ちくま新書

気候危機、働きかた、声を上げる消費者……。すべてがビジネスとつながっていくSDGsの時代とは?

『SDGsがひらくビジネス新時代』より、「まえがき」を公開!

「働きがいも 経済成長も」「ジェンダー平等を実現しよう」など17の目標からなるSDGsに取り組む企業が増えてきた。気候危機、働きかた、声を上げる消費者……。SDGsの時代では、すべてがビジネスにつながっていく。ハフポスト日本版 前編集長が「これからの見取り図」を鮮やかに示した『SDGsがひらくビジネス新時代』から、「まえがき」を途中まで公開します!

まえがき――個人的なことは経済的なこと

 人生はジャングルジムに似ている。はしごのように、下から上に登るのではなく、あっちに行ったりこっちに来たり。右に行ったり左に行ったり。てっぺんに到達する道は無限にある。そもそも「てっぺん」に行かなくても十分楽しめる。

 この喩えは、フェイスブック社の最高執行責任者、シェリル・サンドバーグさんから借りた。

 私もジャングルジムのような人生を歩んできた。小さい頃はアメリカの南西部のメキシコとの国境に近い地域で育った。英語とスペイン語が飛び交う空間。アジア系であった自分の顔のつくりが、他の児童と異なっていた。それで毎日泣いていた、と母親からよく聞かされた。

 日本に数年だけ戻り、またアメリカへ行き、今度は東部のコネチカット州で暮らした。母親が突然がんで亡くなったため、急遽、中学生のときに帰国。日本の学校になじめない日々。体調が悪いのか、学校に行きたくないのか分からない。中学や高校はよくサボっていた。

 何という偶然なのか。いま、この文章を書いているときに中学校時代の同級生から、たまたま私のSNSに連絡がきて、「中高時代の竹下君は、教室で寝ている印象しかなかった」と言われた。教室の外にいても、私は東京・吉祥寺で麻雀をしたり、週末の競馬の馬券売り場で、缶ジュースを片手に大人たちを眺めていたりした。

 このままではいけない、と取り付かれたように受験勉強を始める。集中し過ぎてしまい、食卓でもまったく話さなくなる。

 大学卒業後は朝日新聞社の経済記者に。就職氷河期、新聞への不信感の高まりと、インターネットの影響力の拡大。そういう記憶ばかりが残っている。赴任先の佐賀県で結婚し、長男が生まれた2008年に育児休業を取得。4カ月間、仕事をしなかった。その後、今度はアメリカ西海岸のシリコンバレーのスタンフォード大学の客員研究員として1年間、インターネット企業のビジネス開発を学ぶ。2016年4月に朝日新聞社を退社。アメリカ・ニューヨーク生まれのネットメディア「ハフポスト」の編集長になった。

 5年後、ハフポストは同じくアメリカ生まれのネットメディア「バズフィード」に買収された。インターネットビジネスの競争が世界的に激しくなるなか、複数のメディアを一体的に経営して、ビジネスを拡張させるためだ。私は日本での統合交渉も経験した。話し合いはすべてオンライン。会社が、バーチャル空間で姿形を変えていく。

 2021年6月に編集長を退任し、ハフポストを辞めて、新しい経済コンテンツサービス企業「PIVOT」の創業メンバーになった。新しい職場のPIVOTでは3億円の資金調達を実施。私は、執行役員兼SDGs専門のチーフエディターになる。

「ジャングルジム」型の人生 
 同じ会社に長く勤めて、キャリアを一段一段、登っていく「はしご型」の人生とは異なる。「ジャングルジム」型の人生は冒険だ。気を付けていることが一つある。自分個人の「心」を徹底的に大事にするということだ。ハフポストの編集長になったのも、PIVOTというメディアを仲間とつくっているのも、すべては自分の心の声に従った結果である。なぜなら、はしご型人生のように、「上を目指す」という目標がないなか、自分の内なる声が頼れる唯一の指針だからだ。

 「新しい挑戦をしたい」
 「ゼロからメディアをつくって、日本の課題を解決したい」
 
 お風呂に入っている時間、妻と散歩している最中、朝起きて子どもの弁当をつくっているとき。心の中から突然沸き起こってくる感情を何より大切にして生きてきた。

 日本のビジネスパーソンが自己紹介をするとき、「大阪支店長を拝命しまして」と言ったり、「突然、マーケティングを担当しろ、と上から言われまして」と口にしたりする。私はそのような言葉を絶対言わない人生を送ろうと決めてきた。あくまで「自分がやりたいからこの仕事をやっている」と心の中で〝腹落ち〞するまで、働く意義を突きつめて考えてきた。そうしないと、ジャングルジムで方向感を失い、時には転げ落ちてしまうから。 

