぞー。ママが出た。ぐいーん。したのドアの音がした。
 竜一郎くんのパパは、お花をくれた。竜一郎くんのママは、手さげとエプロンをくれた。これでママのお手伝いしてね。どうもありがとうございます。いい子にしていった。      竜一郎くんは、サッカーが終わってからくる。
 パパがカルピス作ってくれた。おとなはみんなビール。それで、かんぱいした。
 はるかちゃんが、もう六歳なんてびっくりだなあ。ほんと、女の子はおとなしくてかわいくって、うらやましいわ。うちのリュウなんて、はるかちゃんよりよっつも上なのに、ぜんぜん子どもみたい。
 うちのパパは、なんにでもそうだよな、そうだねえっていってる。
 ……でもね、はるか、ちょっと末おそろしいの。この子ったら、七夕のとき、なんて書いたと思う。
 びっくりして、死ぬかと思った。
 社長と結婚するって書いたのよ。ママはビールであかくなって、また魔女の顔になってて、いひひひってよろこんでる。みんな笑っている。まゆこ先生は、うそついた。ひみつっていったのに。
 もう、おたんじょう会、したくなくなった。
 はるかちゃんどうしたの、竜ちゃんのママは、笑ってるまんまでいった。
 ……おといれです。
 がんばって、にっこりして、ゆっくりろうかに出た。それからベッドのお部屋にいって、うさこをつれて、おやつの缶かんとおり紙を手さげにいれて、トイレに入った。かぎのボタンを押した。
 むこうでみんな、笑ってる。ママの声ばっかりきこえる。もりあがってる。さびしいから、つるを折った。それから、お人形も折ったけど、えんぴつがなくて顔がかけない。ふうせんの、さいしょの半分のところで、どすんどすんと足音がした。パパ、ドアはあかないよ。
 ……はるかー、どうしたー。おなか痛いかー。
 ……いたくない。
 パパ、おしっこ出るから、はやくしてー。
 パパのおしっこなんて、したのコンビニでしてきたら。
 どうした。パパがドアをこんこんした。
 ママがいじわるいうから、出たくない。
 どすんどすんがむこうにいって、ぱたぱたぺたぺたとか、みんな来た。
 ……こらっ、ばか娘、出てきなさいっ。
 ママがドアをがちゃがちゃした。いいわ、ドライバーであけるから。ぺたぺたって、どっかいった。
 はるかちゃん、ごめんね。みんなで笑ったから、やだったね。
 もう笑わないから、出ておいでよ。お誕生日だもんなあ、かわいそうだったねえ。
 竜一郎くんのママとパパも、こんこんした。
 おれ、限界。ちょっと下にいってくる。パパはコンビニにいったみたい。
 ママがどなってるのを、竜一郎くんのパパがとめて、しーんとなった。おしっこしたくなったからして、トイレットペーパーで鼻かんだ。じゃーっと流したら、またママがなんかいって、そしたらパパが帰ってきた。
 助っ人が来たぞ。パパのないしょ声は、いつでもみんなにきこえる。また、ドアをこんこんされた。
 ……はるか、竜一郎くんがきてくれたわよ。はるかにプレゼントがあるって。ママおこらないから、出ておいで。
 ママが、やさしくなるときの声だった。いやだけどしかたない。
 あけたら、竜一郎くんがいた。
 こんにちは。
 こんにちは。お誕生日おめでとう。
 ありがとう。
 にっこりした。みんなよろこんだ。ママだけ、ぶすの顔してる。

 カルピスは、氷がとけて、うすーくなっていた。ママは、ずっとこっち見ないで話してる。パパは、ママにお肉とかお寿司とってあげたりして、ママのおたんじょう会みたいだけど、おこらないであげた。
 竜一郎くんは、となりで、お寿司もお肉もチキンもどんどん食べている。男の子は、好き嫌いなくていいわねえ。ママはちょっとうれしそうになった。ママはいっつも、男の子のほうが好きなんだもん。
 ……ごちそうさまでした。
 竜一郎くんが立ってソファでゲームしようとすると、竜一郎くんのママが、はるかちゃんと公園にいっておいでっていった。そのあいだに、ケーキのしたくしとくからね。
 ……ええーっ、あっ、うん。いいけど。
 じゃあ、三十分くらいで帰っておいで。パパがパーカーを着せてくれた。
 エレベーターをおりる。スカートなのに、いつものくつ、はいちゃった。
 竜一郎くんは、さきに信号をわたって、こっちむいて、はやく来なよっていった。
 しらかば公園は、赤ちゃんたちしかいなかった。
 ……ここって、ボール禁止だから来ないんだ。
 ……ふうん。
 いつもなにして遊ぶの。アイドルごっことか。そんなのできないから。じゃあ、てつぼーとか。
 いいよ。
 竜一郎くんは、いちばん高いてつぼーにつかまって、すごくがんばって一回まわって落ちた。はーはーしてる。まえまわりもさかあがりもできるけど、きょうはスカートだからしない。
 ……はるかちゃんはさあ、ブランコってのれるの。
 ……のれる。
 竜一郎くんは、立ってこいだ。どんどん、もうすごく高いところにいってる。スカートがめくれるから、あしではさんでゆっくりこいだ。
 ぶらんぶらん、スカートなのに、いつものくつで、かなしくなった。あかい、つるつるの、くつなんだったのに。ぎーこ、ぎーこ。すっごくたのしみにしてたのに。ゆらんゆらん。おたんじょう日なのに。あっちで、赤ちゃん泣いてる。おんぎゃー、おんぎゃー。いいな赤ちゃんはいっぱい泣いてよくって。六さいって、かなしい。
 高いところの竜一郎くんは、ぽーんと飛んで、いちょうの木のところにおりて、こっちにきた。
 どっか、いたいの。
 いたくない。
 じゃ、なんで泣いてんの。
 ううん。うーん。うえーん、うわーん。ママのいじわるー。まゆこ先生うそついたー。わーんわーんわーん。
 竜一郎くんは、いやだなーって顔してる。水のところにいって、顔あらいなよっていった。顔あらって、ポケットからハンカチだしてふいた。ハンカチはびしょびしょになったから、ポケットにいれない。ぎゅっと持った。
 ……帰ろっか、ケーキあるんでしょ。
 ……ある。パパが買ってきた。
 じゃ、帰ろう。ぐっとひっぱられた。手をつないだ。はじめて。どきどきする。竜一郎くんは、ぜんぜんどきどきしてないってわかるけど、きょうのことはずっと忘れないってきめた。
 公園の出口から、信号を渡る。
 あっ。
 竜一郎くんは、走ってジャンプした。手をはなしちゃった。
 ほら。
 竜一郎くんは、ぱーにして見せる。
 しろい、まるい、天国の羽くれた。

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