ちくまプリマー新書

日本がダメでも自分がよければそれでいい…のか? データが明らかにする若者世代の低い「自己効力感」

『「日本」ってどんな国?』より本文を一部公開

好評発売中の本田由紀『「日本」ってどんな国?』(ちくまプリマー新書)は、「家族」「ジェンダー」「学校」「友人」「経済・仕事」「政治・社会運動」といった日本社会のさまざまな面を世界各国とデータで徹底比較する一冊。「あたりまえ」だと思い込んでいたことが、実は「変」だったことに気付かされます。この国のグダグダな現状に慣れ切ってしまった私たちに「幸せ?」と問いかける第七章より、本文の一部を公開します!

「日本がだめでも自分がOKならいいじゃん」

 さーて、ここまでの各章では、総じて気が滅入る日本社会の現状を、様々なデータで示してきました。これに対して、「そんなの自分には関係ねえ!」と感じる人もいるでしょう。「自分はけっこううまくやっていけてるし、日本とか意識したことないし」とか、「自分がうまくいかないのは自分のせいだし」とか、「他の国と比べてどうとか、そもそも他の国なんて日本語通じないしこわいし行く気もないし」とか。

 実際にたとえば、ロックバンドRADWIMPS のボーカルである野田洋次郎氏は、2020年5月に、あるインタビューで日本政府の新型コロナウイルス感染症対策に触れつつ、次のように語っています(傍線は私が引きました)。

僕自身は国というものを信用しなくなりました。一切。一応この国に住むために税金は納めますが、(意識として)金輪際「国」というものから切り離した個体で生きようと思っています。要請や要望、税金の徴収、向こうからのリクエストはシコタマ飛んできますがこちらからの要望には応えない。まるで自分たちの財布の中身のように扱っていますが、税金はそもそも僕たちが支払ったお金です。それを国民が困窮している時に、国民が安心できるレベルまで補償として使わない道理がわかりません。僕はもう期待もしない。自分と、自分の大切なものは自分で守る。今はそういう気持ちです

RollingStone「野田洋次郎が語る「新世界」の指針と覚悟」(2020年5月15日)

 野田氏はここで、自分を“「国」というものから切り離した個体”として生きる、国には期待せず自分と周囲を自分で守る、と述べています。「国なんて関係ねえ!」的な考え方の典型と言えるでしょう。

 では、野田氏は本当にそのようにして生きていけるのでしょうか? 答えは「いいえ」です。そんなことはできません。もちろん、他国に住居も国籍も移してそこでずっと生きていくのであれば、少なくとも「日本」からは自分をかなり切り離して生きていけるかもしれませんが、移住した先の「国」の仕組みや規範からは逃れることができないのです。

 ほんの少し考えればわかるはずですが、私たちのふだんの生活には、「国」がつくった法律や制度が充満しています。朝起きて顔を洗う水道の水も、朝ご飯を食べるときに使う電気やガスも、食品の賞味期限や成分表示なども、食べたあとのゴミの処理も、住んでいる家の建築も、外に出て歩く道も、乗る交通機関も、行先の学校・大学や会社で行われていることも、買物をする店や商品も、すべて国や自治体が定めた法律や条例、行政として行う諸事業にまみれています。様々な事柄が整備されていたりいなかったりするのも、この日本という「国」の枠組みの中で起きていることです。どの「国」に住もうが、そうした枠組みから自分を切り離して生きていくことは不可能なのです。だから、自分たちを濃密に取り巻いている「国」のあり方について、知ったり考えたりすることは、とても重要です。

 ただし、私たちの多くは日々の生活に慣れきっていて、いちいち「ニッポン」がどうのこうの、と考えたりしていない場合が多いということもまた、事実かもしれません。そして、大して意識しなくとも、元気いっぱいで楽しく生きていられるのなら、それはそれで幸せなことかもしれません。でも、やはり食い下がって投げかけてみたいのは、「あなたたちは幸せに生きているの?」という問いです。逆の言い方をすれば、「あなたたちにとって、何より大事なはずの「自分自身」が、この日本という国に立ち込めている法・制度や考え方・雰囲気の中で、傷つき、損なわれてはいませんか?」という問いです。

 やはりこの問いについても、データに基づいてみていくことにしましょう。

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