PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

身体を容れ物にする

皮と臓器と/水が流れて・2

PR誌「ちくま」6月号より草野なつかさんのエッセイを掲載します。

 今日が早く終わりますようにと目が覚めるたび願っていた三年間があった。その競技の楽しさが解らず辞めるという選択肢も思い浮かばず部活を続けた中学・高校時代。中学では補欠にすら入れなくても何も言われなかったのだが高校はそうはいかず、戦力外でも上を目指しているフリをしなければいけなかった。とにかく苦痛だった。あの頃はどこにいても取り残されないよう必死で、一つのことを途中で止めずに続けることでダメ人間の烙印を押されずにどうにか生きていけるのだと思い込んでいたのかもしれない。
 初めて「監督作」を撮ってから七年経つ。これまでの監督作は短編数本と長編二本だけで、新しい作品を撮るとき既に前作で得たはずの技法を忘れてしまっているので毎回現場でパニックに陥る。それを救ってくれるのは音楽で、現場ではまず撮影開始前に同じ曲を何度も繰り返し聴く(一作目の撮影時は「英雄ポロネーズ」、二作目の時はテニスコーツの「Heritage」(原曲はGRIM)を聴いていた)。メロディを身体中に循環させたのち腹の底に落とし、頭をからっぽにする。自分の周りに膜を張る作業であり身体をただの容れ物にするための儀式でもある。最近かかりつけの整体師さんに言われた「丹田に意識を持っていく」ということに近い気がする。言葉を肚に落とし、言葉に支配されない仮の身体をつくる。
 幼い頃から身体感覚のようなものが希薄で脳からの命令と身体の動きがどうも嚙み合わない。そのせいか動きの演出が未だ苦手で、台詞の合間の動きや自然な動作、もしくは自然ではない動作をどう付けるか、ということに苦労する。自分の身体を動かすことも下手なのに他者の身体を動かすなんて難解すぎる。引き換え、発話の演出はとても好きな作業だ。演者それぞれが持つ話し方(や、それに伴う身体の動き)の癖を抜いてまっさらな状態に近づける。表情筋の動きや予め台詞に乗せようとしていたであろう感情もすべて平らにしてもらう。そして容れ物になったその身体に「役」を入れる。演者の声が「役」の声に変貌し始める。この上ない快感の瞬間。
 高校時代、朝練のメニューにロープ登りというものがあった。道場の天井から垂れ下がっている太い縄を手だけで登り天井にタッチして降りてくるというもので、私は二年の終わりまでそれが出来なかった。登るために必要なのは腕力よりもロープに密着した上半身と振り子状態の下半身との連動で、頭と身体がちぐはぐな私は上半身と下半身を噛み合わせることがどうしても出来ず、毎日先輩に叱られた。
 映画を撮るようになり、人を見つめることに対する苦手意識が少しだけ払拭された。見ることは相手の挙動をもれなく受け取りその感情を想像するために不可欠なもので、剣道では、呼吸や剣先、身体の微妙な動きから相手の心理的身体的な隙を読むことが不可欠だ。あの当時は見ることも見られることも怖かった。自分の恐怖心にばかり重心が傾き、眼の主体を相手に移すことが出来なかった。今ならもっと楽しめると思う。けれどもあの頃の私が何の問題もなく部活を楽しめていたら、映画を撮っていなかったかもしれない。
 そういえば卒業式の日に部活の顧問から「草野は将来なにか文章を書く仕事に就けば良いんじゃないか」と言われたことを今思い出した。あれはなんだったのだろうか。

PR誌「ちくま」6月号