筑摩選書

「ろう者」と「外国人」の共通項
『ろうと手話――やさしい日本語がひらく未来』はじめに

「手話って、日本語を手で表現してるんですか?」「ろう者なら、みんな手話を使えるんですよね」
これはどちらも誤解です。手話は日本語とは別の言語であり、ろう教育においては長く手話が禁じられてきました。
聞こえる人にはわかりにくい、ろう者と手話の歴史や現状を伝える筑摩選書『ろうと手話――やさしい日本語がひらく未来』の「はじめに」を公開します。

 本書は、外国人との多文化共生や日本語教育における「やさしい日本語」というキーワードに関心を持っている人や、その推進に関わっている人たちなどに向けて、聴覚障害で生きづらさを感じている人たちの事情や歴史的背景を知ってもらい、外国語だけでなく手話にも対応する社会実現に向けた当事者団体などの活動への協力を呼びかけるものです。
 また、手話が禁止されていたかつてのろう教育や、ろう者の手話に聞こえる者が関わってきた歴史などをまとめた上で、社会における手話の普及や、ろう教育に関する議論を中立的な立場から整理します。そこに「日本語教育」と「やさしい日本語」という新たな視点を加えることで、ろう者や手話の抱える諸問題を打開するきっかけにしたいと考えています。

日本語を母語としない人のための、やさしい日本語

 地方を中心に、人口減少・少子高齢化が深刻化しています。政府は外国人材を積極的に獲得する姿勢に転換し、2018(平成30)年に改正入管法が成立しました。同時期に日本語教育推進法も成立し、定住化に向けて日本語教育を国の責務としました。
 このような背景のもと、外国人のように日本語を母語としない人たちに対し、行政や施設・機関などが日本語の語彙や文法を調整して表現する「やさしい日本語」が注目されています。文化庁が2020年に発表した2019(令和元)年度「国語に関する世論調査」では、やさしい日本語で外国人に伝えるという取り組みを知っている人の割合が29.6%という結果が出ています。
 筆者は広告会社の社員ですが、外国人への日本語教育に関心をもったことから2010(平成22)年に日本語教育能力検定試験に合格しました。またアジアを中心とした訪日観光客には日本語学習者が多いことに注目し、やさしい日本語をおもてなしに使う「やさしい日本語ツーリズム」事業を2016年に故郷の福岡県柳川(やながわ)市で立ち上げました。以来、コミュニケーション領域でのやさしい日本語の社会啓発を業務としています。各地で講演を行うほか、2020年7月にアスク出版より『入門・やさしい日本語』を上梓しました。

やさしい日本語の有効性と仕組み

 ここで、簡単にやさしい日本語について説明しておきます。
 入管庁(出入国在留管理庁)「令和2年度 在留外国人に対する基礎調査報告書」では、国内に住む外国人に対して日本語の能力について聞いた項目があります。まず日本語能力(話す・聞く)をみると、「仕事や学業に差し支えない程度に会話できる」の割合が最も高い32.8%となっており、次いで「日常生活に困らない程度に会話できる」(32.4%)、「日本人と同程度に会話できる」(22.9%)となっています。「日本語での会話はほとんどできない」と回答した割合は12.0%でした(図1)。

 

 さらに同調査では、現在報道などで広く使われている日本語の文と、同じ内容でもっとやさしく言い換えた上で漢字のルビをつけたものをそれぞれ読ませ、その理解度を聞いています。

【広く使われている日本語】
海や河口の近くで強い揺れを感じたときは,直ちに海岸や河口から離れ,高台や避難ビルなど高い場所に避難すること。

【やさしい日本語】
(うみ)で大(おお)きな地震(じしん)があったとき,すぐ海(うみ)や川(かわ)から遠(とお)くに離(はな)れて、高(たか)い場所(ばしょ)に行きます。

その結果、意味が「よく分かる」と答えた外国人の割合は、普通の日本語では52.1%だったところ、やさしい日本語にしたものでは77.2%に増加しました。このように、日本にいる外国人への情報保障やコミュニケーションで、やさしい日本語は有効な手段であると考えられています(図2)。

 

 やさしい日本語への言い換えに一つだけの答えはありませんが、わかりやすくするコツとして、前述の著書の中で、

っきり言う
いごまで言う
じかく言う

の頭文字をとった「はさみの法則」を提唱しています。また、漢字の熟語を避けてできるだけ和語でいう、尊敬語・謙譲語は使わず「です・ます」にとどめる、オノマトペ(擬音語・擬態語)は使わない、といった工夫をすることが大事だとされています。

日本語を母語としない「ろう者」がいる

「日本語を母語としない人たち」は、必ずしも海外にルーツがある人とは限りません。生まれながらに、または生まれてまもなく耳が聞こえなくなった「ろう」の人たちも、日本語を母語としない場合があります。そしてそのような人たちの母語は「手話」であり、日本語は「第2言語」なのです。多くの人はこのことについて知らなかったり、誤解していたりするのが実情です。
 私たちは、手話のことをどの程度わかっているでしょうか。手話については、よく次のような質問が聞かれます。

「手話って、ジェスチャーでしょ」
「手話って、世界共通なんでしょ」
「手話って、日本語を手で表現してるんですか?」
「ろう者なら、みんな手話を使えるんですよね」

 これらはすべて誤解です。手話が言語だと認識されるようになってから、実はまだ半世紀程度しか経っていません。聞こえる大多数の人は、ろう者や手話に関する理解がないといえます。
 ろう児が第2言語として日本語を学ぶということは、聞こえる子どもが英語を学ぶことと同じです。私たちの英語が英語母語話者と同じになるのが難しいのと同様に、ろう者の日本語が日本語母語話者と同じになるのは困難なのです。しかし聞こえる人でこのシンプルな理屈を理解している人は少なく、ろう者の能力自体を疑ったりするなど、偏見・差別につながっています。
 足に障害がありゆっくり歩く人と一緒にどこかに行くときは、その人の速さに合わせるか、急ぐ場合はタクシーなどに乗ったりします。同様に聞こえない人・聞こえにくい人と会議をするときは、周りの人がその人に合わせて対応したり、必要に応じて手話通訳をつけたりするべきです。しかし実際には、そのような配慮はめったにないのが現実です。「メガネをかければふつうに見える」と同じイメージで「補聴器をつければふつうに聞こえる」と思っている人が大半でしょう。
 日本語を母語とし、音声コミュニケーションに頼った人が圧倒的多数である日本社会で、外国人だけでなくろう者も同様の生きづらさを感じています。その生きづらさは、車いす利用者や視覚障害者にとっての階段の段差のような、社会インフラに起因する障壁だけでなく、対人コミュニケーションにおける障壁に大きく起因しています。このため、さらなる誤解・孤立・差別を生みやすい構造となっています。ろう者がどのようにして聞こえる人の話すことを理解しているのか、ろう者の日本語はなぜ間違いがちなのか、ろう者と聞こえる人ではなぜ文化的な違いがあるのかなど、私たちは一つ一つ基礎から学ぶ姿勢が必要でしょう。

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