ふるさとを元気にする仕事

まちづくりは大きな意味での「教育支援」である

山崎亮『ふるさとを元気にする仕事』刊行記念・連続書評

まちづくりは大きな意味での「教育支援」である

 本書は、「コミュニティデザイナー」という職能を日本に定着させたと言える著者による新書である。タイトルからすると仕事紹介という趣きで、これから進路選択を行う高校生を意識した内容であるが、「コミュニティデザインって最近聞くけどどういうものだろう」という大人の疑問に答える内容でもある。

 大きく分けて4つの要素で構成されている。「コミュニティデザインの歴史と日本における背景」、「著者の現在までの仕事の積み重ねと進路選択のドキュメント」、「著者の提示する働き方と組織の運営について」、最後に「地域で活動をしている方々の具体的な事例紹介」、以上の4つである。それぞれに独立して読むことができる内容であるが、それを一冊にまとめてある。さすが新書である。本はお得なメディアだ。

 さて、コミュニティデザイナーとは、本書によると「『どうすれば地域が元気になるか?』というソフトの部分を住民と一緒に考え」、「地域の課題を住民が主体になって考えて解決するための活動を手伝う」仕事であるそうだ。

 以前、ハードをつくるデザイナーの知人から、「日本はデザインなどソフトにお金を出す習慣がなく、建物など成果物がないとお金を出さない」と聞いたことがあったので、これをパッと聞くと、「どうやって仕事にするのか?」という疑問が湧く(事実、著者も当初は仕事を獲得するのが大変だったという)。しかし、現在では、地方自治体からの依頼により仕事として成り立っているという。一体どうやってそうなったのか? なぜ必要とされているのか? ということも本書には記されている。

 ところで、日本は大正時代ごろまでは、キセルを掃除する羅宇屋らうやなどの様々な仕事があったが、以後経済成長を目指して国全体で製造業に集中したため職業の種類は減少の一途をたどった。しかし、現代にコミュニティデザイナーという職業は新しく増えたわけである。これは良いことであろう。

 さらに、本書の第五章「ふるさとを元気にする人たち」で紹介されている地域に関わって活動している方々の仕事ぶりも多様であり、それぞれの働くことに対する考え方の一つ一つが新鮮である。例えば「100本の線を引いて(中略)あみだくじみたいに目標に向かっている」(神山町・大南信也氏)などは、前例と確実性に縛られた計画主義とは全く違う、地域社会という生き物を扱う上で重要な考え方であろう。

 ちなみに、戦後に生み出されたビジネスのほとんどが大阪を中心とした非東京エリアで、東京で生み出された商売はコンサルタント業と宅急便ぐらいである、という話があるが(著者は母校が大阪にある)、「まちづくり」という分野では、以前よりコンサルタントという職業があり、地方自治体による計画書づくりを中心とした受託業が存在していた。コンサルタントの計画書は住民にとっては突然完成されて現れるため、地域住民が「計画は誰かが考えてくれる」と依存的になったり、提案を受け入れ、やってみてもうまくいかず徒労感を覚えることもあったという話は地方でよく聞く。しかし、本書によると、コミュニティデザインの手法は、あくまで地域住民の主体性を引き出すことに専心し、最終的に地域住民による「自走」を目指すコンサル業とは全く質が異なるものであるという。これは、大きな意味での教育支援であると言えるだろう。

 また、コミュニティデザイナーは最終的に「地域の人たちから必要とされなくなること」が目標であるという。潔い考え方である。通常、受託ビジネスは、できるだけ顧客から継続的に仕事を貰いたがるものである。とすると、将来的には、コミュニティデザイナーという役割、考え方は、多くの人の中の教養として浸透していくのか、あるいは、地方自治体からの公共予算による発注なく成立するような段階まで行くのかもしれない。そんな想像をしながら本書を読み終えた。これは、戦後失われた自治の力を日本社会が「正しさ」ではなく「楽しさ」を拠り所に取り戻していく過程なのかもしれない。

 個人的な発見は、序盤で紹介されている都市と農村の人口変化のグラフで、江戸時代以降、農村人口は都市との対比においては人口比率を落としてきてはいるが、人口としては激減しているわけではない、ということである。様々な技術革新がある現代においても、江戸期に比べ、そこまで農村人口が減っているわけではないのであれば、いろいろ前向きな策を考えることができる予感がする。

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