世の中ラボ

【第77回】米大統領選の候補者って、どんな人たち?

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」9月号より転載。

 四年に一度の米大統領選が、えらいことになっている。
 民主党ではヒラリー・クリントンとバーニー・サンダースが予備選でデッドヒートを繰り広げ、最終的には七月二六日の民主党大会でクリントンが正式な候補に指名されるも、民主党上層部が組織的にサンダースの敗北を画策していた事実が発覚。支持者からブーイングが出て、オバマ大統領やサンダース自身が「ともかくヒラリーでいこうや」と説得に乗り出すハメになった。
 一方、共和党では、これといった有力候補が出ないまま次々にライバルが消え、七月二〇日、当初は泡沫候補扱いだったドナルド・トランプが候補者に指名されたが、共和党内部のトランプ批判はやまず、「本選挙ではクリントンに投票する」と公言する議員が出るなど、前代未聞の事態となっている。
 サンダースとトランプの躍進が、既成政党に対する反発の結果だとはよく指摘されるところ。日本でもそうだけど、上位一パーセントの富裕層のもつ資産が下位九〇パーセントの人の資産の総額より多いといわれる米国の経済格差と政治不信は、それほど深刻なのだ。
 とはいうものの、ニュースの断片から漏れ聞く以外に、私たちは彼ら候補者の素顔をよく知らない。いったい彼らはどんな人物で、どんな思想信条の持ち主なのか。それぞれの自伝を読んでみた。

サンダースとトランプが支持を広げたワケ
 まず『バーニー・サンダース自伝』(原題はOUTSIDER IN THE WHITE HOUSE)。惜しくも正式候補の座は逃したが、これを読むと、彼がどれほど政治的には「はぐれ者」で、かつ不屈の精神の持ち主だったかがよくわかる。
 バーニー・サンダースは一九四一年、ニューヨーク生まれ。ブルックリンの「中間層の下のほう」の家庭で育った。父はポーランドからのユダヤ人移民でペンキのセールスマン。母は主婦。両親は民主党に投票していたもののノンポリに近かった。生活に困るほどではなかったが裕福ではなく、大学の学費は学生ローンと奨学金とアルバイトでまかなった。シカゴ大学時代は公民権運動や平和運動にかかわり、六四年に大学を卒業。
 七一年、「自由連合党」というミニ政党に出会ったのが人生の転機となった。七二年、彼は自由連合からヴァーモント州の上院の特別選挙(補欠選挙)に出馬する。〈何度も何度も、私はヴェトナム戦争反対を力説し、経済的民主主義と社会的公正についての信条をはっきりと述べた〉が、あえなく落選。得票率はわずか二パーセントだった。同じく七二年、ヴァーモント州知事選に立候補してまた落選(得票率一パーセント)。七四年、再び上院の補欠選に出馬してまた落選(得票率四パーセント)。七六年、自由連合の「万年候補者」として州知事選に出馬してまた落選(得票率六パーセント)。
 この選挙を機に彼は自由連合党をやめ、政治とも訣別、教育用の映写スライドを販売する仕事をはじめた。ところが八〇年の末、友人に乞われて、彼はヴァーモント州バーリントン市長選に立候補。はじめて勝つための選挙に奔走するのである。低所得者と労働者階級の地区からはじめて家庭訪問を繰り返し、地域生活のニーズを聞き出し、市職員労働者の応援を取り付けた結果、八一年、たった一四票差で当選。議会では共和党も民主党も敵という状態のなか、バーリントン市長を一九八九年まで四期八年、務めた。
 サンダースの政治的主張は当初から一貫している。
〈私たちは、世界の歴史上、最も富裕な国に住んでいる。だが、その事実にあまり意味はない。その富のほとんど全部が、ほんのひと握りの個人によって支配されているからだ。トップ〇・一パーセントの人々が、下から九〇パーセントの人々とほぼ同じだけの富を持っている〉。〈私たちは、億万長者階級がカネとメディアで私たちを分断するのを、そのままにしてはおけない。今こそ、何百万もの働く家族は――黒人も白人も、ラテン系もネイティヴ・アメリカンも、同性愛者も異性愛者も――団結しようではないか〉。
 九〇年、サンダースが下院議員選に無所属で当選した際の得票率は五六パーセント。かつてヴァーモント州は、アメリカでもっとも共和党が強い保守的な州のひとつだった。それが社会主義者を名乗る候補者が過半数を制する州に変わっていた。
 では、サンダースが攻撃してやまない「億万長者」であり、政治的にもサンダースと正反対のドナルド・トランプの前半生はどうだったか。『トランプ自伝』は一九八七年、サンダースがバーリントン市長の最後の一期を務めていた頃に出版された自伝である。
 ドナルド・トランプは、一九四六年、ニューヨーク生まれ。祖父はスウェーデンからの移民。父は建設業からはじめて事業の拡大に成功したたたき上げの人物だった。昔風の家庭で母は主婦。ニューヨーク・ミリタリー・アカデミーを経て、ペンシルバニア大学ウォートン校に入学。学生時代は連邦住宅局の抵当流れ物件のリストを読んでいるような若者だった。六八年、大学を出たトランプは、父の仕事を手伝いながら、マンハッタンに進出。ここからデベロッパーとしての快進撃がはじまる。
 いったい、そんなトランプが大統領選に出馬し、めきめき支持を広げていった理由は何だったのか。
 その一端は『THE TRUMP』(ワニブックス・二〇一六年)から読み取れる。〈「口先ばかりで行動しない」政治家はこれからの米国には必要ない。求められるのは、問題をどう扱えばいいか知っている優秀なビジネスマンだ。政治的レトリックはこれ以上必要ない。必要なのは常識だ。「壊れていないなら直そうとするな」〔米国のことわざ〕だが壊れているなら御託を並べる前にすぐに直さなければならない。/そして私は直し方を知っている〉。〈私の仕事のやり方はこうだ。その仕事に必要な最高の人材を見つけ、彼らを雇い、事に当たらせる。だが監督することも忘れない〉。〈建設のことならトランプに聞くことだ。単独で私ほど幅広く、自分の名を冠した建築プロジェクトを手掛けた業者は存在しない〉。〈「外交政策」についても、私は実際的に理解している。私はどうやって交渉をまとめればよいか知っている。どうすれば外国政府を交渉のテーブルに着かせることができるかも分かっている〉。こうまで断言されると「そうかも……」って思っちゃいません? なにしろ彼は自力で巨万の富を築いたわけだからね。

