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第3回 われらは傷を修復する――『進撃の巨人』論(2)

アナキスト/フェミニストの高島鈴が、社会現象級の大ヒット作を正座で熟読。マンガと社会を熱く鋭く読み解く、革命のためのポップカルチャー論をお届けします。
最終回となる第3回は、累計発行部数が世界で1億部を超え、今年完結を迎えた諫山創『進撃の巨人』(2009~21年/講談社)。この歴史に残る作品は、いかに歴史を描いたのでしょうか。

※前回はこちら

●地獄を選ぶという自由
 エレンはタイバー家の、もといマーレと世界じゅうからの宣戦布告を聞き届けると、その場で巨人化し、全ての破壊に踏み切った。いわば歴史劇に熱狂していた人びとの前で「パラディ島の悪魔」の実物を演じてみせたわけである。エレンの要請によってこの戦闘に参加させられたパラディ島の面々は、和睦の道をここに喪失した。
 さて、このときエレンは何を考えていたのだろうか【17】。タイバー家の演説の裏側で、もう一つの動きがあった。マーレに潜伏したエレンが、かつて同期の兵士として出会い、不倶戴天の敵として別れたマーレの戦士・ライナーと再会していたのである。ライナーは845年に壁を破壊した「鎧の巨人」であり、エレンにとっては母の仇でもあった。身構えるライナーに、エレンは語りかける。

「海の外も 壁の中も 同じなんだ/だがお前たちは 壁の中にいる奴らは自分達とは違うものだと教えられた/悪魔だと お前ら大陸のエルディア人や世界の人々を脅かす悪魔があの壁の中にいると…/まだ何も知らない子供が… 何も知らない大人からそう叩き込まれた/…一体何ができたよ 子供だったお前が その環境と 歴史を相手に/なぁ…? ライナー お前…ずっと苦しかっただろ?/今のオレには/それがわかると思う…」【18】

 このセリフ、エレンは嘘をついているわけではない。だがライナーを試すためのかまかけである。確かにエレンは、人、特に子どもが「環境と歴史」を前にして無力であると知っている。一方で、エレンは自分の意志で自分の「地獄」を選ぶ人間を自らと同じ土俵に立つ相手として歓迎するために、ライナーの立ち位置を問いただそうとするのだ。
 エレンは負傷兵を治療する病院の庭で、「自分には力がなく、何もできない」と嘆く戦士候補生の少年・ファルコを前に、このように語っていた。

「こんなことになるなんて知っていれば 誰も戦場になんか行かないだろう/でも…皆「何か」に背中を押されて 地獄に足を突っ込むんだ/大抵その「何か」は 自分の意志じゃない 他人や環境に強制されて仕方なくだ/ただし 自分で自分の背中を押した奴の見る地獄は別だ/その地獄の先にある何かを見ている それは希望かもしれないし さらなる地獄かもしれない/それはわからない 進み続けた者にしか…わからない」【19】

 エレンは人を地獄に突き落とすものとして、「環境」「歴史」「他人」による「強制」を想定する。そしてその対極に置かれるのが、自ら進み続ける意志であり、その先にある何かを見ようとする姿勢であり、それこそがエレンの考える「自由」なのだ。ゆえにエレンは、自らの自由を妨げるものを「駆逐」しようとする。「環境」「歴史」「他人」の全てを。

「憎しみによる報復の連鎖を完全に終結させる唯一の方法は 憎しみの歴史を文明ごと この世から葬り去ることだ」【20】

 そしてエレンは、それを決行する力を手に入れている。それこそがフリッツ王の奥の手、壁の中に眠る巨人をいっせいに起こし、すべてを踏み潰させる大虐殺=〈地鳴らし〉であった。

