地方メディアの逆襲

第2回 「視聴率」と「報道の使命」の間で

東海テレビ放送「さよならテレビ」編

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 自社の内幕を描いたドキュメンタリー『さよならテレビ』で、テレビを問い直した東海テレビ放送に迫ります。

ドキュメンタリーの伝統に守られて
 『さよならテレビ』の取材に際して取り決められた局内試写は2018年9月の放送3日前に行われた。「悪いところだけを切り取っている」「会社のイメージを棄損した」。案の定、反発が起きたが、阿武野は取り合わず、すぐ散会を告げた。完成披露をしただけで、修正に応じるつもりはなかった。そもそも取材対象に放送前の番組を見せるのは、報道倫理に反する。
 いくら局内に反発が渦巻いても、内容が事実であり、然るべき手続きを踏めば、予定通り放送される──しかも「開局60周年記念」の冠まで付けて──のは、東海テレビの報道機関としての矜持かもしれない。波紋を呼び、賛否の分かれる表現でも許容する自由度があるということだ。
 そうした土壌を作った大きな要因にドキュメンタリーの伝統がある。独自の視点と粘り強い取材で対象に肉薄し、地域の人びとの生き様や事件の裏側を描く作品群は、早くから業界で有名だった。2011年の『平成ジレンマ』(戸塚ヨットスクール事件で批判の的となった戸塚宏校長のその後を追った作品。テレビ版は2010年放送)を皮切りに映画化に乗り出すと、「ドキュメンタリーの東海テレビ」は一般にも広く知られるようになった。その看板を築き、今も守り続けるのが阿武野である。

阿武野プロデューサー

 「1981年に入社した当時から、社内では『ドキュメンタリーの東海テレビ』と言われていましたが、世間的には知られていなかった。私も別にドキュメンタリーが好きだとか、興味があったわけじゃない。
 そもそも入社動機もずいぶんいい加減でした。大学の放送局でラジオドラマを作ったりしていたんですが、学生運動の周辺にいたので普通の企業への就職は難しい。アナウンサー試験なら通りやすいぞと聞いて、先輩がいる会社に入ったという経緯なので」
 それが入社まもなく、ドキュメンタリーの「職人」というべき優れた作り手たちが社内にいることを知り、彼らの作品と出会ってゆく。徳山ダム、四日市公害、名張ぶどう酒事件……。時間と手間をかけて丹念に追う仕事に引き込まれ、「こんな豊かな世界があるのか。こんな表現ができるのか」と目を見張った。アナウンサーの仕事には7年で見切りを付け、記者に転じた30代からドキュメンタリスト人生が始まる。90年代はディレクターとして、2000年代以降はプロデューサーとして数々の話題作・問題作を世に問い、称賛と議論を巻き起こした。
 「社内の騒動もいろいろありましたが、いちばん大きく揺れたのは光市母子殺害事件の弁護団を取り上げた『光と影』(2008年)ですね。あの時は経営トップに面と向かって罵倒されましたから」
 自分が浴びた罵倒の言葉を阿武野は著書に書きつけている。「お前はキチガイだ。絶対に放送させない」「会社を危機に陥れるつもりか」……。トップにここまで言われながら放送にこぎ着けた舞台裏には、当時の報道局長と編成局長の支えがあったという。そして、番組は日本民間放送連盟賞最優秀賞など3つの賞を受けた。一連の経緯から阿武野は、組織の「内部的自由」の重要性を説き、経営がジャーナリズムに介入しない取り決めが、今こそ必要だと言う。
 「ドキュメンタリーの経験があり、その力を知る人間、そしてスタッフを信頼できる人間が、組織の要所要所にいることが大事なんです。そういう人間がいたから、『さよならテレビ』も放送できた。だけど人が変われば組織はすぐに変質し、経営の論理に飲み込まれてしまう。そうなればジャーナリズムや表現の自由は守れません」
 先述した『光と影』や『平成ジレンマ』の齊藤潤一ディレクターは、阿武野とともに東海テレビのドキュメンタリーを牽引してきた同局を代表する記者であり、ドキュメンタリストだ。冤罪事件や犯罪被害者、それに裁判官や弁護士に密着した「司法シリーズ」を何本も制作し、現在は名古屋闇サイト殺人事件を取り上げた『おかえり ただいま』』が劇場公開されている。
 その齊藤が『さよならテレビ』では報道部長として登場する。視聴率の不振に悩み、サブロク協定で局長と現場の板挟みになるサラリーマン管理職として描かれる。阿武野や圡方も当然、齊藤の取材者としての手腕や実績は十分理解し、敬意を持っている。だが、自分たちの職場にカメラを向け、組織の「居心地の悪さ」を描くと、そのような姿に映ってしまう。現場に立つ記者の顔とは異なる、組織人の一面が切り取られてしまう。
 人間や事実とはそれだけ多面的なものであり、ドキュメンタリーとは取材で積み重ねた事実をある視点や角度から切り取って再構成することなのだと、この作品はあらためて教えてくれる。そして、その視点や角度にこそ、作り手の取材姿勢や伝えたいことが現れるのだと。
   
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 阿武野にドキュメンタリー論を聞く中で「賞に絡め取られる」という言葉があった。時間と金がかかるわりに視聴率に貢献しないドキュメンタリーは、賞という名誉を会社にもたらすことで、なんとか存続できている現実が、どこのテレビ局にもある。「そうすると賞を取ることが不文律となり、いつしか賞のためにドキュメンタリーを撮るようになる。そんなつまらないことはない」という。
 では、東海テレビは何のために作っているのか。阿武野の答えは明快だった。「自分たちの伝えたいメッセージを、広く社会に見てもらうためでしょう」。
(つづく、次回更新は7月下旬)