確認ライダーが行く

第14回 ファストファッションの確認

 DCブランドブーム、という言葉を耳にすると、ふて腐れた態度を取りたくなる。いまだに、あのブームを水に流せないでいる。
 80年代。バブルと呼ばれた時代である。当時、わたしは高校生だったが、バイト先のパン屋の時給は500円程度。月々のおこづかいが5000円。親が万札をかざしてタクシーをとめた、というエピソードもなく、バブルはテレビの中のできごとだった。
 にもかかわらずの、DCブランドブームなのである。
 どうということもない白いペッラペラの長袖シャツも、人気ブランドのタグがついていれば1万円。それを奪い合うように買っていた。別に白いシャツが欲しかったわけではなく、それが一番安かったからなのだが、そういう悲しい買い物の仕方をしていた自分にも、モヤモヤが晴れぬままなのである。

 高校の修学旅行は、私服を披露するためのステージでもあった。
 DCブランドの服以外はダサい。めちゃくちゃ狭い了見のもと、わたしたちはステージ衣装に頭を悩ませた。悩んでいるだけではどうにもならず、みなバイトに精を出した。
 スーパーのレジ打ちをしているクラスメイトも多かった。バーコードで「ピッ」以前なので、値段はすべて手打ち。友人たちはノートにレジの絵(値段を打ち込む数字のところ)を描き、授業中も指の動かし方の特訓をしていたものだった。「1」は親指で打つと速い。仲良しだったまっちゃんの名言が忘れられない。
 でもって、修学旅行当日。バイト代をはたいて買ったブランドのロゴ入りトレーナーが自分に似合っていたのかは不明だ。わたしは手が長いので、おそらくサイズが合っていなかったはず。しかし、それは些細なことだった。DCブランドなのかどうかが重要だったのだから……。

 時は流れ、ファストファッションなる店がどかどか街にできている。安くて、気軽に着られて、デザイン性も高く、商品のサイクルも早い。2008年に日本に上陸した、スウェーデン生まれのH&Mが、火付け役のようだ。
 渋谷のH&Mの前を通るとき、色とりどりの洋服がガラス越しに見える。
 「きれいだなぁ」
 夜などは、ライトアップに思わず見入ってしまうほど。
 今夜、この中にわたしの欲しいものが、あるのかもしれない。
 ふいにそんな気持ちになり、デパ地下で晩のおかずを買うつもりの時間配分で書店から出て来たくせに、ふらふらとH&Mに吸い寄せられて行く。
 どの人が店員なのかはパッと見、わからない。客かと思っていた人が店員で、大量の服を持っているから店員だろうとふんでいたら、客なのである。
 いらっしゃいませ、と言われることなど、誰も期待していない。
 「自分ちの巨大なクローゼットで、明日の服を選んでいるだーけ」
 客はそんな素の顔で、手にした服を鏡の前でとっかえひっかえしている。ハウスマヌカン時代に受けたヒリヒリした接客をいまだ根に持っている身としては、この軽やかさが眩しい。
 ぱっと目を引く派手なプリント柄のワンピース。
 襟元に凝ったヒラヒラがついたクラシックなブラウス。
 袖がパックリと割れ肩があらわになるちょっとセクシーなカットソー。
 値札を見ると3000~4000円程度。サイズ展開も小刻みで、ずらりと並べてかけてあるので、奥から出してきてもらう手間もない。
 店内は、たくさんの絵の具を出したパレットのように色とりどりだ。わたしは、幾何学模様のブラウスなど手にしつつ、なんか、こういうのでよかったんだよなぁ、といつも思うのだった。
 自分に似合う服など、よくわからなかった17歳のわたし。
 「ね、これどお?」
 と、はしゃぎながら、友人たちとあれこれ試着し、一番似合う服を選んで着たかった。テレビの中のバブルは、あの頃、高校生だったわたしたちに、洋服を選ぶ楽しさを教えてはくれなかった。
 今のわたしにはファストファッションの服は、ちと、若い。体型的にもいろいろ問題がある。さらに、近頃、新たにエシカルファッションなるものもちらりと耳にする。環境問題などにも配慮し、いいものを長く着るというスタイルが注目されているそうな。
 でも、でも、わたしは時々、H&Mで、服を選ぶ。選んでいるのは「17歳のわたし」。
 少ないおこづかいだって、いろいろ買えるんだね、服を選ぶって楽しいんだね。
 時空を超え、脳内の「17歳のわたし」が黙視のみで試着しているのだった。