ちくまプリマー新書

「まるでもうほとんど本文がはじまっているようなちょっぴり長めのはじめに」から

『自分をたいせつにする本』(服部みれい著)まえがきより

最近、自分と打ち合わせしていますか? 自分の年表を作っていますか? からだを温めたり、深く呼吸したり。本来の自分を取り戻せるワーク付きのこの本の冒頭部分をお届けします。

いま、いちばん、たいせつなことってなんだろう?

 みなさん、こんにちは。

 この本は、みなさんがみなさん自身ををたいせつにする方法が書かれた本です。

「そんなこと、いわれなくったって、自分のことたいせつにしてるよ!」という人も多いかもしれませんね。でも、ひょっとするとみなさんが、「たいせつにしている」というイメージと、この本でお伝えしようとしている「たいせつにする」は、少し違いがあるかもしれません。さらに、ほんとうの意味で「自分のことを愛する」ということとなると、ほとんどの人が行っていないかもしれないとさえ、わたしは、思っています。

 これからの時代には、ひとりひとりが自分のことをたいせつに扱い、自分が自分をほんとうの意味で愛しているということが、生きる上でとてもたいせつです。あたらしい時代を生き抜くためにも、「自分が自分を受け入れ、愛している」ということが、とても大事な土台となります。もちろん、周囲の人々や社会や世界のためにも必要な土台でもあります。

 くわしくは本書のなかで述べますが、この本でいう「自分をたいせつにする」を実践することは、決して自分勝手になったり、利己的になることではありません。そればかりか、自分をたいせつにした結果、まわりからもたいせつにされ、幸福になり、同時に、まわりの人々をもしあわせにしていくということを指しています。

 これは、みなさんにとって、ちょっぴりあたらしいアイデアかもしれません。

この本を書いている人はどんな人なの?

 さて、この本は、わたし自身の体験や、わたしのまわりで起こったことをもとに書いています。

 わたしは、本をつくったり、書いたりすることを職業としています。24歳のときに編集者になって、もう25年以上雑誌や本をつくったり、エッセイを書いたりしてきました。

 わたしは、ちいさな頃からからだが弱く、また、いろいろなことにとても敏感な子どもでした。たのしくすばらしい経験もたくさんありましたが、特に中学生以降、転校生だったことなどから、精神的に落ち込んだり、あるいは、進路や家庭生活のことで希望どおりに行かなかったりしました。

 そうするうちに、からだにもこころにも、毒や鬼や……いうなれば負の存在がたくさん溜たまっていったのだと思います。

 20代はとにかく過酷な時期を過ごしました。自分がゆがんでいたからだと思います。社会と自分がまったく合わない上お金もなくいつも貧乏だったし、人間関係も複雑でした。

 でも、目の前の仕事にただただ取り組みました。たくさん失敗をしました。そんな中で、ひとつ、ふたつと、自分をたいせつにするための知恵に出合い、少しずつ、少しずつ実践をしていく中で、「自分風(じぶんふう)」だった自分からほんらいの自分に戻っていくという体験をしました。ある時期からおかげさまで、からだもこころもすっかり丈夫になっていったのです。

 ボロのつぎはぎだらけの布みたいな自分だったのですが(ほんとうに!)、自分で自分をたいせつにし続けて、今では、絹の布みたいになってきたと思います(これもほんとうに!)。やぶれかぶれのズタボロの自分だったのが、今はきめ細やかでなめらかでしっとりとした自分になったなと感じるのです。自分であることの居心地がすこぶるよいのです。

 あんなにヒドかったわたしにできたのだから、この本を読むみなさんにもかならずできます。

 これまでも、ほんらいの自分に戻るための本をたくさん書かせていただいてきましたが、この本では、さらに自分のなかで熟成した知恵を、ぎゅっと一冊の本にして、みなさんにお伝えしていきます。

学校や家庭以外でも学ぶ場所はたくさんある!

 ふしぎなことなのですが、子どもの頃から「教育ってなんだろう」、「学校ってなんだろう」、「子育てってなんだろう」って考えている子どもでした。自分自身が子どもなのに、ね。

 子どもに対してひどい態度をとったり、傲慢だったり、手抜きをしたりする先生を見ると、「先生はどうして先生になったのですか?」と正面切って質問するような風変わりなところもありました。子どもの気持ちを尊重していないような大人に先生という職業についてほしくない、という気持ちがあったんですね。それにしてもそんなことを先生本人にわざわざ職員室までいいにいくなんて、やっぱり変わった子どもだったように思います。

 一方で、わたし自身は、最終的に「教育」について大学で学ぶ選択をとりましたが、学校の先生になるという気持ちはうまれませんでした。それよりも、学校でも家庭でもない場所での教育や学びということをずっとずっとめざしてきたようなきがします。

 生まれてはじめてわたしがついた仕事は、育児雑誌の編集者でした。中学生や高校生向けに、雑誌づくりのワークショップを開催していたこともあります(思春期から雑誌を創刊するまでのわたし自身については、第3章108ページに書かせていただきました。興味があるかたは、そちらをお読みください)。

 20代から30代のはじめには、ファッション誌のライターをしていたこともあります。音楽や映画、ファッション……そういった文化に関わることも大好きなのです。それと同時に、エコロジーとかオーガニックとかローカリティなど、地球環境や自然を守ること、有機的な暮らしや食べもののこと、地域や地方といった、ちいさなコミュニティをたいせつに生きること、といったことに対しても高い関心があります。古くから続いている暮らしの知恵、習慣、風習を現代社会に取り戻し統合することにも関心を寄せています。

 さらには、自分のからだやこころが弱かったのをつよくたくましくするためにという目的もあり、ホリスティック(統合的な)医療や、治癒とはどういったことなのかについても、いつも熱い注目を注いでいます。

 もちろん、こういったことを背景に、子どもや女性、そのほか社会で弱い立場に立つ人についてたいせつにする多様性のある社会やシステムをつくりたい、支えたいということもずっと考え続けています。

人と地球はつながっている!?

