苦手から始める作文教室

第4回 何度も頭に浮かぶ考えを、文章にして整理する

他人に伝えるまでもない、断片的に思い浮かぶ自分の考え。それらを筋道だててまとめるのに、作文を使ってみよう。

 前回は、「他人には見せないけど、何回も考えるので書き留めたこと」について書きたいと思います、という終わりでしたので、今回はお約束通り、まずその「他人には見せていないこと」について、少しだけまとまった形で書きます。

 

〈いじめについて〉

 もし世の中のほとんどの人が他人の苦しみになんてかまわない、自分さえよければいいという自己中心的な利益追求型の人たちばかりであっても、いじめはできるだけなくしたほうが良いように思う。なぜならいじめは、それが行われている時間だけのことではなく、その後の被害者の人生にも影響を与えるからだ。

 学校に通っていた頃のいじめが原因で、成人後に大きな事件を起こす人はときどきいる。もっと複雑な要因があったとしても、学校に通っていた頃のいじめというのは、社会に損害を与えることへの動機として提示しやすい。「いじめられた経験」は「社会に損害を与える」ことへの橋渡しになりうる。もっと言うと「社会に損害を与えることに対する言い訳を与えてしまう」。

 「社会的な損害」とは、つまり「損」で、これは、利益追求型の人がもっとも嫌うものなのではないだろうか。たとえば、他人への共感にすぐれた人が、あるいじめを根拠にしたいじめの被害者側が起こした事件について、「いじめが原因ならほんの少しは理解できる」と思ったとして、自分の利益のことしか考えていない人はこの「損」に怒りしか感じないため、感情的には共感にすぐれた人よりも「損」をしている。

 なので「損」が大嫌いな、自分の利益しか考えない人、他人が傷付いていてもどうでもいい人もまた、単に利益という面から見て、いじめはなくしたほうがいいと思うべきなのではないか。

 

 わたしは、この考えは自分でもちょっと過激だなあと思うので、まだ誰にも言っていません。「利益追求にしか興味がない人」を想定している時点で冷笑的ですし(「世間はそんな奴ばっかりだよな」)、数値的な根拠もありません。ただなんとなく「他人の気持ちを考えない、自分の損得しかない人だって、いじめが引き起こすものの間接的な被害者になりうるのではないか」と思ったので、それを書いているだけです。

 これを仕事で書くような文章にするためには、自分でこう思うに至ったいくつかの事件についてのニュースを調べた上で、しっかり根拠を言えるようになる必要があります。わたしがこの考えについて、仕事で書いたことがない理由は、まだ充分に考えられていないので自信がないからですし、このことについて考えるのはとても憂鬱だからです。けれども、いずれちゃんと言いたいとは思っています。なので、この考えが頭に過(よ)ぎるたびに、ちょっとした作文のような形でまとめています。

 本当は、べつに作文にまとめなくてもいいと思います。「何回も考えるのでそう思う」でいいですし、もう少し手間をかけるにしても、そのたびにメモをする程度でいいと思うのですが、自分の考えていることを作文の形でまとめるとちょっとすっきりします。なぜなら、考えていることに順番ができるからです。「筋道を立てられる」と言ってもよいかもしれません。

 ちょっとビジュアルで考えてみてください。以下で言う「紙」を「考え」と考えてください。「(頭の中に浮かぶことを記した)メモ」はばらばらの状態の紙です。どれが最初で、どれが二番目で、どれが最後かはよくわかりません。「作文」は一応まとめられた状態の冊子です。表紙と、二ページ目と、あるのであれば三ページ目やそれ以降と、裏表紙があります。どちらの状態を頭から取り出しやすいかというと、やっぱり後者です。「作文」≒「冊子」のほうです。

 作文をすることは、ばらばらに浮かんでくる部品のような考えをかき集めて順番を付けたり組み立てたりする、考えの整理作業でもあります。もし何か関心のあることが、繰り返し頭の中に浮かんでくるようなら、そのことについて作文をしておくと、「いいね!」はもらえないまでも、誰かに話せるようになったり、明日以降の自分に最初から思い出させる手間を省かせることができたりします。いや、ばらばらに考えが浮かんできてまとまらない方が好きなんだ! という人には無理にすすめませんが、頭の中がちらかっていてちょっと整理したい、という人には作文をおすすめします。

 余談ですが、SNSと企業が発信するまとまった記事の中間的な存在として、個人のブログというものがあります。ツイッターがさかんになる以前は、今よりもたくさんの人が書いていました。今もアメブロやnoteなど、いろいろありますよね。このブログの文章は、作文に近いとわたしは思っています。ブログにも「いいね」的な機能はありますが、SNSほどなくてはならないものではありません。言い換えると、SNSの投稿ほど共感されたりウケたりしなくても、文章が傷物になりません。「ああ書いているな」と思われるだけです。

 時には、ブックマークして繰り返し読み返すようなおもしろいブログの文章もあります。企業などとのお金のやりとりがあって、お金を払う人が内容を読んで、書く人にあれこれ指示したりすることのない、書く人独自の視点の、新鮮だったり個性的だったりする内容が伴った文章です。そういった文章の中には、「読まれる」ということをほとんど考えていないような、べつに誰にも見せなくていいけど、一応こういう場(ブログ)があるから投稿してみた、みたいな文章もあります。授業の作文以外にも、身近なところでそういう文章はあります。なので作文をすることは、そんなにあらたまったことではないし、日常から遠いことでもないのです。

 よかったら、自分の頭の中に繰り返し浮かぶことを、気軽にまとめて作文してみてください。

 

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