苦手から始める作文教室

第8回 続・作文を支えるメモの秘密 SNSよりメモを取る

前回は作文のために取るメモが生み出す思いがけない効能が紹介されました。今回は前回に続いて、さらにもっと深く働きかけてくるメモの力が描かれます。

 第7回でわたしは「メモを取りましょう(どんなくだらないことでも)」という話をしました。メモを取ることは作文にとても役に立ちます。「でも、授業でいきなり作文を書けって言われてメモを取り出せないこともあるよね」という反論もあるかもしれませんが、〈メモを取るという動作〉を一度やっていることによって、自分が何を書いたかを思い出せるということもときどきあります。「あの時書いたメモの内容はよく思い出せないのだが、食べていたお菓子のことは思い出せる」というような糸口から、自分が何をメモしたかがよみがえってくるということもあります。記憶はだいたい連結しているものです。なので、「すぐ取り出せないんなら意味がないだろう」「どうせ思い出せなくなるんなら意味がないだろう」と言わず、メモをとってみてください。

 メモは本当にどんな形でもかまいません。メモ帳を一冊買ってきてそこに何でも書くようにしてもいいですし、学校のプリントの裏にばらばらに書いて後でクリップでまとめてもいいです。手や腕に書いたものを写真にとって携帯におさめてもいいですし、録音したり動画を撮ったりしてもいいでしょう。

 それらをSNSなどを通じて人に見せるのも良いですが、わたしは「絶対に人に見せない」ことをおすすめします。なぜならそのほうがめちゃくちゃ書くからです。めちゃくちゃと言ってしまうと感じが悪いのであれば、「自由に書くから」と言い換えてもかまいません。とにかく人の目を気にせず、思ったことをどんどん書きます。

 わたしは、携帯の中に「MEMO」という名前のファイルを作って、そこに何でも書いています。アプリに関しては、わたしは「テキストエディター」というものを使っていますが、字が書けるアプリなら何でもいいです。メールアプリの下書きにメモを溜めるという人もいます。

 この2年ぐらいは、メモの前に〈今日〉〈今〉と入力して日付と時刻を記すようにしています。内容については前回にも記したような感じなのですが、最近熱心に書いていたことをさらに記すと、

1)観ているドラマの実況・感想
2)Tシャツは座って床でたたむより洗濯機の上でたたむほうが楽だということ
3)正方形のアクリルタワシの作り目の数と編む段数
4)ある曲のイントロが良すぎて寒気がして怖くなったのだが、聴き通してみるとそこまで良いということはなくて安心したということ

 と、自分は駄目な人間だということです(いつも書いていることです)。4)は特に意味不明の感情ですよね。わたしもなぜこんなことを考えたのかわかりません。わからないので記しておいて、ときどき考えるようにします。

 とにかく、書くことは選ばないことをおすすめします。「これは書く価値があることなのか?」という気持ちはいったん捨てていただき、思いついたこと、思い出したことは、ドラマやアニメやCMの感想でも、友達の言っていたことでも、生活のお役立ち情報でも、何でも書いてみます。その上で、これは残す価値はないと思ったものや、あまりにもひどい内容で、自分でも読み返してつらいと思ったようなものや、単に古くなってしまった内容のものは捨てるなり削除すればよいと思います。

 読み返すことについては、過去の自分が共感してくれたような気がしていいよ、と前回書きましたけれども、おすすめするだけでもちろん読み返さなくても大丈夫です。

 そんな、携帯のメモとか、メモ帳とか、手に書くよりは、もうちょっと改まって、うきうきするような気持ちで始めてみたい、という人は、思い切って高いノートを買ってみて、そこに好きな色のペンで書くということをしてみても良いと思います。わたしも「MEMO」ファイルに何でも書き込む前は、気に入ったノートにいろいろな色の万年筆でたくさんメモを取っていました。そのノートには5年間メモをとっていたのですが、そこに書いていたことから何本も小説を書きました。

 少し改まった形で、手書きでメモを書くと内容も比較的まとまったものになります。寝ころんだ状態で書けたりもする携帯の「MEMO」はとても便利ですが、あまりにも気軽な分、本当によく「自分は駄目だ」とか「なぜあの人はあんなことを言うのか」ということについて書いてあって、読み返していて気が滅入るので、できれば手書きに戻したいとも思っています。

 いろいろなメモを書く場所について書きましたが、本当に書けさえすれば何でもいいです。直接作文につながることがなくても、もちろん大丈夫です。

 少しむずかしい話かもしれませんが、自分の考えたことを書き留める行動は、自分という人間を内側から支えることにつながります。それは、自立という状態にもつながってます。その状態は、いつもいつも誰かにそばにいてもらって話を聞いてもらったり、話を整理してもらったり、話をほめてもらったり、話をほめてもらえないからといって怒ったり悲しんだりすることをせずにいられる状態でもあります。ものすごく乱暴に言うと、お母さんにずっとそばにいて話を聞いてもらったり、誰かを無理やり話を聞いてくれるお母さんに仕立てあげたりしなくていい状態です。この自立という状態は、自由という価値のあるものへとつながっているようにわたしは思います。

 メモをとったらすぐに自立できるのか、というとそんなこともないですし、わたし自身、ときどきは誰かに共感してほしいと思いますけれども、それでも「お母さんのようなもの」を必要とする機会はぐっとへりました。いつも誰かに話を聞いてもらえる人はそれでいいかもしれませんが、今の自分、未来の自分に話を聞いてもらうという役割を持つメモは、自分一人でお手軽にものを覚えていたり考えたりすることの確かな助けになってくれます。

 

(追記)
 これまでの部分を提出した後、担当編集さんから「すべてをフラットにメモをとることはよいのですが、インデックスがついていないと不便じゃないですか?」という疑問が戻ってきました。

 インデックスは、わたしは基本的に利用しておらず、仕事で必要そうなメモのみ「(小ネタ)」「(エッセイ用)」「★(生活上の注意)」などと簡単な見出しをつけて、テキストエディターの検索機能を使ってメモを探すようにしています。手書きでメモを書いていた頃は、重要だと思う内容には、色分けした小さい付箋をノートの端からちょっとだけ出るように貼って、「黄色は生活のお役立ちだな」とか「ピンクは小説のアイデアだな」というようにして参照していました。

 見出しをつけたり、付箋を貼ったりする作業は、メモと同時かその後にやります。ただそのさい、「どういう見出しを付けたらいいか迷う」のでしたら、その迷いはいったん保留にして、まず内容を書いてみてください。メモでいちばん大事なのは内容です。整理は後からでもできます。

 内容ごとにファイルやノートやメモ帳を分けることをおすすめしないのは「どれに書こう?」と思っているうちに内容を忘れてしまうことがあるからです。一度溜めたメモを、あとで違うファイルやフォルダに移したり、違うノートに書き写したりして整理するのはとても良いことだと思います。わたしも、料理の作り方のメモだけは独立したファイルを作ってそこに溜めています。