 こういった、まるで、一見関係のないようなことを結びつけるメディアをいつかつくってみたいと若い頃からずっと思っていましたが(まるで違うことを結びつけたりひとつにしたりするのが好きです)、念願かなって2008 年に、『マーマーマガジン』というちいさな雑誌を創刊しました。「マーマー/ murmur」とは、英語でちいさな声、川のせせらぎ、木々のざわめき、といった意味があります。不平・不満をぶつぶついう、という意味もあります。

 この世界のちいさな声にしっかり耳を傾けて、自然にも人にもやさしい、これまでにありそうでなかった、まったくあたらしい社会や世界を実現したい、そのための知恵を紹介する雑誌です。

 創刊以来、ほんとうにたくさんのことを記事にしてきました。

 オーガニックコットン、エシカル(人道的な)ファッション、冷えとり健康法、結婚をどう考えるか、聖なる性のこと、ホリスティック医療のこと。近年では、不食と少食、パーマカルチャー(パーマネント〔永続性〕とアグリカルチャー〔農業〕とカルチャー〔文化〕を組み合わせた造語。持続可能な社会を築くためのデザイン手法)、自給自足農といったこともとりあげています。わたし自身、詩も大好きで、最近では、詩とインタビューの本を『まぁまぁマガジン』としてリニューアル創刊したり、ローフード(生食)のレシピ本や、「気をつかわず愛をつかう」という考え方を伝えているユニークなアーティストの方の本をつくったりもしています。

 実にさまざまなことについて本にしてまとめていますが、どの記事も、どの本も、自然と人がより共存して暮らせるように、あたらしい世界で、ほんとうの豊かさを得て生きていけるように、そのためのヒントとしてつくられています。そこにいつも流れている考えは、「ひとりひとりが自分をたいせつにして、ほんらいの自分に戻ることが、自然やまわりの人をたいせつにすることにつながる」というものです。

 かつて、ある人から、「服部さんがいっていることは、「ディープエコロジー」という考え方だよ」といわれたこともあるのですが、わたしは、地球にこうして生きている以上、人の物質的な行いはもちろんのこと、人の精神のありよう、意識のもちかたこそ、自然や社会につながっていると思うのです。

 つまりは、人のこころ、精神、意識が、ほんとうの意味で健やかで、安定していて、幸福になり、目醒めていれば、人とあらそうことも収奪することもなくなり、利他的になり、また、自然を破壊して暮らすような暮らし方をしなくなる、と心底思っているのです。物質的に環境をよくしようとする試みは、いうまでもなくたいせつですし、やれることは今すぐにでも全身全霊で取り組まないともう時間がないというほど地球の自然破壊の状態は逼迫しているのですが、それと同時に、人間の、目に見えない意識も本気で変わる必要がある、ということも切に感じているのです。

 わたし自身2015年からは、東京にあった編集部ごと岐阜県の美濃に移転して、自然豊かな場で、山や川に囲まれ、畑や田んぼもやりながら、よりあたらしい豊かさを求めて、一緒に考えたり、立ち止まったりしながら歩みを進めています。もちろん、わたし自身も、あたらしい生き方を探り、実践し、ほんらいの自分へと戻っていく旅を続けている真っ最中です。

人が生きるうえでたいせつなこととは?

 と、こんなふうに、編集者や文筆家として活動していくなかで、あらためて人のこころや意識の面で、もっともたいせつなことがある、と気づきはじめました。

 それが、

 自分が、今の自分のままで、自分のことをほんとうの意味でたいせつにする。そうしていくなかでほんらいの自分に戻り、そのほんらいの自分を好きでいて、愛している

 ということだったのです。

 ごく簡単にいえば、

 自分が自分を愛していること

 が、何をするにもますます大事になってきているということです。

 これは、繰り返しになりますが、利己的だったり、自分勝手だったり、自己中心的で、自分本位のわがままし放題ということとはまったく違います。

 また、生存欲求にもとづいて過度に自分を守ろうとしているということともまったく違います。むしろ逆なのです。損得勘定とも無縁です。利己的で自分勝手で自己中心的で自分本位のわがままし放題、自分を守ろうとする態度は、周囲とぶつかる可能性があります。何かを破壊したり、不調和をまねいたりする可能性もあります。

 ことばが似ているから惑わされそうですが、まったく逆の態度なのです。

 ここでいう自分をたいせつにするとか、好きだとか、愛しているというのは、そうする結果、まわりとも自然に調和するありかたを指しています。あるいは同時に、まわりの人のこともたいせつにして、愛しているという状態をもたらします。

 実は、どんなに、いろいろな「なにかいいこと」をしようとしても、「自分のことがきらい」と思っていたり、ほんらいの自分がわからなかったり、あるがままの自分を受け入れていないと、どうも、うまくものごとが進んでいかないようだ、とあるとき気づきました。わたし自身、自分の体験やまわりの人の体験を観察して、そう思うに至ったのです。

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