弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

子どもの看取りの現場から

コロナによって在宅での看取りが増加しているそうです。大人だけでなく病気の子供も在宅で看取ることがあります。なかなか光があてられない子供の看取りについて、全国的に珍しい子供の緩和ケアを行っている医師に話を聞きました。

 在宅での看取りが増えている
 小児医療においてコロナ禍は、様々な過酷な状況を患者や医療関係者に与えた。
 ただ、それはかならずしもマイナス面だけではなかった。前回述べたように、レクチャーやカンファレンスがオンライン化によって広がり、世界の医療レベルの底上げにつながりつつある。
 もう一つ特筆したいのが、在宅での看取りの増加だ。小児医療の中では、在宅での看取りは決して多かったわけではない。それがコロナ禍によって増加しつつあるという。
 そもそも、小児医療における自宅での看取りは、家族が望んだらすぐにできるというものではない。重症の子供の死に際の苦痛を取り除くためには、それなりに医療処置を施す必要があり、自宅では難しいケースも少なくない。一例を挙げれば、輸血が必要な場合は、自宅で家族が介護しているだけではできないのだ。
 それを可能にするのが、医師が自宅に出向いて治療を行う訪問診療だ。国立成育医療研究センターの患者の間で在宅の看取りが増えているのは、都内を中心に小児の訪問診療の環境が整っているためだ。それを担っているのが、あおぞら診療所である。
 あおぞら診療所は、全国的にも珍しい小児の緩和ケアまで行っている病院だ。
 創設者である小児科医の前田浩利が訪問診療の重要性に気づいたのは、一九九〇年代の後半、医師になって十年くらいが経った時だった。
 当時、前田は母校の東京医科歯科大学病院を経て、茨城にある病院で小児科として小児がんの子供の診療などを行っていた。当時の医師の役割は、病気を根治することであり、医療業界には治療をあきらめて看取りを優先することは許されないような空気があった。そのため、子供は最後の最後まで管につながれ、あらゆる方法で延命されるのが普通だった。
 そんなある日、前田は病院で十七歳の白血病の少年と出会うことになる。前田は懸命に治療を施したが、病状は改善せず助かる見込みは少なくなった。少年は我慢してつらい治療を受けても良くならないことで心が荒み、看護師など周りの人たちに当たり散らすことが増えた。
 前田はあまりに不憫に思い、こう言った。
「もし君が嫌だったら、がんばりすぎなくてもいいんだよ。君の好きなようにしてみればいい」
 すると、少年は明るい表情になって言った。
「僕、家に帰っていいかな。家で家族と過ごしたい」
 前田は耳を疑ったが、少年が望むなら、と上司である部長に頭を下げて頼んだ。自分が責任を取るから退院を許してください、と。
 家に帰り、少年は希望通り家族とともにすごすことになった。前田は部長との約束もあり、病院での勤務が終わった後、少年の家に泊まり込んで緩和ケアを行った。ベッドの横に寄り添っていろんな話をし、朝になれば眠い目をこすって病院へ出勤する。
 前田の目には、家族のもとに帰ったことで、少年が何かから解き放たれたように表情が明るくなったと映った。素直に思ったことをしゃべり、楽しげに笑い、時には冗談を言う。病院に閉じ込められた患者ではなく、十七歳の一人の少年にもどったと感じた。毎晩、前田はその少年と語り合い、家族と過ごす光景を目にし、医療や人生に対する正直な意見を聞いた。
 やがて少年は亡くなったが、前田はここでも想像していなかった光景に出くわす。家族が、息子の遺体を前にして、望むことを叶えてあげられたと満足げに語っていたのだ。在宅での看取りの中で、やれることはすべてできたという悔いのない別れが実現できたのだろう。
 前田は語る。
 「あの少年との出会いがあって、在宅で最期を迎えることの大きさを感じたんです。家族に囲まれ、一人の子供として安心して過ごし、親やきょうだいが傍で見守ってあげる。それができた時に、死というものがまったく違うものになるんだと感じた。今までそれができなかったのは、やろうとする医者がいなかったからです。だからこそ、僕自身がやろうと思い立ったのです」
 前田は仲間とともにあおぞら診療所を設立する。その後は、日本で初の小児に特化した在宅診療を行うあおぞら診療所墨田をつくるなどして、当初の目的だった小児の分野に力を入れていった。
 現在、全国の中でも東京や千葉で小児の在宅医療や看取りが進んでいるのは、このネットワークがあることが大きい。病院にしてみれば、あおぞら診療所に任せられるから、家族の望みを受け入れて退院させ、在宅医療に切り替えることができる。逆に言えば、国内でもあおぞら診療所のようなところがない地域では、まだまだ在宅での看取りは難しいというのが現実だ。

コロナ禍での子供の看取り
 では、コロナ禍において、本当に小児の在宅での看取りは増えているのだろうか。前田は言う。
「小児も高齢者も、在宅の看取りは確実に増えていると思います。統計がないので正確なことはわかりませんが、感覚的にはコロナ禍の前より二割くらいは増えていると思います。理由は、病院では家族や患者さんが満足できるような環境を整えることが難しくなったからでしょうね。それでうちのニーズが上がっているのだと思います」
 家庭環境によっては、かならずしも在宅がいいというわけではない。家族に受け入れるだけの余裕がなければ、逆に患者にも家族にも重荷になるということがありえるからだ。
 それでも在宅での看取りは、患者のQOL(生活・人生の質)を上げるために有効的だとされてきたし、小児医療の先進国と呼ばれるイギリスでは早くから取り組まれてきたのは事実だ。
 前田はつづける。
「日本でも小児医療にかかわる人たちの間には、在宅に切り替えた方が患者にとっても家族にとってもいい時間を過ごせるケースがあるという思いがありました。ただ、小児医療界の空気やシステムが邪魔をして、なかなか言い出せなかったり、実行に移せなかったのです。
 今回のコロナ禍は、そういう状況に風穴を開けてくれたと考えることができると思います。病院が従来のようなサービスを提供できなくなったことから、医療者も家族も『それなら在宅に』と言い出せる空気ができた。
 おそらくこれからは今まで以上に在宅診療の需要が高まるでしょうし、若い医療者が取り組んでいくことになると思置います」
 世の中の空気が変わったからといって、在宅の看取りが簡単に増えるわけではない。
 小児の看取りは、家族を丸ごと支えなければならない上に、家庭によっては患者が亡くなった後も、両親と手紙のやり取りをしたり、メンタルケアをしたりしなければならないこともある。それは医師や看護師にとって大きな負担になることはまちがいない。
 また、大都市以外では、難病の子供の人数が少ないため、それだけに特化した医療サービスだけでは利益が出ないという現実もある。そうなれば、高齢者の在宅医療など他のサービスを交えながらやらなければならないだろう。
 それでも医療全体が患者や家族の人生の充実に重きを置いて進化していこうとしている今、コロナ禍による意識の変化は非常に大きなものだ。
 こう考えてみると、新型コロナによる社会変化を、いい形で未来につなげられるかどうかは、私たちの受け止め方にかかっていると言えるかもしれない。
 これからの十年、私たちはどんな社会をつくっていくべきなのか。そのためには、コロナ禍をいかに受け止め、何をしなければならないのか。
 私たち一人ひとりの課題だといえるだろう。