苦手から始める作文教室

第7回 作文を支えるメモの秘密

作文を書くために、自由にメモを取る。続けていくと、どうやら「覚えておくため」以上の効能がありそう。津村さんの仕事を支えるメモの秘密を紹介。

 第5回でわたしは、「繰り返し頭に浮かぶことがあればいいですが、それすらもなければ? それはもう昨日のこと、おとといのこと、さきおとといのことを思い出すしかないです。それで何か心に残ったことを見つけます」と書いていますが、この「思い出す」がけっこう難しく、できたりできなかったりすることは知っています。

 そしてわたしはかなり忘れっぽいほうです。スーパーで買いたいものが四つあったら最後の一つはだいたい思い出せないですし、冷蔵庫に食材が残っていてもそれを忘れて「今日は食べられるものがない……」とよく思っています。好きなことでもしょっちゅう忘れます。HDDレコーダーの残量がわずかなので、どうしても観たい、録画したい番組のためにこれまで録画した番組を消さなければいけない、という事情があっても、その場でどれを消すか決められないとすぐに消さなければいけないことを忘れます。そして録画に失敗し、いつも「残量0:00」という表示の前で頭を抱えています。

 どうしたらよいのでしょうか? メモを取るしかありません。

 脳みその動きについてはまったくくわしくないですが、わたしは「思い出すこと」と「覚えていること」をなかなか同時にできないのだと思います。承久の乱が1221年にあったことはどこかで読んだとして、そのことを脳みその中にしまっていた(知っていた)としても、承久の乱は何年に起こりましたか? ときかれて、それをすぐに脳みその中から探し出せる(思い出せる)わけではなかったりするのと似たような感じです。すぐに作文に書きたいことを思い出せる人はいいのですが、わたしはなかなか思い出せないので、記憶することには記憶することに関する専門の行動をとります。つまりメモを取ります。

 わたしはメモをとてもよく取ります。生活においても仕事においても、メモを取ることは自分にとって生命線と言っていいぐらい大事なことです。「メモを取るな」と言われたら、わたしの文章を書く仕事の質は、冗談ではなく10%以下まで落ちるように思います。生活もとても不自由になるでしょう。「今日はタコライスを食べる」とか「玉子と牛乳を買う」といったこと以外にも、わたしはとにかく何か思いついたらどんなくだらないことでもメモを取ります。というかくだらないことほど気を付けてメモを取ります。くだらないことは、よほどパンチのあることでない限りは忘れてしまう可能性が高いからです。そしてわたしは、今までの文章をお読みいただいていたら察していただけるように、くだらない、とるにたらない思いつきから文章を書くことを仕事にしています。

 内容のくだらなさはともかくとして、メモを取ることは悪くない習慣だとわたしは思っています。メモは作文以上に何を書いても良いです。わたしはぐちばっかり書いています。悪口もとても多いです。ただ、読み返すと、ここまで言わなくても、と呆れたりとか、過去の自分に共感してもらったような気分になったりもして、他人に言わずに済んだりもします。あまり書きすぎると悪口の側に説得されて、その時点ではすでに悪い感情のない物事にも悪い感情を持ってしまうことがあるので、ときどき読み返してあまりにも言いがかりっぽいものは消します。何にしろ、昨日の自分が共感してくれるからという理由で悪口を、特に個人に関するものを他人に言わずにすむのはいいことだと思います。誰かに自分の不満を聴いて欲しいあまり、SNSなどでほのめかして書くことも、トラブルの元ですよね。

 なんだか「悪口はメモに書け」みたいな話になっているので、わたしが悪口以外のことをどのようにメモに取っているのか、試しに今年の始め頃に書いていたことを書き写してみます。

・好きなテレビ番組に出てきたゲームセンター兼ドライブインには、すごくたくさん自動販売機があって、そのどれもにいろいろな報告の貼り紙が貼ってあるのがおもしろい。「この自動販売機は壊れていましたが、***さんが修理してくださいました」「お湯が出ませんのでポットをお使いください」など。
・あるドラマで、尾行に失敗した巡査部長が、これからけっこう怒られるのではないかとかわいそうに思う。熱意にあふれる巡査部長だったので、この人でスピンオフ(※)を作ってほしい。
・ある選手がオフの期間に毎日のようにその日に見たきれいな景色の画像をインスタグラムに投稿している。
・聴いているアルバムの感想。何曲目と何曲目と何曲目がいいという話。
・よく見ているプロモーションビデオの感想。

 3番目のはどこかで見かけましたよね? 第5回の、わたしが最近エッセイという名の作文の仕事で書いた内容です。日々メモに取っていることは一応、実際にエッセイという名の作文の仕事に生かされているわけです。

 

※スピンオフ:ある物語の本筋とは違う外伝。脇役が主人公になったり、本筋ではあまり語られなかった出来事が掘り下げられたりする話。

 

関連書籍