確認ライダーが行く

第13回 「パネルクイズ アタック25」の確認

 日本ではじめてのクイズ番組は、1953年にスタートした「ジェスチャー」。その名の通り、お題のジェスチャーを見て、各チームが正解を言い当てたらしい。
 なんだか、明るい気持ちになってしまった。日本初のクイズ番組は、人間の想像力を競い合うものだったのだ。
 過去の放送をネットで探してみたところ出てきた。ジェスチャー問題は、例えばこんな感じ。
「外人観光客に親切にしたらプロポーズされあわててことわっているバスガイド」
 これをチームの代表者が完璧にジェスチャーし、残りの者たちが力を合わせて答えていた。
『テレビ50年あの日あの時、そして未来へ』という本にも、当時のジェスチャー問題がいくつか載っていた。
「金を借りるたびに、シキイが高くなるので、ハシゴをかけて越している男」
「野良ネコに催眠術をかけて魚をとりあげ、ごはんのおカズにしているひとりもの」
 そこそこ長い。長い上に、起こり得ないことがお題になっている。こんなのを身振り手振りで伝えられるのなら、たいしたものである。
  ふと、思う。
 学校の教科にジェスチャーを加えるのはどうだろう? 英語教育は確かに大切だ。東京オリンピックも待っている。しかしながら、身振り手振りもまた、この世を生き抜くためには重要なのではあるまいか。
 昔、友達とスペイン旅行をしたとき、ホテル側の手違いでトラブルが発生。苦情を言おうにも、向こうもこちらも英語ができない。
 
「ホテルのフラメンコショーを無料で見せてくれたら引き下がろうではないか」
 
 そんなジェスチャーをフロントでやってみせたところ、通じたうえに、受け入れられた。表現力と度胸を身につけるという意味では、授業に取り入れるのは悪くない気がする。
 とはいえ、クラスメートの前では、ちと、ハードルが高いか。「フラメンコショー」のジェスチャーは、当然、踊ってみせなければならないのだし……。
 
 さて、「ジェスチャー」からのんびりスタートした日本のクイズ番組も、今では教養を競い合うタイプが主流。より多くの知識を持つ者が、クイズ番組を制することになっている。
 そんな中、長寿番組「パネルクイズ アタック25」は、知識を競い合いつつも、それだけでは決して勝利しないのが味わい深い。
 番組40周年を記念してつくられた『パネルクイズ アタック25公式ファンブック』に、ルールの説明が端的に記されていた。
「赤・緑・青・白の席に座った4人による早押しクイズ。クイズに正解するとパネルを一枚獲得。ほかの人がパネルを自分のパネルではさむと自分のものになる」
 パネルをひっくり返して自分の色にするのは、オセロゲームから発想を得たのだという。
 毎週日曜日、午後。
 家にいるときは、「パネルクイズ アタック25」を必ず見ている。長年、児玉清さんが司会をされていたが、現在は谷原章介さんだ。
 たくさん答えた人がサクサクと勝利する日もあれば、ほとんど答えていない人が、みんなのパネルをひょいっと返して勝つ日もある。
 公式ブックによると、優勝者の最少正解数は3問とのこと。
「クイズで遅れをとっても、効果的なパネルとりと展開による運が味方すれば、優勝することができる」
 説明を読んでいるだけで、なんだかちょっと慰められている。出遅れたって、わたしたちは挽回可能なんだよ、ね?
 とはいえ、少ない回答数で勝った人が、最終問題でしくじって海外旅行を逃すと、
「ほら~、そんなに甘くないのだよ~」
 不人情にもなり、けれど、まったく同じ状況でも、
「残念だったね……がんばったのにね、わたし、応援してたんだよ」
 むくむくと情が湧いてくることも。おそらく、そうさせるなにかをその回答者が持っているのだろう。彼、あるいは彼女は、現実世界でも、愛されキャラに違いない。
 35年間司会を務められた児玉清さんは、最後の闘病生活を送られているときも、「3段切り」という、新しいパネル攻略法を考えられていたそうだ。公式ブックには、病床での手描きのメモの写真もあった。児玉さんの真面目な働き方、生き方に頭が下がる思いである。
 子どもの頃からこの番組が好きだったが、近年、ますます好きになっている。もはやクイズ番組を超越し、悟り番組に近づきつつあるのだが、回答者たちが、1パネル獲得につき1万円もらって帰れるという現実的な感じもまた、清々しいのだった。

参考資料
『テレビ50年あの日あの時、そして未来へ』(NHKサービスセンター)
『パネルクイズ アタック25公式ファンブック』(講談社)