「現役政治家」ヒラリーの弱み
〈私がバーリントン市長だった時、投票率が二倍近くになった。なぜか? 私たちは、低中所得の人々のために立ち上がって闘うことを明確にし、そのとおり実行したからだ。多くの低所得者がそれを理解し、その結果、私たちを支持した。投票に意味があると思えば、貧困層は投票する〉のだと語るサンダース。
〈大事な取引をする場合は、トップを相手にしなければラチがあかないのだ〉。〈企業でトップでない者はみな、ただの従業員にすぎないからだ。従業員は取引を成立させるために奮闘したりしない〉と語るトランプ。
 両者の手法はまったく逆だ。しかし、こうして見ると、サンダースもトランプも、ただ単に突飛なことをいっているのではなく、他の政治家とは異なる方法で「実績を積み上げてきた」ことが、支持を広げた理由だったのではないかと思えてくる。
 その伝でいくと、現在大統領にもっとも近い位置にいるとされるヒラリー・クリントンはどうだろう。『リビング・ヒストリー』は自身の生い立ちから、ビルの八年にわたる大統領時代、彼女が上院選に出馬、当選するまでを描いた自伝である。
 ヒラリー・ロダム(クリントン)は、一九四七年、イリノイ州シカゴの郊外で生まれた。母は自由な精神の持ち主だったが、織物会社を営む父はごりごりの共和党員。二人の価値観を受け継いだヒラリーは少女時代から政治への関心が強く、青年共和党のメンバーだった。が、高校時代のディベートをキッカケに共和党に疑問を抱くようになり、キング牧師やロバート・ケネディの暗殺を機に、女子大を出る頃には完全に民主党寄りに変わっていた。
 七五年、イエール大学ロースクールで出会ったビル・クリントンと結婚。政治家を目指す夫に彼女は協力し続けるが、それは従来の「内助の功」とはまるで異なる動き方だった。ビルがアーカンソー州の知事に当選した後も、旧姓のロダムのまま弁護士としての仕事を続けた。九二年、ビルが大統領選に出馬し、州知事時代の弁護士事務所との利害関係を追及された際の彼女の言葉は、〈まあ、家にいてクッキー焼いたりお茶を淹れたりしててもよかったけれど、わたしは自分の職業をまっとうすると決めたんです。それは夫が公職に就く前のことなんです〉。
 実績という点でいえば、ホワイトハウスでの経験が長いヒラリーは、サンダースやトランプ以上に濃い実績の持ち主であるはずなのだ。夫の大統領時代には新時代のファーストレディとして医療保険制度の整備に奔走し、二〇〇八年の大統領選では民主党の予備選でバラク・オバマと争い、オバマ政権発足後は国務長官としてややこしい国際情勢の現場に立っていたわけで。しかし、なかなかそうは見てもらえないだろうな。大統領夫人として、上院議員として、大統領候補として、国務長官として名前と顔が売れすぎちゃったヒラリーにもう新鮮さはない。現役の政治家に米国民が飽き飽きしているだろうことは、彼女の自伝にも現れている。彼女が政治家としての実績を披瀝すればするほど、自慢話に見えちゃうのよね。
 それでも感じるのは、米国の政治家たちの驚くべき粘り強さとしたたかさである。はたして米国民は堅実なクリントンを取るのか、危険性を秘めたトランプを取るのか。本選は一一月八日。

