確認ライダーが行く

第12回  スクランブル交差点の確認

 渋谷のスクランブル交差点。あえて渡りたい派である。
 うちから一番近い繁華街は渋谷になるので、電車に乗っての買い物はたいてい渋谷。本も画材も洋服も、ほとんど渋谷で買っている。人と会うのも渋谷が多い。少なくとも、週に一度はスクランブル交差点を利用しているだろうか。
 渋谷センター街のホームページによると、あの交差点、多いときには一度に3000人が渡るのだとか。
 信号が青に変わり、群衆が動きはじめるときは、毎度、ハッとする。水族館でイワシの群れを眺めるときのような、渡り鳥の群れを見上げるときのような。
 群れで飛ぶ鳥たちといえば、先頭の鳥がリーダー格とは限らないと聞いたことがある。たまたま前にいたから先頭になっちゃった、という感じらしい。つかの間のトップスターである。
 わたしも、あえてトップスターになってみることがある。別段、急いでもいないのに、渋谷スクランブル交差点の先頭に立ち、信号が変わるのを待つ。
 思えば、人の後ろばかりにいる青春だった。
 勉強や運動、音楽や図工や作文。どれも一番になったことがない。
 高校生のとき、仲良しの女子グループで「なんでも一番」を決めようということになった。それぞれのいいところを再発見するという趣旨のもと、いろんな一番が強引に決まっていった。「おもしろい人一番」「キョンキョンに似ている一番」「字がかわいい一番」などなど。わたしは「髪の毛サラサラ一番」になったが、一番といえば、それくらいである。
 だが、そんなわたしでも簡単に大勢の人々のトップになれる。それが、渋谷スクランブル交差点。地下通路からでも向こう側に渡れるのだが、先頭を切って渡りたくて、わざわざ地上から交差点を横切ることも多いのだった。
 行き交う人々は、みな、ものすごいスピードだ。絶対に、まごまごできない。
 わたしは、いつまであの交差点を、颯爽と渡りきれるのだろうか?
 加齢とともに、足腰も弱くもなる日が必ずやってくる。あんなところでぶつかって転倒でもしたら大変! 
 「もう、次からは地下道を利用しよう……」
 その境目の日を確認するめために、渋谷スクランブル交差点を渡りつづけている気がしないでもない。

 渋谷のスクランブル交差点について調べていたところ、昔、この上空付近をロープウェイが飛んでいたというのがわかった。空中ケーブルカーと呼ばれ、1950年代のわずかな間、東急百貨店(現・東急東横店)の屋上から遊覧できたようだ。1952年に公開された『東京のえくぼ』という映画の中では、俳優たちが実際に空中ケーブルカーに乗っている映像もあった。その揺れっぷりはかなりのものだった。
 そんな、のどかな時代を経て、いまや〈シブヤ スクランブル クロッシング〉と、日本の観光名所になった渋谷スクランブル交差点。外国の旅行者が、自撮り棒で撮影しつつ、大はしゃぎで渡っている。
 それを横目に、わたしはわざと無表情で渡るのだ。
 「いつも渡ってますから~」
 無表情というより、ドヤ顔になっているのかもしれない。
 でもって、その顔は旅行者たちの記念撮影の背景となり、彼らとともに、彼らの母国へと渡っていく。
 ドラえもんの道具には、もうあるのだろうか? 
 写真の中の自分が、本物の自分のかわりに旅行できる道具。もしあったら、渋谷のスクランブル交差点の〈わたし〉は、とっくに世界一周していると思う。