piece of resistance

5 腕時計

なんでそんなことにこだわるの? と言われるかも知れないが、人にはさまざま、どうしても譲れないことがあるものだ。奥様とは言わない、本に書き込みはしない、ご飯は最後の一粒まで食べる、日傘は差さない……等々。それは、世間には流されないぞ、というちょっとした抵抗。おおげさ? いやいや、そうとは限りません。嫌なのにはきっとワケがある。日常の小さな抵抗の物語をつづります。

 たとえばこんな場所で、こんな状況で、こんな提案をやぶからぼうに突きつけられて、はたしてノーと言える人間が存在するだろうか。

 どんな場所かというと、それは丸の内のど真ん中(かどうかは知らないが、いかにもど真ん中然と構えている)にある高級時計店R社の本社である。
 誰もが知る老舗中の老舗にして、名門中の名門。よって、サービスセンターが入ったその一階もシックな高級感に富み、一見ホテルのロビーか、はたまた会員制のクラブかというほどに天井も高い。大理石のカウンター越しに品よく微笑んでいる接客係もコンシェルジュ風だ。
 で、俺がそこでどんな状況に陥ったのかといえば、そのコンシェルジュ風がずらり居並んだカウンターの一席で、とびきり美人の担当者(山下さん)から「お客様は石油王です」と言わんばかりの、この上なくラグジュアリーな笑顔で遇されたのだった。

  R社の腕時計を買うような連中にとっては日常の一幕なのかもしれないが、俺は違う。高価な腕時計など縁遠い一介のサラリーマン(四年目)で、勤め先はブラックに限りなく近いグレー企業。分不相応なR社の腕時計を持っているのは、ひとえに、それが二年前に他界した叔父の形見であるからだ。
 ごくごくスタンダードなステンレススチールの腕時計。手巻き式で、文字盤は大定番のシルバー。限りなくシンプルでありながら、一目でR社とわかるフォルムが実にスマートで格好いい。生前かわいがってくれた叔父の手首に光るそれを眩しくながめていた俺は、形見分けとして叔母からそれをもらい受けた瞬間、素直にヤッタと喜んだ。こんな高価な品をもらっていいのだろうかと不安になったのは、ネット検索の結果、それが正価で九十万もする品であるのを知ったときだ。
「二十年近く前に買ったときには、その半額くらいだったのよ。遠慮しないで、もらってちょうだい。うちは息子もいないし、あんたが使ってくれたら、あの人も本望よ」
  叔母のありがたい言葉に甘えることにしてからの三年間、俺は日々の一分一秒を常にその腕時計とともに刻んできた。おかげでちょっと格を上げた大人の気分にひたったり、ボロを着ていても卑屈にならずにすんだり、職場の女子から「見せて」といわれたり、叔父の守護を感じたりと、まさに腕時計サマサマの毎日だった。しかし、叔父の時代から働きつづけた精密機械にはそれ相応の疲れも出てきたようだ。
 徐々に時間が狂いだし、初めは数分だった誤差が十数分、数十分へと拡大していくにつれ、ついにオーバーホールなるものが必要な時期に来たと観念し、その日、はるばる本社へ足を運んだのだった(代理店を通すと修理費が二割高になると聞いたので)。

  で、その本社で美人の山下さんからどんな提案をされたのかというと、それはもう聞くも冷や汗、語るも冷や汗のホラー話なのだった。
「こちらの製品はだいぶ年期が入っておりますので、オーバーホールだけではなく、リューズとチューブ、クラスプ用バネ棒、およびバネ棒二点の交換が必要となります。文字盤も陽に焼けて退色していますので、この機会に、針と合わせての交換をお勧めします」
  ポテトもいかがですか、というくらいのノリで差しだされた見積もりを見て、俺はマジで吐きそうになった。
 十万九百円。じゅうまんきゅうひゃくえん。スピードを落として数字をたどりなおしても金額は変わらない。
  時計を買うわけじゃない。ただ直すだけだ。何も増えない。せいぜい表面が変わるだけ。その程度のことに十万以上も誰が払うのか?
 驚愕のあまり息が止まった俺だが、山下さんの自信に満ちた笑顔を見るに、どうやら、ここへ来る誰もが払うようである。事実、上質そうな背広をはおった周囲の客たちは、同様の事態に直面しているはずであるにもかかわらず、誰ひとり動揺を滲ませていない。まるで埃でも払うように財布からカードを抜いている。
 どうする? 俺は自問する。先の見えない不安から、長年こつこつと節約し、薄給から絞りだすように貯金へ充ててきた。年金の信用ならない老後を思えば、贅沢は敵だ。
 が、これは贅沢なのか? チューブやらリューズやらの交換は、恐らく、この腕時計と今後もつきあっていく上で避けられない措置なのだろう。文字盤も確かに部分的な色褪せがひどく、俺自身、せっかくの色男がだいなしと不憫に思うところでもある。
 そもそも、修理に十万かかるとはいえ、新たに買ったら九十万円の品だ。十万を惜しんで九十万を放棄する? 叔父の死後も刻みつづけてきた時を止める? 俺の手首にこの腕時計がないのを見たときの叔母の心中は?
「わかり……」
 ましたと言おうとした瞬間、山下さんの目が光った。「どうです。九十万円の時計に対してぎりぎり譲歩可能な修理代、絶妙な値段設定でしょう」とでも言いたげな確信犯的薄笑いを見た瞬間、俺は精一杯の抵抗をこめて言いなおした。
「でも、針はまだ使えますよね」
「はい?」
「折れてもいない針まで一緒に交換する理由を知りたいのですが」
 ムスクを香らす隣席の客が眉を寄せて振りむき、俺とコンシェルジュたちを隔てるカウンターの川が瞬時に氷河と化した。リッチな笑顔をなくした山下さんの口からは、結局、針交換の明確な根拠が語られず、針一本であろうとまだ使えるものは使うと俺は意地を張りとおした。

 長針と短針で計九千円。秒針が三千円。
 まさに時は金なり。
 かろうじて一万二千円の奪還をはたした俺は、今夜はこの一部で叔父を偲びながら一杯やろうと思いつつ、民の相続税を絞る国税庁なみに老獪なセレブの園をあとにしたのだった。

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