地方メディアの逆襲

第3回 「テレビの闇」はどこにある

東海テレビ放送「さよならテレビ」編

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 自社の内幕を描いたドキュメンタリー『さよならテレビ』で、テレビを問い直した東海テレビ放送に迫ります。

取材される側が託したもの
 「テレビの闇って、もっと深いんじゃないですか」──。
 『さよならテレビ』の終わり近く、ディレクターの圡方宏史に挑発的な問いを投げかけるのが主要登場人物の一人、ベテラン契約記者の澤村慎太郎(53)である。彼とは以前に面識があった。5年ほど前、作品にも出てくるようなジャーナリズムをテーマとする集会で出会ったのだが、あらためて聞いてみた。普段は取材する側の人間が密着取材の対象になって何を感じたか。
 「自分は立場上、テレビや報道部を客観的に見ているし、メディアやジャーナリズムへの関心は強いので、狂言回しの役割ができるかなと思ったんですよね。ただ毎朝マイクを付けられ、カメラで動きを追われると、『今日もやるのか。もういいだろ』と反発を覚えることもありました。取材を暴力的に感じるというかね」
 澤村は大学卒業後の1991年、東海地方の「中部経済新聞」に入社するも7年で退社。雑誌のフリーライターなどを経て2004年、「みんなの滋賀新聞」の創刊準備に加わる。地元企業が出資し、滋賀の県紙を目指して翌05年に創刊したが、取材網や販売体制が整わず、わずか5カ月弱で廃刊。約50人いた社員は解雇された。労働組合委員長だった澤村は最後まで会社との交渉や残務処理に当たったという。名古屋に戻ると専門学校講師やライターの仕事をしながら、東海ラジオで非常勤のニュースデスクに。その縁で系列の東海テレビに誘われ、12年から契約記者となった。
 いくつかの地方メディアを渡り歩いて考えてきたのは、「地域に根差してじっくり取材し、少しでも社会をよくする記事を書きたい」ということだ。最も充実していたのは滋賀時代、担当した市で街ダネを探して自転車で走り回った数カ月間だったと振り返る。ドキュメンタリーに描かれる「権力監視を旨とする正義感の強い記者」とは、少し印象が異なっている。

澤村記者

 「今の政治に怒り、権力監視だなんだと語っているのも確かに自分の一面ではあるんですが、ちょっと誇張されているかな。あそこに出てくる報道部の人たちもそうで、みんながあの印象のままじゃない。現実はもっと複雑で多様なものですよね」
 ドキュメンタリーとはどこまで現実なのか。テレビ的に「成立」させるために現実を都合よく切り取っているだけじゃないか。作中で澤村はそんな疑問を口にする。圡方の意図は理解し、テレビ局という組織への違和感にも共感するが、それを表現するテレビ的手法には、いまだに慣れないところがある。
 もう一人、撮影当時を知る記者に会った。2010年から18年まで東海テレビに在籍し、現在は大阪の毎日放送へ移っている柳瀬良太記者(33)。大学時代に『光と影』を見て感銘を受けたという彼は、「ドキュメンタリーの東海テレビ」が確立した後に入社した世代だ。そして、「テレビ離れ」や「マスコミ不信」が盛んに言われる時代、社会やネット上の厳しい目を実感している。
 「デスクの人たちは撮られることに反発していましたけど、僕ら世代の現場の記者は取材拒否することはなかったですね。作品には使われていませんが、僕自身も取材を受けました。
 自分たちも普段やっていることだからというのもありますが、テレビの内情をもっとオープンに見せていった方がいいと思うんです。記者が日々何を考えて仕事をし、何に悩み苦しみ、どうニュースに向き合っているか。伝わっていないことがテレビ不信の一因になっているし、記者志望者の減少にもつながっていると思う。僕ら現場レベルでは、別に隠すようなこともありませんしね」
 同じ報道部の中でも、社内にいるか現場に近いか──それは概ね40代以上と30代以下の世代差になる──によって、受け止め方が異なるという指摘だ。
 取材過程を知る柳瀬は、完成した『さよならテレビ』をどう見たか。聞けばやはり、実像とのずれを感じる部分もあるという。報道部員はそこまで視聴率を気にしていないし、派遣の新人記者を冷たく放置していたわけでもない。柳瀬自身、彼によく助言したり、悩みを聞いたりしていた、と。
 だが、テレビの矛盾や違和感をあえて強調した圡方の狙いも理解できる。作品の感想も社内で世代差があり、若い世代ほど「よくこんなふうに描いてくれた」と好意的だったという。
 「圡方さんとは愛知県警を一緒に担当したこともありますが、彼のすごさは、報道記者的ではない見方ができるところ。僕らがテレビや報道の常識として片付けてしまうことにも目を止め、『それはなぜ?』『どういうこと?』と疑問や関心を持つ。一般の視聴者に近い感覚を持っているんでしょうね」