●エレンの「めちゃくちゃ」
 ここで注意を向けておきたいのは、エレンには実質的な未来視の力があるということだ。「九つの巨人」と呼ばれる「巨人になれる人間」は、巨人化した他者に自身を食わせることで能力の引き継ぎが可能であり、このとき過去の継承者の記憶も同時に受け継がれる。しかし「進撃の巨人」は、未来の継承者の記憶まで参照できるのだ。さらに2000年前、最初に巨人化した少女・ユミルを象徴する「始祖の巨人」の能力は、ユミルが従属したフリッツ王家の人間と接触することで、過去・未来への介入すら可能にさせる。
「進撃の巨人」「始祖の巨人」を持って王家の人間と接触したエレンは、過去の記憶、そして未来の記憶を同時に得てしまった。これは実質的に歴史の喪失なのである。
 たとえばエレンは、始祖の力を用いて父親の過去に介入し、父・グリシャを焚き付け、壁の王から「始祖の巨人」の能力を奪わせている。父を通じて自身が巨人化能力を手にするためだった。このとき、子どもを含む6人が死んだ。子どもを殺したくないと告げる父に、エレンは未来からこのように囁く。

「何をしてる 立てよ 父さん/忘れたのか? 何をしに ここに来たのか?/犬に食われた妹に 報いるためだろ?/復権派の仲間に ダイナに クルーガーに/報いるために進み続けるんだ 死んでも 死んだ後も/これは 父さんが始めた 物語だろ」【21】

 エレンはグリシャが助けられなかった死者たちの名前を列挙し、それに報いるには進むしかないのだと叱咤する。確かにグリシャが「地獄」に足を踏み入れた、すなわち「物語を始めた」のは、自らの意志によるものであったかもしれない。だがエレンは過去の死者、現在の死者、未来の死者と繋がる能力で死者の記憶を自在に動員、、し、「父の物語」をより脅迫的に編み上げていった。エレンは人が人生の中ですれちがってきた他者、特にもう二度と会えない他者に意味を与えたいと願って行動を起こすのだと、調査兵団での経験を通じて痛いほど知っている。
 一方でエレンの歴史の喪失は、エレンに巨大な苦悩をもたらした。

「[…]オレは…頭がめちゃくちゃになっちまった… 始祖の力がもたらす影響には過去も未来も無い…同時に存在する だから… 仕方が無かったんだよ…」【22】

 エレンは最終話、アルミンに自分が犯した虐殺=〈地鳴らし〉の意味を告解しながら、そのように語った。人はプラクティカル・パストを参照しつつ未来を紡ぐ。エレンの「進撃」には、それがないのだ。エレンは大量の過去――現在から見た過去、過去から見た過去、未来から見た過去、とにかくあらゆる時空を濁流のように参照し、「めちゃくちゃ」になった。何が自らにとって参照すべき「出来事」で、何がそうではないのか。エレンは何もわからなくなってしまったのである。
「めちゃくちゃ」になったエレンは、さらに次のように語る。

「オレは…/生まれた時から/オレのままだ」「他人から自由を奪われるくらいなら/オレはそいつから自由を奪う/父親がオレをそうしたわけじゃない オレは生まれた時からこうだった…」【23】

 これは確かに説得的な姿勢だろう。あらゆる未来と過去にまみれて「めちゃくちゃ」になったエレンが拠り所にできたのは、エレン自身が固有かつ本質的に持っていると信じる「自由」への渇望だった。

「お前達に止められる結末がわかってなくても オレはこの世のすべてを平らにしてたと思う/森は殆ど消滅して… 数日後には死肉で肥えた虫が大地を埋め尽くす オレは…地表のすべてをまっさらな大地にしたかった…」
「…何で?」
「…何でか わかんねぇけど… やりたかったんだ… どうしても…」【24】

 詳しくは後述するが、〈地鳴らし〉は結果としてパラディ島にいるエレンの大切な人たち(だけ)を守ることとなったし、エレンの意図もそこにあったと説明される。だが根本的に、エレンにとっての〈地鳴らし〉は、「まっさらな大地」を見たい、という抑えられない衝動に裏付けられた選択であったのだ。物語を自在に組み上げて他者を死へ扇動したこと、自分が信じる自分の「本質」に従って大虐殺を起こしてしまったこと。これらの理由は、「めちゃくちゃ」=歴史の喪失に起因している。