 私は本書では、SDGsをきっかけに生まれる新しいビジネスの世界について、読者のみなさんと一緒に考えていきたいと思っている。それも真剣に考えたい。どこか「きれいごと」のように思えてしまうこの言葉を、私が人生を歩むときに大事にしているように、心の底から理解するように努め、私にとっても、あなたにとっても、腹落ちするようにしたい。この本も「ジャングルジム」だ。退屈な教科書のように、一つ一つ、順番を追って説明をするようなことはしない。これまでSDGsについて取材してきたことを惜しみなく紹介していく。日本だけではなく、アメリカの話も中国の話も、時にバングラデシュや南アフリカの話もする。過去についても、未来についても語り、私個人の体験談からグローバル金融の潮流、ブラック企業の問題点まで、行ったり来たりする。
 
 SDGsは「持続可能な開発目標」と訳される。2015年に国連で採択された。環境、人権、ジェンダー、貧困、格差など、さまざまな社会課題を17の目標にまとめ、世界各国が解決に努めることを取り決めたものだ。罰則はないが、国連や各国政府のみならず、民間の企業も協力して取り組んでいる。

 これまでこうした問題の解決は、政府、NPOやNGO、公的機関などが担うものだというイメージがあった。ところが、SDGsが策定されて、企業は主要プレーヤーとなった。この本を手に取ってくれた読者の方の周りでも、急にSDGsという言葉を経済メディアで見聞きするようになったり、上司が口にする場面が増えたりしているはずだ。

急速に広がったSDGs、その根底には?
 なぜ、いきなりSDGsが流行しているのか。地球環境が悪化し、このまま気温が上昇してしまうと人類や他の生物が住めなくなったり、異常気象によって命が奪われたりする「危機」が迫っているということもある。しかしながらSDGsは、よくある誤解と異な
り、環境問題だけを扱っているわけではない。ジェンダーや教育の平等も対象だ。まちづくりや健康、福祉の分野も含まれる。

 国連のコフィ・アナン元事務総長がSDGsの前身となるMDGs(ミレニアム開発目標)の導入に尽力したり、金融業界が「ESG(環境・社会・ガバナンス)」に大きくシフトして、環境や社会課題の解決を考慮した企業に投資するようになったりしたことも、SDGs普及の背景として考えられよう。本書でも説明するが、こうした動きは大きい。社会課題や環境問題に考慮することが、企業にとって単なる「慈善活動」ではなく、利益を追うための、ハードなビジネス上の戦略となっているのだ。

 ただ、それだけではしっくり来ない。それが、みなさんの本音ではないだろうか。どうも根本的な説明になっていない。頭では理解できても、腹落ちしない。こういう説明を聞いても、はしごを登らされているようで、「目指しているのは、そこではないんだよな」という気分になるに違いない。

 一方、ジャングルジムが好きな私は、こんなことを考えている。SDGsが急速に広まっていることの根底には、世界中の人たちが、ビジネスや消費など「経済の領域」において、「自分の価値観」をもとに行動するようになっていることがあるのではないか。私がジャングルジム型の人生において自らの心の動きを大事にしていることは前述したが、多くの人が「自分らしさとは何か」「自分が大事にしている価値とは何か」というアイデンティティを大事にし、そうした心の動きをもとに仕事、消費、ビジネスと向き合う、いわば「アイデンティティの経済」と呼ばれるものの大きなうねりが起きている。それは、たとえば次のような言葉に表れている。若い社員が雑談で口にしたり、最近の消費者がSNSに投稿したりしたもので、一度や二度は耳にしたことがあるのではないだろうか。

 「僕」や「わたし」は自由に仕事をしたい。
 自分の価値観と合っている職場を選びたい。
 ジェンダーや環境問題のことを真剣に考えている企業の商品を買いたい。
 社会課題の解決にも関わる会社に投資したい、就職したい。
 住むところは、自然が豊かな場所であってほしいし、自分たちで「まちづくり」のあり
方を決めていきたい ―― 。
 
 これらは、理想論を言っているだけなのだろうか。そんなふうに社会は動いていないよ、現実を直視しろ、とあなたは思うかもしれない。では、少し「現実」を見ていこう。2021年の5月下旬、エネルギー業界に衝撃が走るニュースがあった。アメリカの石油大手エクソンモービルの株主総会で、小さな投資会社が推薦した「環境派」の取締役3人が選ばれたのだ。この投資会社はエンジン・ナンバーワン。持株比率はわずか0・02%だったが、「エクソン社の環境問題の取り組みの遅れが企業価値の低下につながる」として、他の有力株主が賛成にまわった。無名の会社が、巨大な石油会社を揺るがしたのだ。

 日本のメガバンクの株主総会でも、環境問題に関心があるNPOや若者が参加する事例が出てきている。

 「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」は17個あるSDGsの目標のうち7番目にあたる。多くの業界がこれまでのビジネスを大転換させ、脱炭素に向けて舵を切らないといけない時代に突入している。
             (後略)

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