弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

コロナ禍がもたらしたかすかな光

病院で治療が見込めない子供たちには緩和ケアが必要となります。それよって家族の気持ちには変化がある可能性があります。この間、子どもの緩和ケアはどう変化したのか。現場を知る医師に話を聞きました。

話し合いによって決まるケアの方向性 
 コロナ禍の只中にあっても、病院での治療によって回復する子供がいる一方で、助からずに命を落としてしまう子も少なからずいる。難病の子供が多く集まっている国立成育医療研究センターもまた同じだ。
 同センターで、命の危険に瀕する子供たちへの緩和ケアを担当しているのが、緩和ケア科診療部長の余谷暢之だ。余谷は小児科医で、神戸大学付属病院で成人の緩和ケア診療に携わった後に、二〇一七年に同病院に赴任し、センター内の緩和ケアの体制を整えた。
 余谷は言う。
 「うちの病院では小児がんだけでなく、心臓や神経、染色体異常などの病気で大変残念ながら命を落としてしまう子供たちが年間に五十名ほどいます。我々の緩和ケアは、子供と家族の苦痛の緩和と療養生活の質の向上を目指し、医師、看護師、薬剤師、栄養士、心理士、チャイルドライフスペシャリストなど複数からなる緩和ケアチームで患者さん一人ひとりのケアを行っていることです。子供は大人と違い遊びや学びも大切で、チームで取り組んでいく必要があるのです」
 たとえば、多くの小児がんの子供は亡くなる少し前まで意識があるが、どの段階で緩和ケアに切り替えるかなど治療方針を自分一人で決めることが難しい。親にしてみても、どんな状況であっても子供の完治を願い、一日でも長く生きてほしいと願うのは当然だ。しかし助かる見込みがないのに、無理な延命治療をすることは、必ずしも患者や家族のためになるわけではなく、子供の死後に、家族が悲嘆に暮れたり、こうすればよかったとの思いに打ちひしがれることも起こりうる。
 だからこそ、緩和ケアチームがそれぞれの視点で子供本人の意思や様子をくみ取り、事前に家族と十分に話し合いを重ねた上で、どのような最期の時間を過ごすのかを一緒に考えていくことが大切なのだ。
 無理な治療を止める代わりに残された時間を家族で楽しくすごした方がいいのか、きょうだいと一緒にいられるような環境をつくった方がいいのか、患者本人が願っていることを叶えた方がいいのか。そうした話し合いをくり返し行うことで、その子らしい最期の時間の過ごし方を考え、それが亡くなった後の家族のあり方をより良いものにしていく。小児の緩和ケアとは、患者だけでなく、家族丸ごと支えていく取り組みに他ならない。
 しかし、新型コロナは、こうした家族の決定にまで影響を与えた。
 センターで行われた面会制限等の感染防止対策は、残された時間の限られた子供に対しても例外ではなかった。明日とも知れない命であっても、面会できるのは家族一名のみ、一日につき四時間が原則。祖父母やきょうだいの立ち入りは禁じられた。親が危篤のわが子の手を握っていてあげたいと願っても、それが叶わない状況になったのだ。
 余谷は言う。
「本来は、こうした状況だからこそ、医療者はご家族と話し合いの場をいつも以上に多くとる必要があります。大切なのは、ご両親がその子のことを考え納得して自分自身で意思決定を下したかどうかなんです。その過程ではいろんな気持ちのゆらぎもある。だからこそ、何度も顔を合わせて話し合いをすることで意思決定をしなければならないのです。それなのに、それができないというのは、家族にとっても、医療者にとっても、非常にもどかしい状況でした」
 一例として挙げられるのが、生まれたばかりの新生児に対して緩和ケアをしなければならないケースだ。たとえば、生まれてきた赤ん坊に大きな疾患があり、治療をしたところで、何カ月も生きられる見込みがないとする。赤ん坊は産後すぐにNICU(新生児集中治療室)へ送られており、父親もきょうだいもまだ対面さえできていない。
 こういう状況下では、緩和ケアチームはまずご両親が赤ん坊と過ごす時間を十分にとってもらうことを大切にする。子供と一緒に時間を過ごすことで新しく生まれてきたわが子が家族の一員であるという実感につながる。そのうえで、今の病状を共有し、これからの見通しを説明し、家族として何を望むのか、赤ん坊の治療をどこまでするのかということを話し合って決めていく。家族はすぐには結論を出せないため、何度も顔を合わせて家族会議をし、同時に医師や看護師の意見も聞く。そうしたつみ重ねの中で、その家族にとってベストだと思う決定を下していくのだ。
 しかしながら、コロナ禍ではそうした時間を十分に取ることが難しい。面会制限があるので、NICUの赤ん坊と夫婦で一緒に対面することができない、夫婦が顔を合わせて医師の説明を聞くことができない、妻が入院中の場合は、夫と直接会って話すことさえままならない……。病院はオンラインを通して、できるだけ話し合いの場を設けたり、質問に答えたりしようとするが、現実的にはハードルは高い。
 余谷は言う。
「どのように最期を迎えるかというのは、こうという決まった答えがあるわけじゃないんです。家族もいろんなふうに揺らぎますし、頭で考えることと病気の子供を前にして抱く思いはまるでちがいます。そういう意味では、オンライン面会や、SNSの短い文章での話し合いでは、十分だとは言えません。
 医療者同士の間にも制約を感じることが多々あります。緩和ケアチームみんなで回診して話し合う機会が減ったり、主治医チームと緩和ケアチームが対面で話し合って方針を一致させる機会が減ったりしています。これらもオンラインでカバーしているのですが、直接会って話した方がいいと感じることはありますね」

オンラインによる新たな可能性
 とはいえ、コロナ禍が生んだのは、マイナス面だけではなかったという。
 その一つが、オンライン会議の普及だ。センターではコロナ前から全国の医師に向けての緩和ケアレクチャーを行っていた。以前の参加数は五十人程度だったが、コロナ禍を受けてオンラインに切り替えたことで、参加者数は四百~八百人にまで増えたのだ。これが緩和ケアの普及に貢献することは明らかだ。
 同じことは、小児がんセンター長の松本公一も語っていた。それまでは途上国の病院へ出張して現地の医師に対して医療支援としてのコンサルテーションをしたり、他の病院の医師とのカンファレンスを行ったりすることには限界があったが、オンラインの普及にともなって格段にその機会も参加者数も増えたという。
 現在、WHO(世界保健機構)は、二〇三〇年までに世界中の小児がんの子供たちの生存率を六十パーセントにまで上げようとしている。オンラインの普及が、世界の医療レベルの底上げにつながるのはまちがいない。
 もう一つ、小児の緩和ケアにおける変化として挙げられるのが、在宅での看取りの増加だ。これまでは病院で治療を受けて亡くなるのが一般的だったが、コロナ禍によって面会が大幅に制限されるなどの問題が生じたことから、家族が在宅での看取りを望み、病院側もそれを受け入れる傾向になったという。
 これについては次回詳しく述べたい。
(8月31日次回更新予定)