宿題の認知科学

頭の中の辞書をひく

メンタル・レキシコンとプライミング効果

子供よ、どうしてその字だと思ったのか? 「意味」と「音」から考えてみます。
 小学校入学時からの、漢字テスト珍回答がたまりにたまってすごいことになっています。こちら両方2年生のときのです。ほとんど正解してないじゃん!
 

 爆笑解答を並べるだけでたちまち紙面が埋まってしまいそうなので、山ほどあるののすべてをご紹介できないのが残念です。6年生になった現在でも続々と生み出されているのですが。

 そこで、ここはひとつ、膨大な数のなかから選んだ以下の事例をきっかけに、人間の頭の中で「文字」「単語」といったデータがどのように整理され、必要に応じてどのように検索されるのかに思いをめぐらせてみましょう。

 漢字ドリルの珍解答なので「頭の中の漢字辞典」について考えようかとも思いましたが、今日のところは、漢字をとっかかりとしつつも、文字という単位に限らない、私たちの頭のなかの国語辞典(単語知識の集合)について考えてみようと思います。

 私たち人間ひとりひとりがもっている、それぞれ個人が習得し記憶した語の知識のことをメンタル・レキシコン(心的辞書)といいます。収蔵語数は個人によって大きく異なることでしょうし、そんなの確かめるにしても数えようがありませんが、成人の母語における語彙サイズはざっと数万語程度と推定されています。

 メンタル・レキシコン(心的辞書)と、私たちが実生活で使う国語辞典(つまり普通の意味での辞書)は、ある言語の単語情報が整理されたものという意味では共通点があります。ある語が、どんな意味で、どんな発音(音形)をとり、文の中でどんな文法的位置づけとなれるか(品詞情報)という情報がそこには含まれています。

 一方、根本的に異なる点として、国語辞典は、持ち主が知らない語も多く入っていて、というか通常は自分がよく知らない語について調べるときに役立つのだということ。逆にメンタル・レキシコン(心的辞書)には持ち主が知っていて使える語のレパートリーしか入っていません(そりゃそうだ)。

 また、国語辞典の中の語は50音順に並んでいて、よく使う語も、めったに使われない語も扱いは同じです。誰が検索するのかというと私たち自身がある目的を持って意識的に検索するわけで、そうなると決まった並び方をしていないと検索のしようがないですものね。

 それに対して、メンタル・レキシコン(心的辞書)の検索は我々が意識して行うことではなく、言語使用のプロセスの一環として脳内で無意識・自動的に行われることです。

 私たちは普段、自分の知っている語をほぼ自由自在に駆使してコミュニケーションを行っていますが、考えてみればこのためには、文を読んだり他人の発言を聞いたりする際にも、また自分ら発信する際にも、自らの頭の中の辞書、つまりメンタル・レキシコンからその都度必要な語を検索していることになります。それは我々が、自分たちにとって理解があやふやな語だけ、とか、読み方に自信がない特定の語に限って、紙の辞書や、電子辞書を意識的に調べるときに行う一連の過程とはかなり異なる作業であるはずです。

 そして我々の記憶の中の語彙は50音順という手がかりのかわりに、複数のルートで検索がなされるのです。

 前置き長かったですが……

意味のネットワーク

 この間違いを見て、「文」と書こうとしたところどうして「字」と書いてしまったのか……(「文」のほうが簡単ちゃう?)。

 メンタル・レキシコンに収蔵されている語情報は、発音や文法的な情報(名詞だとか動詞だとか)のほかに、というか最も肝心と言っていいと思いますが、意味概念と結びついています。

 たとえば「りんご」という語に対して結びついている概念イメージの姿そのものは人によって異なるとは思いますが、ああいう色のああいう形で、それは果物の一種で、そういえばアダムとイブの物語にも出てくるなあ、などの概念的な情報との関係が「りんご」という語の知識の一部をなしています。そしてそうした「概念との結びつき」が、その語の検索プロセスにも関わることがわかっています。その裏付けとして、プライミング効果という現象があります。

 ある語、例えば「医者」という語を頭の中で検索するための時間を計測することができるとします。といっても人間は頭の中の知識を意識的に「検索」するわけではないので、例えば「医者」という表記を見て、それが自分の知っている単語であるという判断ができるまでの時間を早押し課題のような方法で計測するとします(語彙判断課題といいます)。そうすると、「医者」という語の判断(反応)時間は、その直前に「病人」というような意味的に関連する語を提示された後では、「芸人」のような無関連な語を同じく直前に提示された場合と比べて速くなるというものです。

 最初に「病人」という語にアクセスした結果として、「病人」に関係する意味概念全体も同じく記憶・印象に新しくなり、続けてアクセスしやすい状態になっている、つまり活性化した状態にあることで、その概念に関連する他の単語の検索までもが有利になる、というのが「意味プライミング」なのです。

 感覚としては「そういうことあるかも」という感想を持たれるかもしれませんが、このプライミング効果とは、直前に提示する語の長さがほんの千分の数十ミリ秒、つまり、「病人」やら「芸人」やらの別の語を見た、ということに人間が気づくこともできないほどのごく短い時間しか提示されない場合にでも観察されるものなのです。人間の脳は無意識のうちにいろんな仕事をしているのですね。

 ならば、さく「文」と「字」も「意味プライミング」の暴走した結果なのかな……

音の競争

 お次はこちら。

 ……「7まえ」ってなんだよ、と思いましたが本当に「名まえ」のかわりに「7まえ」って書いたんだとしたら音つながりでしかないですねえ。意味、かすってもないわ!

 「死会者」に至っては不覚にもお茶を吹いてしまいましたが、ここはこれも無理矢理こじつけて、メンタル・レキシコンの検索における「音」情報のあり方について考えてみましょう。

 メンタル・レキシコン内の語は、さすがに50音順に並んでいるわけではないにせよ、音の情報もちゃんと収録されていますし、その音情報を頼りに検索できるようになっているようです。そうなると、同じ音を持つライバル語がたくさん存在すると、音からの検索も楽ではないことでしょう。実際、一音違いの別の語(近傍語といいます)の多さが、語彙判断課題の反応スピードを抑制するということがわかっています。

 例えば、同じくらいの長さでも、近傍語が多い語と少ない語では、それだけで認識スピードに差があるということですね。頭の中の辞書内にライバルが少ないと速い、と。このように、メンタル・レキシコン内で特定の語を検索するときには、音を元にした検索が自動で行われているということに改めてうなずけそうです。

 「名まえ」と書こうとして「7」、「司会者」と書こうとして「死会者」、の事例も、頭の中の正解を探すときに音つながりで引っ張られるという点においてはここでかろうじて関係ある、かな?

 というわけで、今回は漢字ドリル珍解答からの〜……頭の中の辞書について考える機会としてみました。珍解答自体の正体はちょっとそっちのけなんですけどね。正しい漢字が思い出せなかったから確信犯的に近そうなものを選んだ際の判断なのか、とにかくなんかバグったのか……。