ちくま学芸文庫

誰からも等距離にある「女性解放」の学術書

江原由美子著『増補 女性解放という思想』評

1970~80年初頭の女性解放運動や理論における対立・批判から、それが抱えた数々の困難を示した論考集、江原由美子著『増補 女性解放という思想』。社会運動について考えるうえで本書がどのような意義を持つか、富永京子さんが評してくださいました。(PR誌『ちくま』6月号掲載原稿より。Web掲載に際して一部追記。)

 数年前、調査会社の営業の方にこんなことを言われた経験が今でも心に残っている。「富永先生の場合、例えばフェミニズムとかジェンダー関連の調査とか……」。私は社会運動の研究者で、フェミニズムやジェンダー論は全く専門ではない。調査会社の方も深い意図はまったくなかったのだろうが、女の社会学者だから女性問題や女性運動に関心があるのだろうという想定に、自分が想像したよりも遥かに苛立った。

 本書は、一九八〇年代当時のエコロジカル・フェミニズムやイリイチのヴァナキュラー・ジェンダー論、「性差」論の批判的検討に始まり、ウーマンリブ運動の軌跡やメディアに反映される女性像を通じ、女性解放を論じる。

 なぜ私はあんなに女性解放の議論が嫌いだったのか。『女性解放という思想』は最初から最後に至るまで、的確かつ耳の痛い指摘を常に繰り広げる。江原は「リブ運動の主張にもっとも動揺し痛みを感じたのが専門職についていたいわゆる『エリート女性』だった」と解く(『リブ運動の軌跡』)。この指摘を読んで、ジェンダー論やフェミニズムの本を読んだり、研究会に出たりするたびに、痛いところを突かれた気持ちになったのを思い出した。自分はそれなりに頑張ったと思っていたが、それは他の女性を踏みつけにして得た達成でしかないかもしれない。かつ、その達成も「男性や企業の評価によって価値を承認される」他律的なものでしかない。同じ女にも関わらず連帯の輪に入れてもらえず、抑圧側と見なされざるを得ない脛の傷を擦られるのが嫌で、だからこそ先回りして敵対者であろうとした。強がって「女性運動とか関心ないし。なんなら嫌いな方だし」と言い切ってきた。

 いずれにせよ、この本は、「女性運動嫌い」だった過去も、女性解放に共感を抱くようになった現在も、ずっと書棚の手に取りやすい場所に置いてある。著者が事例から引き出す理論的含意は、どのような立場の読者の目にも魅力的に映る。

 近年「パリテ」や「クオータ制」などの形で、政治の意思決定の場に女性を一定数以上入れる施策が進行している。私は女性運動も嫌いだったから、女性政策にも厳しかった。正直なところ、女性が定員の半数を占めたから何が変わるのかと思っていたが、人数が増えることで少数者が発言しやすくなり、それまで看過されてきた視点から制度や規範を刷新できる。

 社会変革のための活動を総じて社会運動と呼ぶ。この下位分類として環境運動などと同様に女性解放運動があると考えられがちだが、本書は「パリテ」と同様に、女性解放運動の分析を通じて、男性に偏りがちな運動従事者が見過ごしていた論点を提起している。

 本書で江原は、ウーマンリブ運動における模索と達成の過程を、内部に抱え込まざるを得なかった矛盾も含めて論じる。また、外部からの「からかい」に抗えず、抗えば抗うほど無力化されざるを得ない女性と女性解放運動のありようを率直に綴る。このように、矛盾や葛藤を含めて「軌跡」として振り返り、弱みを明らかにすることに躊躇しない態度は、社会運動がしばしば自己の弱みや失敗を省察することなしに突き進んでしまう姿勢とは真逆のものだ。また、しばしば社会運動は従事者の有名性やカリスマ性が強くなるあまりに、内部批判を歓迎しない事態に陥るが、江原が本書前半で行った議論からは、運動内部で相互批判が活発に行われたさまも明らかになる。女性解放運動から江原が引き出した知見は、社会運動において看過されがちな視点を考える上でも極めて有効であろう。

 私自身は女性運動に以前より多少共感的になったし、たまに発信もするようになった。自分の立場が変わっても、本書が私の本棚で最も手に取りやすい位置にあることは変わらない。それは、本書が「女性解放」を分析的・理論的な視点から論じた、誰からも等距離にある学術書であるためだと思う。

 著者は女性解放という主題に対して、一貫して「理論家」としての立場を取る(江原 2020)。しかしそれは、江原の言葉が運動に「冷たい」ことを意味しない。本書は意識の変革を迫るものでも、誰かを啓蒙しようと意気込むものでもないが、社会運動そのものを見ていたのでは分からない解釈の視点を与えてくれる。そのため江原の言葉は、運動外の人にとっては理解の契機に、運動内の人には省察の契機となったのではないか。

 社会運動において、すぐれた理論の言葉に内在するものがあるとしたら、それは実践と非実践とを、反感と共感とを問わず誰にでも届きうる距離を担保していることではないか。江原の言葉は、過去にも現在にも、運動に対してどのようなスタンスを持つ人にも必ず届く。江原は「すべての女性が解放への途を歩けないような解放論は誤っている」と断言するが、女性に限らず、すべての人に見える形で、解放への途を遠くから照らしてくれる書だ。


参考文献
「ロゴスとミュートス(2)——江原由美子氏インタビュー:経験を社会学的に語ること」二〇二〇年、『ソシオロゴス』44: 156-179

 


「女性解放」はなぜ難しいのか。
リブ運動への揶揄を論じた「からかいの政治学」など、
運動・理論における対立や批判から、
その困難さを示す論考集。