武田砂鉄

第5回 叡山電車・一乗寺駅のホームで待ち構える

前回の吾妻線から今回は京都叡山電車へ! どこにでも「本友」「本好き」はいるのだ。ヴァーチャルではなくリアルに──。究極の偶然にまかせた読書調査、第5回。

「GO」と「ゲットだぜ!」の能動性

「ポケモンGO」について一通りの評価が出揃った後、それがナンパ術やセックス方面に飛躍していくに違いない、と言ってみたところで大した予測ではない。それどころか、いくらか検索してみれば、既に、キャッチのお兄さんたちは、店内にモンスターがいることをしきりに連呼しているようである。最寄り駅の近くにある熟女キャバクラのお兄さんは、徹頭徹尾「ねえ!お兄さん!熟女!」のみでこちらを誘い出すこと数年なのだが、これほどのブームとなれば、いよいよ掛け声に盛り込むこともあり得るのではないか。しかし、ポケモンGO層と熟女キャバクラ層が合致するとも思えず、その辺りの判断が難しい。

「GO」という能動性も去ることながら、そもそも「Pocket Monster」が男性の陰茎を表す隠語であることを考えると、しばらくはフリー素材のように「ポケモンGO」が下世話に乱用されることが想定される。街へ出ることでゲットできるというゲームの特性上、「あそこら辺にいますよ」といった会話の自然発生が起きる。これもまた、キャッチのお兄さんと同様に、ナンパ術としても頻繁に活用されていく。「ゲットだぜ!」という、行為そのものを言い表すフレーズは、即物的な人間関係の構築に似つかわしい。

あちこちから「傾向」を抽出して、とにかく急いでひとつのカテゴリを粗造するマーケティング方面の物書きは、そろそろ「ポケモンGO(合)コン」といった企画記事や、『ポケモン婚』の新書執筆に取りかかっているかもしれない。確かに、これほど、人の行動体系を一瞬にして激変させるアイテムが提供されたのは久しぶりなのだから、これを単なる流行りでは終わらせずに、とにかく強引に、あれこれ波及させようと試みるはずである。

恵文社一乗寺店に行くと分かる人たち

ライブ会場までまだ距離があるのに、明らかにそのライブへ行くとわかる格好をしている人に会うとなんだか嬉しい。街中で明らかなる同質性を持つ人と会うと、否応無しに感情が高ぶる。「ポケモンGO」にはそういう同質性を瞬間的に作り上げる凄みがあるわけだが、さて、今、自分が座っているのは叡山電車・一乗寺駅のホームであり、この駅もまた「同質性」が生じやすい。ここから歩いて数分のところにある恵文社一乗寺店は、セレクトの行き届いた書店として知られ、それこそ「ポケモン婚」的なカテゴリ作成に励んできた人たちが、そのいくらか前になかなかいい加減に取り扱ったはずの「文化系女子」がこぞってやってくる場所なのである。

京都駅から一乗寺駅へは、JR奈良線で東福寺、京阪本線で出町柳、そして叡山電車で一乗寺へと、細かく何度も乗り継がなければならない。好きな書店なので、京都へ来る度に訪問しているが、一乗寺駅で列車を降りると「あっ、この人、恵文社に行くな」と思った人が必ずお店に吸い込まれていく様を確認しては、ほくそ笑んでいる。悪趣味とも思うが、さほど乗降者の多くない駅だからこそ、「あの本屋へ行く」という目的が露呈している様が嬉しい。そういう駅を他に知らない。

皆々が「ポケモンGO」をいじるだけでその同質性を確認し合える環境に嬉々としているらしいと知れば、こちらは「本好き」という同質性を確認し合いたいという欲求が生まれ、一乗寺駅のホームならばそのことを確認できるのではないかと、フランス・パリのシェイクスピア・アンド・カンパニー書店で買ったトートバッグを膝に置くというあざとさを発揮しつつ、ベンチで本を読むこちらを覗いてもらおうと、小一時間佇んでみた。20分ほどすると、恵文社帰りと思しき「文化系カップル」が、ほほう、貴君は何をお読みなのかな、と静かに覗いてくる。

読書は「GO」や「ゲット」に急がない

自分が恵文社で購入したのは杉村昌昭・境毅・村澤真保呂・編『既成概念をぶち壊せ!』(晃洋書房)。この本は「現代の社会生活において重要な役割を果たしていると思われる言葉」を100語選び、その言葉が定める「既成概念」を思いっきり壊すことで「社会生活や個人生活に決定的影響を及ぼすさまざまな『制度的概念』を再定義する」という、言ってみれば社会の根っこを捕獲して加圧したり炙ったりする、ラディカルな「ポケモンGO」的取り組みなのである。100の言葉を捕まえることで、個人の自由を収奪する「概念」が、いかに頑迷なものであるかを明らかにする。

1見開き程度でコンスタントに進んでいく「既成概念」のサンプルを目次の一部分から掲載順に抜き取るならば、「大学」「団地」「デモ活動」「独身」「ドラッグ」「同性愛」……といった具合(掲載順はヘボン式に準じる)。有名無名入り交じる著者勢が、いくつもの概念を有機的に解体していく様が痛快。ポジショントークを確かめ合うだけのアレコレとは異なり、社会を突き刺そうと試みる実直な論考が連なっている刺激的な本だ。

何本も電車を見送り、ベンチに座ったまま熟読する。チラチラ覗いてくれるのが嬉しい。こちらもあちらの釣果をチラ見する。本は大抵カバーがかかっていて分からない。こちらが確認できたのは「Casa BRUTUS」特別編集の『最新版 建築家ル・コルビュジエの教科書。』くらいのもの。こちらの本と呼応するわけでもないが、本屋帰りという同質性を確認できる心地良さはあって、それがすぐに「GO」や「ゲット」へと急がないところが、読書の醍醐味だよね……なんて思ったのだが、その見解をおおっぴらにしたところで、大した賛同は得られない世の中だよねとひっそり自覚するのでした。

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