単行本

ペン先から言葉へ、マンガが「熱」を帯びるとき

斎藤宣彦『マンガ熱』

ベテランから気鋭まで11人のマンガ家たちのマンガ愛を聞き出した斎藤宣彦によるインタビュー集『マンガ熱』を、マンガ研究の俊英に紹介していただきました。PR誌「ちくま」8月号から掲載します。

 マンガに関する書籍は世に多くあるが、真に信頼すべき語り部の手になるもの、そして「熱」を帯びて読者に迫ってくるものはそう多くない。そんな稀なる書物のひとつである本書は、批評誌「ユリイカ」(青土社)に掲載されたものを中心に、著者が二〇〇〇年以降に行ったマンガ家へのインタビューのなかから、特に読み応えのあるロングインタビューを集成した一冊である。
 パロディを駆使したギャグとともに「熱血」を表現する島本和彦。少年マンガのフィールドで長年にわたって読者の心をつかみ続けている藤田和日郎。SFから歴史劇まで、余人の想像を超えた世界を創出し続ける岩明均。地に足のついた世界観のファンタジーで二〇一〇年代に新風を吹き込んだ田中相。多層的な生命観に支えられた冒険ファンタジーの大ヒット作『鋼の錬金術師』を生んだ荒川弘。ひとつの時代を象徴する『あしたのジョー』をはじめ、押しも押されもせぬマンガ界の大御所ちばてつや。文字通り唯一無二の作風によって日本マンガ史に屹立する諸星大二郎。圧倒的な画力とセンスでマンガを根底から変革することとなった大友克洋。ジャンルや作風は様々なれど、いずれも日本マンガに「熱」をもたらした八人の作家たちが、たっぷり生の声を聞かせてくれる(さらに、藤子不二雄、しりあがり寿、くらもちふさこへのショートインタビューも収録)。
 そして、本書の「著者」であるインタビュアーの斎藤宣彦。編集者として長く活躍しながら、マンガ誌の創刊、大学での講義、展覧会の開催、賞の審査員、マンガ専門図書館(明治大学米沢嘉博記念図書館)の運営など、あらゆる角度からマンガに携わってきたエキスパートであり、この半世紀のマンガ事情への精通ぶりは他の追随を許さない。これは尋常なことではない。なんとなれば、現代にあってマンガの全体像を見渡すことのできる人間はほとんどいないからだ。今や、マンガのひと月の新刊刊行点数は一千点前後にも達し、それに伴うジャンルの多様化・細分化は現在も進行中。さらに、全体が見渡せない現状は、過去(マンガ史)への見通しをも曇らせがちである。斎藤は、長年の経験に裏打ちされた該博な知識と、マンガへの絶えざる情熱とによって、こうした状況下にあるマンガ界のありようを的確にとらえ、そして現場の作家たちから貴重な証言を引き出していく。
 たとえば大友克洋へのインタビュー。長いキャリアのなかでこれまでにも多くの取材を受けてきた大友だが、繰り返し語られた記憶というのは、本人のなかでも一種の物語と化し、実際よりも分かりやすく整理されていってしまうものである。斎藤は、作家自身のなかでも記憶が曖昧になっている初期の活動について、詳細な書誌データを踏まえて話を掘り下げ、『武器よさらば』に繋がった未発表作品の構想や、『Fire-ball』と映画『市民ケーン』の関係など、初公開のものも含む魅惑的な逸話を発掘してみせる。
 あるいは島本和彦へのインタビュー。小学館の「サンデー」には、集英社の「ジャンプ」にとっての「ヤングジャンプ」のような「兄貴分的雑誌」がないのはなぜか、という斎藤の質問をきっかけに、小学館の特徴である「上品さ」へと話が展開。小学館ではセリフの最後に句点(。)が入るためギャグマンガの勢いが死んでしまう、という(細かくも具体的で膝を打つような)島本の指摘が引き出される。
 また、書簡形式となった岩明均へのインタビューは、「回答をはじめた日時と場所はいつ・どこでしょう。周囲には何が見えますか。」と始まる。フラットで客観的な質問よりも、マンガ家の日常や人となり、そして彼が見ている世界そのものを見据えたこうした問いかけには、「詩人」や「漫想家」の肩書きをも持つ斎藤ならではの、詩情あふれる感性と筆致が垣間見られる。
 優れた訊き手による優れた作家へのインタビュー。肩の力を抜きつつ、存分に愉しんで読みたい至福の一冊の誕生である。

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