丸屋九兵衛

第44回:いま日本を蝕む「推し」原理主義。人気投票と総選挙のアポカリプス

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 選挙結果が出るたびに、ひとりでポスト・アポカリプティックな気分となっているわたし。
 そんなわたしの目にとまったのが、こんなツイートである。

またネトサヨメディアが立憲共産党が総選挙で惨敗した腹いせに「安倍元首相の凋落と不人気ぶり」だとかのデマ記事書いてるけど、安倍元首相の得票率の変化は3%以下。誤差の範囲。

下らないデマを一生懸命に喚いても、お前らの推し政党は支持されない。

支 持 さ れ な い 。

 ……「推し」?
 君たち、選挙を人気投票と勘違いしてないか?
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 近所の東京都北区にて覚醒剤で逮捕された自民党の榎本一なる区議会議員が榎本三恵子の長男と判明し、ますます昭和政治史に対する関心が高まる(?)今日この頃。日本の政界の劣悪化を感じているのは、わたしだけではあるまい。
 もちろん、昔から政治というのはダーティ&フィルシーなものだ。ロッキード製ピーナッツが飛び交い、ダグラスもグラマンも参戦。KDDもKSDもリクルートも佐川急便も、一時は政界を席巻する汚職事件の代名詞だった。

 しかし政党や政治家とは、我々民衆の生活に決定的な影響力を持つことになる存在だ。
 それを「俺たちの推し」「お前らの推し」で捉え、選挙をファン同士の抗争のように考える幼稚さ。これは平成後半以降の産物ではないかと思う。
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 この一件で思い出したのは、『ファンボーイズ』という2008年の映画だ。

 主人公たちは子供の頃からの『スター・ウォーズ』好きで、舞台は1998年秋。『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』の公開まで6ヶ月だが、主人公の一人であるライナスは末期ガンで余命3ヶ月である。そこで『スター・ウォーズ』仲間たちはライナスを連れて、ルーカスフィルムがあるカリフォルニア州ベイエリアまで爆走! マキシマムなセキュリティをかいくぐり、公開前の『エピソード1/ファントム・メナス』を死にゆく友に見せんと奮闘する……という友情物語だ。
 だが、ここで注目したいのは、この映画で「彼ら『スター・ウォーズ』ファンボーイズの不倶戴天の敵」として描かれている連中である。
 それはトレッキー。そう、『スター・トレック』ファンだ!

 先日、☆Taku Takahashiと「日本におけるファンの人口比はどれくらいだろう?」という話になった。Takuいわく「100対1くらいじゃないかな」。つまり、『スター・ウォーズ』ファンが100人に対して、我々トレッキーは1人くらいしかいない、ということである。
 まったく勝負にならんがな。だが、そもそも勝負する必要があるだろうか?

 昔から、ビートルズとローリング・ストーンズ、カルチャー・クラブとデュラン・デュラン、デビー・ギブソンとティファニー、BTSとEXO……と「好敵手」と見なされるアーティスト、それぞれのファン集団は互いに反目し合うものとされてきた。
 日本における『スター・ウォーズ』ファンvsトレッキーと違い、そこそこ勝負になりそうな拮抗した例が多い……とはいえ、そもそも勝負する必要があるだろうか? 繰り返しになるが。
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 丸屋家では「ビルボ」といえば「バギンズ」に決まっている。
 気の利いた言い間違いは愛されるが、略語は忌み嫌われる。そんな我が家では想像もできないことだが、最近の人たちにとっては「ビルボ」とは『ビルボード』チャートのことらしい。

ビルボ1位取ったら「すごいな」も単純すぎてワロタ、ビルボもオタクが必死こいて曲名混ぜたツイートして同じ曲わざわざいろんなアプリでDLしてんだよなぁ。。もちろん米津玄師とかback numberとかは別だけど、アイドル系アーティストに関してはどこもそんなもん

 この人物がいう「オタク」とは我々にとってのオタクではなく単なる「熱心なファン」のようだし、文章もわたしが知る日本語とは別言語。したがって解析はやや困難だが、頑張って読解して見ると……。
 少なくとも昨今の日本における音楽のチャートアクションというものは、支持者集団がCDを複数枚購入したり、さまざまなルートでダウンロード購入したりして、草の根から懸命に操作した結果らしい。より正確な数値化を目指して『ビルボード』がサウンドスキャン計測を導入した結果、N.W.Aの『Niggaz4Life』がサプライズ的に初登場2位を記録した頃のアメリカとは、えらい違いである。

 自分が贔屓にするアーティストが明らかに不遇だと見ていて心が痛むし、廃業してしまうとこちらも困る。それはわかるが、贔屓アーティストの新曲がチャートを上昇するよう、同志たちに複数購入やSNSでのアレコレを呼びかけ、ものの見事に1位を獲得したら祝祭気分に身を委ねる……という生態は、私から見ると奇妙だ。その「1位獲得」という偉業は、明らかに自分たちファンの努力(という名の出費)によって成し遂げたものなのに。
 こういうものを「マッチポンプ」と呼ぶのではなかったか? ……あ、ちがう?