【この記事で紹介された本】

『バーニー・サンダース自伝』
バーニー・サンダース/萩原伸次郎監訳、大月書店、2016年、2300円+税



民主的社会主義者を名乗る無所属議員から、大統領選に出馬。民主党の予備選で最後まで候補の座を争った不屈の政治家の自伝。原著は1997年、下院議員時代の本なので大統領選への道筋は語られていないが、前半生だけでも読みごたえあり。「政治に関心がないと言う人、政治家なんか誰も信じないと言う人が、いちばんバーニーを大好きな人たちなのよ」(2015年再刊時に付された「解説」より)という証言も頷ける。

『トランプ自伝――不動産王にビジネスを学ぶ』
ドナルド・トランプ+トニー・シュウォーツ/相原真理子訳、ちくま文庫、2008年、840円+税


ニューヨークの超高層ビル「トランプ・タワー」ほか世界的に有名な不動産開発を次々手掛け、巨万の富を築いた不動産王の自伝。1987年、トランプ41歳のときの本なので政治への夢は語られていないないが「いずれドナルドは他の分野に目を向けるでしょう。(略)大統領選挙へ出馬することも絶対にないとは言いきれません」という妻の証言も。類い希な発想力と交渉術に舌を巻く。
 

『リビング・ヒストリー――ヒラリー・ロダム・クリントン自伝』上下
ヒラリー・ロダム・クリントン/酒井洋子訳、ハヤカワ文庫、2007年、各760円+税


大統領夫人として夫の仕事を補佐した後、自ら上院議員となり、国務長官まで経験した、2016年の民主党大統領選候補者の自伝。原著は2003年刊で、夫の大統領時代の話が中心だが、保守的な価値観と戦うファーストレディぶりがおもろしい。国務長官時代の自伝は『困難な選択』上下(日本経済新聞社・2015年)にまとめられている。

関連書籍

こちらあみ子
こちらあみ子

斎藤 美奈子

ニッポン沈没 (単行本)

筑摩書房

¥ 1,728

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入
こちらあみ子

斎藤 美奈子

本の本 (ちくま文庫)

筑摩書房

¥ 1,620

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入