ちくま新書

新薬への期待は禁物、「そのまま」を受け入れて

「治さなくていい」と知れば、楽になれる

アルツハイマー病の新薬が米国で承認されたことが大きく報じられた。しかし過大な期待は禁物で、認知症が治らない病であるということに変わりはない。新刊『認知症そのままでいい』は、そのままの本人の生き方や思いを大切にし、身構えず、冷静に病気を受け入れたほうが、介護する人・される人双方が幸せになれると提案する。冒頭の「はじめに」を試し読みとして公開します。

 認知症の高齢の母親を3年間介護してきた女性が、ある時こう言われた。「認知症が治らないってもっと早く知っていたら、こんなにつらくなかったのに」
 認知症は、努力さえすればよくなるはずだ。女性はそう思って、母親を少しでもよくしようと叱咤激励しながら、介護を続けてきた。しかし、毎日の努力と苦労が報われたと思える時はなかった。よくなっていかないばかりか、むしろだんだん物忘れや日々のできないことが増えていくように見えた。3年たって、どんなに努力しても「認知症は治らないもの」だと知った。驚きと無力感で体の力が抜けるようだった。
 どうしてもっと早く教えてくれなかったのか。そうだと早く知っていれば、あんなに母親を注意したり、急かしたり、反省させたりしなくてよかった。もっと割り切って考えることができれば、ずっと楽な気持ちで介護ができたのに。母親ともっといい時間が過ごせたのに。つらかっただろう母親の気持ちも、もっと考えることができたかもしれない。
 この逸話は、私たちが認知症とどう向き合うかという問題に、たくさんのことを投げかけてくる。
・認知症は、本人や周囲の努力で、治るものではないこと。
・よくしようという努力は、不要であること。
・介護する人は、つい思い込みで本人に無理を強いてしまいがちであること。
・治したいという思いが、介護する者、される者双方をつらい状況に追い込むこと。
・治そうとしないことで、介護の時間がより温かいものになるであろうこと。
 これらのことは、認知症に向き合う時、まず考えるべきことといえるかもしれない。
 もう一つ、この逸話が教える大事なことがある。
 よくなってほしいと思いながら、3年もの間、介護の苦労をして報われなかった女性は、さぞやつらい思いだったことであろう。しかし、一番つらかったのはだれだろうか。それは、本人である。病気によって忘れたこと、苦手になったこと、うまくできなくなったことを、日々指摘されて直面させられ、できないことをもっとできるようになりなさいと督励され続けた。母親は認知症になっただけで、何の罪もないのに、である。
 私たちが胸に刻むべきことは、一番大切なはずの「介護される人の気持ちを尊重する」ということが、介護者にとっていかに難しいかということである。
 家族が「治したい」と思うのは、ある意味当然であろう。しかし、その思いや見方から離れ、気持ちを切り替える必要がある。治すことはない、治らなくていいのだ、と心から思えるように気持ちや見方を切り替えてほしい。そして、認知症の人を助け、いたわり、共にできることを考える。
 よき介護のスタートラインはそこにある。
 本書は、以上のような見方を基調として、一般の人々や医療・介護に関わる人、ひいては社会が、どう認知症に向き合っていくべきかを考えたい。
 なお、ここで扱う認知症は、とくに断らない場合、高齢者のアルツハイマー病の軽度〜中等度を対象の中心にしていることをご了解いただきたい。アルツハイマー病以外の認知症や若年の認知症、重症の例にはあてはまらない記述があることをお断りする。