 なんにしても。
 チャート上で勝負することが、ファンにとって何の得になるのだろう? 業界にとってはともかくとして。
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 一方、贔屓のタレントへの投資が、よりダイレクトに身を結ぶシステムもある。……もしくは「あった」だろうか。2018年まで実施されていた「選抜総選挙」というやつだ。
 これに関しては、元・業界人がこのように書いていた。

 CD1枚に投票券を1枚入れて、得票数が多いメンバーがセンター(グループの中心)になれるAKBの総選挙。今年は行わないそうですが、こういうことをやると、ファンは当然、自分の好きな子を1番人気にしたいから、投票券欲しさに1人で何枚も同じCDを買います。これは「選挙はお金で買える」ということを青少年たちに教えているのです。
 メンバーは売れるために頑張るだけです。たちが悪いのは、こういうシステムを作ってメンバーとファンを操っている業界の大人たちです。もう一度言います。AKB商法は、選挙がお金で買えることを、見えるサブリミナル効果として日本中に広めたのです。

 選挙と人気投票の同一視、「推しを上昇させるために身銭を切ること」の美徳化。いろいろなものが渾然一体となって、日本をワンダーランドたらしめている気がする。
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 よほどローカル人気があったのか、件の総選挙が行われなくなった2019年には、AKBグループのCDが団地や民家の郵便受けに入っているという怪現象が報告された福岡。それに先立つ2017年には、AKB48のCD585枚を太宰府市の山中に不法投棄した男が書類送検されるという騒ぎがあった。

 この一件に感銘を受けたわたしが、

「投票券が抜き取られて」とあるから、不法入手かと思ったら、正規購入者やんか。
そんな上客ですら処理に困るゴミを大量生産する商法とは……。
ダウンロード販売で、購入数に応じ投票できる仕組みではダメか?

【AKB商法にCDが必須なら】
微生物が分解容易なプラスチックを改良、特殊な土壌に捨てると即バイオマス化する超・生分解性素材を開発し、それのみでCDを製造。
廃棄場は秋元康邸に設置する案でどうだろう。
もちろん、一人の客の多数購入に立脚したビジネスが、そもそも変なのだが。

 と書いたところ、いきりたって「ほとんどのAKBファンはCDを捨てたりしない! こんなこと書くな! 反省しろ」と反論する輩がいた(今は削除されたようす)。

 それに触発されたわたしが考案したのが、下記のディザスター系バイオSFのプロットである。
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【終末のエピメテウス】

 20XX年。
 某アイドルのCD585枚が福岡県の山中に違法廃棄される事件が発生。折しも、某レコード会社ビルの地下では、来たるべきCD大量廃棄時代を見越して、CDを分解できる微生物が開発中だった。プロデューサーAキモトは良心の呵責に耐えかね、この微生物を無断で持ち出し、福岡の山中に散布する。
 しかし、件の微生物がCDだけでなく、ありとあらゆるプラスチックを分解し始めるという予想外の展開! 結果、九州では現代文明が崩壊した。
 幸いにも同微生物は「現時点では空気拡散しない上に、海水に浸かると死滅する」と判明。しかし、世代交代のスピードから考えて、1週間後には海水に耐えられる新種に進化することが予想される。
 全世界の文明を救うために、九州全土を爆撃するか? どうする自衛隊!
 そんな頃、鹿児島県の桜島に隠れ住んでいたのがキムジョンナム(つまり、やはりマレーシアで殺されたのは影武者だったということだ)。このジョンナムは、桜島に潜伏する直前、親しい北朝鮮軍人から、多様な微生物に対抗しうるキラー微生物のサンプルを受け取っていた。本来は日本政府に身の安全を保障してもらうための献上品だったが……
 このキラー微生物なら、CD分解微生物を一掃できるかもしれない。しかし、キラー微生物がさらなる災害をもたらなさいという保証はない。しかも、そのキラー微生物を散布して目立ってしもたら、金正恩に見つかってしまう! どうする、金正男!
 そして、桜島は名前こそ島だが、100年ほど前の噴火から九州と陸続きになっている。なのに、なぜジョンナムの身の回りのプラスチックは無事なのか? もしや、錦江湾——君たちが言うところの鹿児島湾——の海底に住み、光合成とは無関係のまま生き続ける謎の生物サツマハオリムシと関係あるのか?
 さあ、どうなるジョンナム!
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 さて、我らが正男の話はさておき。

 自分が贔屓とするアーティストをチャートで上昇させることが「オタクの活動」と見なされ。
 ファンに金を使わせるためのシステムとしての人気投票が「総選挙」と言い換えられ。
 本物の総選挙まで「自分の"推し"を政界のセンターに立たせるための運動」と化し。

 これらは、世の中の諸々を「擬人化」「女体化」「美少女化」しないと咀嚼できないという風潮同様に、日本の劣化を象徴するものではないかと思う。

 もっとも、ここで世界に目を向けて見ると……
 WWEにも顔を出す、ビジネスマン(実は結構失敗してる)兼リアリティ番組スターを大統領に選んでボロボロになったアメリカはもちろんのこと。
 政治風刺コメディドラマで主演した俳優が、ドラマのタイトルをそのまま冠した党のバックアップで圧勝し、大統領となったウクライナ。ヒンドゥー神話系映画で神を演じた俳優が選挙で票を集める(らしい)インド。ボクシング界最強のパックマンが大統領になるかもしれないフィリピン。
「人気投票ではない選挙が、この地球上に存在するのか?」という気もしてくるのだ。