ちくまプリマー新書

憲法を虚心に読む
長谷川櫂『文学部で読む日本国憲法』

 なぜ、俳人が憲法の本を? 作者とテーマの組み合わせを、意外に思う方は多いだろう。
 特定秘密保護法や安全保障関連法の制定、明らかになった天皇の生前退位の意向など、日本国憲法が今また論点に上がる。政治家や憲法学者でなくても関心を持つのは当然だ。
 書名に「文学部で読む」とあるのは? 文学の言葉の専門家である俳人・長谷川櫂の意図はそこにある。「シェークスピアの戯曲や芭蕉の俳句や谷崎の小説」のように日本国憲法を読むと、「すべての法律と生活・思想の基本」と定められた憲法が一気に身近になる。選挙権が一八歳に引き下げられた今夏、プリマー新書に入ったのも意図的であろう。改憲・護憲の論争ではなく、若い世代に先入観なしに憲法に触れて欲しい、という作者の願いが伝わる。批判を恐れずに言葉そのものに向き合おう……そんな意気込みから本書は誕生した。
 本書は二〇一四年に始めた東海大学文学部での講義「日本国憲法を読む」をもとにしている。この講義には「谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を読む」という前段がある。
 俳人として日本文化の深層を追究する長谷川は、名随筆と評判の高い『陰翳礼讃』を、谷崎が生きた「近代の歪み」を体現する作品だと捉え直した。そもそも日本は、古来から中国などの外来文化を取り入れ我流に作り替えてきたが、明治維新を境に西洋を手本に近代化を進めた。明治以降の西洋化した日本と比べ、江戸時代までの生活や文化こそが「純日本風」だと書いた谷崎に対し、日本独自の文化が存在するというのは幻想だと長谷川は見抜いた。その幻想が、谷崎だけではなく同時代の日本人が抱えた時代精神であり、戦争へ突入していく昭和初期の日本の精神的な支えとなったのである。
 では、戦後の時代精神を体現する作品とは? たどり着いたのが日本国憲法だった。一九四五年八月一五日の終戦直後から草案作りが始まり、翌四六年一一月三日に公布、翌四七年五月三日に施行された日本国憲法は、戦後を通じて賛否両論が交わされており、今もその渦中にある。「戦後の日本人もこの新しい時代に父母、祖父母の世代をどう乗り越えるか、あるいはどう受け継ぐか、試練にさらされてきましたが、それはそのまま憲法の歩んできた道でもあります。この点で日本国憲法は戦後的かつ国民的な第一級な文書」と見極めたことの意味は大きい。
 本書では、日本国憲法の三原則である国民主権(民主主義)、戦争放棄(平和主義)、表現の自由(基本的人権)を中心に論じており、主に前文と第一~第三章に言及する。
 なかでも、六五〇字ほどの前文の読解に多くの頁を割く。国民主権には選挙が重要で、そこが明治憲法との大きな違いである。前文の「権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」は、一八六三年にリンカーン米大統領がゲティスバーグで行った演説「人民の、人民による、人民のための政治」からの引用だと示す。
 この引用が、日本国憲法はアメリカからの押しつけだとする論拠の一つになっているが、長谷川は的外れだと書く。日本文化の咀嚼の歴史を思い起こせば、当然のことだ、と。
 また、多数決の危うさにも触れ、二〇一四年総選挙で圧勝した与党が、安全保障関連法を国会に提出した際の反対運動に着目する。これまで違憲とされてきた集団的自衛権の行使を憲法の解釈変更によって認めたことは憲法改正にも匹敵するが、自民党の党是は戦争を放棄する憲法第九条の改正だ。アベノミクスが投票理由であっても、有権者は党是を知っているはずだし、知らねばならない。だから安保法成立は総選挙に反映された国民の意見であって、われわれ有権者は賢明であらねばならない、との言葉は重い。
 第一次世界大戦後の民主主義国家ワイマール共和国は選挙によって、反ユダヤ主義を掲げるヒトラー率いるナチスを第一党にした。不況下、当時の有権者は経済優先を選んだのだ。その後の歴史を、われわれはすでに知っている。

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