地方メディアの逆襲

第2回 「報道の内幕」どこまで明かせるか

京都新聞「被害者報道」編

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 京都アニメーション放火殺人事件に直面した京都新聞の被害者報道に迫ります。

地元紙ゆえに沸騰した取材をめぐる議論 
 京都アニメーション放火殺人事件の発生数日後から、京都新聞本社5階の編集局では事あるごとに議論の輪ができた。現場の献花台、宇治市の京アニ本社、犠牲者の遺族や知人などを訪ねて被害者取材に当たる記者たちが続々上がってくる午後8時過ぎになると、誰かが口火を切り、さまざまな意見が飛び交った。
 被害者宅周辺の聞き込みや遺族宅への訪問はどこまで許されるか。葬儀や通夜の取材はするのか。顔写真の入手方法と掲載基準。実名報道の是非と、書かれる側の痛みは……。献花台は常時20人以上が張り付くメディアスクラム状態となり、弔問者から苦情も出ていた。報道陣は「節度を守った取材」のつもりでも、その場に大勢いるだけで威圧感がある。反発からSNSに名刺を晒された記者もいた。
 「ご遺族の言葉や状況、ファンや近隣の人の厳しい声、これまで以上にネットに溢れた報道批判に接し、どの記者も自分たちの取材や報道は適切なのかと突き付けられました。取材班には、2012年に亀岡市であった集団登校交通事故のご遺族と交流を続けている記者や、犯罪被害者の会を長年取材してきた記者もおり、経験を踏まえて問題提起してくれた」
 被害者取材班を統括した吉永周平(48)が振り返る。
 「私自身は事件担当が長く、亀岡の事故当時は府警キャップでした。事件取材は他社との競争意識が強く働き、『地元紙として負けられない』と、どうしてもトップダウンになるし、そうでないと動かないところがあります。しかし、捜査状況や犯行動機など事件のいわゆる本筋を追う取材の手法や発想を被害者取材に当てはめるのは違うと、反省とともに考えさせられました」
 記者たちとの議論を踏まえ、吉永はいくつかの取材方針をまとめた。
 葬儀や通夜は取材せず、会場周辺で参列者に話を聞くのも控える。「最寄り駅など公共空間で参列者らしい人に声をかけるのはよいのでは」という声も出たが、最終的には取りやめた。
 顔写真は、遺族の提供か了解を得たもの以外は載せない。卒業アルバムやSNS投稿は使用しない。ただし、京アニが出版した書籍などに掲載されているものは、公になることに本人の一定の了解があったとみなし、遺族の了承なしで使用する。
 遺族の住所が判明すれば、一度は取材の可否を確認する。拒否されたら説得はせず、すぐ引き上げる。事前の情報で強い拒絶の意思や厳しい状況がわかった場合は、訪問も控える。
 被害者報道自体が不要と考える人には、この程度は当然であり、これでも「やりすぎ」と映るだろう。しかし、事が何であれ、「当事者に話を聞くこと」が仕事の基本であり、事件報道においては犠牲者の経歴や人となり──どういう仕事をし、どんな夢を持っていたか──や、遺族は今何を思い、伝えたいのかということまで含めて、全容を報じることを職務と考える記者たちにとって、取材自粛は自らの手を縛ることでもあった。「この方針を本当に保てるのか」という声も上がった。
 「犠牲者の出身地は全国に散らばっていて、うちが遺族宅を訪ねた時にはもう各社が訪問済みだったこともよくありましたし、うちの取材で了解が取れていない顔写真が通信社から配信されてきたこともあります。でも、それは載せていません。だから、速さや顔写真の数を競うような従来の事件報道で言えば、はっきり言って『負けている』ことも多いんです。それでも、『他紙に載っているのに、なぜうちはないんだ』というような声は今回出ませんでした」
 そこには編集局長が最初に掲げた「速さより深さ」の編集方針、また、現場の意見を上げやすいボトムアップの体制があったのが大きいと吉永は言い、地方紙ゆえの事情を挙げる。
 「地元紙として数十年取材していくことになる事件ですから、ご遺族と長期的な信頼関係を築く必要があること。もう一つは所帯が小さいことです。取材班が議論している5mほど先に部長席があり、同じフロアに編集局長もいる。意見が届きやすく、すぐ相談できる環境なんです。
 全国紙の場合、各地から大量の応援記者を投入し、個々人が細分化された役割をこなします。それこそトップダウンで、速く充実した紙面を作る。でも、その半面、現場の声や実感が編集幹部に届きにくいこともあるんじゃないでしょうか」
 現場を抱える地元紙ゆえに生じる責任。長期的な視点。事件からも、読者や社会の批判からも逃げられない。個々の記者がそう感じたからこそ、京都新聞の議論と模索は始まった。「信頼される自律的な報道とは何か」をめぐって。

*2012年4月、亀岡市で集団登校中の児童と保護者の列に少年が無免許運転する車が突っ込み、3人が死亡、7人が重軽傷。ネット上で遺族への激しい中傷が起こった。