ちくまプリマー新書

歌舞伎一年生

チケットの買い方から観劇心得まで

8月刊行の中川右介著『歌舞伎一年生』(ちくまプリマー新書)の「はじめに」を掲載します。

 

 この本は、歌舞伎を見る上での実際的なことを、私自身の実体験に基いて書いたものです。

 「歌舞伎とは何か」とか「伝統」とか「藝の真髄」といった崇高なテーマについては、偉い学者や評論家の本が何冊もありますので、それを読んだほうがいいでしょう。

 「歌舞伎の名作50」「歌舞伎のあらすじ」とかも、写真の入った本が何冊もありますので、「お勉強派」の方は、それらを読んでください。

 歌舞伎というのは奥が深いとされていて、「三十年しか見ていないので、まだ何も分からない」とか「五十年見てきて、初めてこの芝居のことが分かった」とか「七十歳を過ぎないとものになりません」などと言われます。そんな話を聞くと、それだけでもう歌舞伎なんて見たくなくなってしまうものです。

 たしかに、「五十年見てきて初めて分かったこと」もあるでしょうが、初めて見た瞬間に分かることだってあるのです。その手の「通」たちの話は適当に聞き流して、まずは見ることです。見ないことには何も始まらないのです。

 たとえばサッカーのファンは、何かのきっかけで試合を見に行って、ファンになるわけで、その前に、サッカー発祥の地はどこで、西暦何年に最初の試合があって、ワールドカップはいつから始まって……、なんていうサッカー史を学んでから見に行くでしょうか。

 そういうことはファンになってから、気になった時点で調べて、知っていくものです。見たいと思ったら、調べてないで、まずは見るでしょう。歌舞伎もそういうアプローチでいいのです。

 まだ一度も歌舞伎を見たことのない人のためにこの本は書かれるのですが、そういうあなたが一番知りたいのは、﹁歌舞伎のチケットはどうやって買うのか﹂でしょう。

 そう、この本はそういう話から始まるのです。

 普通の入門書やガイドブックでは巻末に、おまけのようにして書かれている実用的なことが、この本では主体となります。

 タイトルの「歌舞伎一年生」は、小学館の学年誌「小学一年生」から思いついたものです。お読みになっていた方も多いと思いますが、あの雑誌には『ドラえもん』などのマンガだけでなく、小学校入学前後の子どものために、いろいろな情報が載っています。勉強のページだってあるのです。

 歌舞伎の入門書は、しかし、どうも歌舞伎五年生くらいを対象にしたものが多いので、本当の一年生のための本を作ってみようとして、この本は書かれました。

 したがって、これから歌舞伎を見ようという人、あるいは数回しか見ていないけどこれからもっと見たいと思っている人を、一応、読者として想定していますが、歌舞伎をよく見ている人にも楽しんでいただけるようにもなっています。

 文中、けっこう専門用語が出てきますが、分からなくても、読み飛ばしてください。その場で説明すると煩雑になるのでしませんが、最後まで読んでいただければ、何のことか分かるでしょう。

 と、前口上(これもまた歌舞伎の専門用語のひとつです)はこれくらいにして、さっそく本題に入ることにしましょう。

 本書に記されている、公演や役者の状況、チケットの金額や購入方法などはすべて、二〇一六年六月現在の情報です。

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