人はアンドロイドになるために

1. アイデンティティ、アーカイヴ、アンドロイド 前編

 その日のハルはボロボロだった。楽屋でのやりとりを思い出してしまい、歌詞やダンスの振り付けを何度かまちがえた。ハルのプライドを傷つけるには十分なくらいのミスだ。

 いっぽうユキは、何事もなかったかのように、そんなミスをしたハルをMCでいじることで、ファンを喜ばせる。ハルは怒って

「機械のように正確に、ってわけにはいかないんだよ」

 と漏らす。ユキは「おお、こわい」というポーズを取っておどける。

「ハルはね、こないだアンドロイド化が発表されてから、ずっとアンドロイドのことばかり言っている」

「いや、それはお前だろ。さっきも……」

「あんまり間違えるようじゃ、ハルの代わりにアンドロイドが歌うようになるかもね。そしたら私もステージに立つのをやめて、データで音を流して客席で観てる」

 観客は冗談だと思って笑っていたが、ハルは言葉を詰まらせる。

 ユキは一度もミスらしいミスをしなかった。「こいつは性格の悪いマシーンだ」とハルは思う。

         *

 ユキの意志は固かった。

 何度もハルは説得にかかったが「アンドロイドを取るか私を取るかどちらかにしろ」というユキの意向は変わらなかった。ハルは「自分たちの音楽活動は、こんな程度のことでギクシャクするような関係だったのか」と悲しくなった。「アンドロイドをつくったところで自分が何も変わらない」という姿を見せればユキも冷静になって納得するのではないか、と思うようにもなった。

 ハルはもともと浮気性だった。性愛においては、完全に。病的に。ゴシップ誌に何度撮られても学習することがなく、次々に相手を取り替えていった。

 しかし音楽については、ユキ以上の存在を見つけたことがない。ただ、アンドロイドを手に入れたら、それはそれで新しい可能性が開けるかもしれない、という思いがハルのなかで膨らみはじめていた。ユキが理不尽な理由によって自分の歩みを拒絶し、離れようとしていたからこそ、よけいに。ユキは男嫌いが噂されるくらい、ハル以外の男を仕事上でもほとんど近づけてこなかった。「俺がいなくなったら、あいつ、これからどうやって音楽を続けていくつもりなんだ……」この期に及んでも、ハルはユキの先行きを心配している。

 性的にはクズだが、音楽には真摯。そういう人間だった。

 最終的な話し合いは、彼らのマネジメントを担当する所属事務所の、不必要に広い社長室で行われた。窓から自然光が降り注ぐ静かな部屋の奥にあるソファに、ハルとユキ、そして社長の三人が腰かけている。日曜の朝という時間帯に似つかわしくない緊張感を放ちながら、それは終わった。

 ハルノユキでは、ハルはユキの歌が映える曲づくりを心がけてきた。ユキの才能を自分以上に引き出せる人間などいるはずがない、と彼は自負していた。自分が離れてしまえば、ユキは迷走してみじめな姿をさらす。そんな未来が、ハルには想像できた。幼少期から「音楽の世界で一番になる」というひとつの夢を追いつづけてきた相方を思うと、残念ではあった。「もとはと言えばユキがわけのわからないことを言うからこうなったのだ」とハルは自分を納得させる。彼は一度たりとも「アンドロイドか、ユキか」という二択で捉えたことはなかった。だがなぜかユキはその考えに取り憑かれ、対抗心を燃やしている。

 ユキの言うことは、ハルにとっては支離滅裂だった。「アンドロイドの“たいこもち”はやってられない」「人間の自分が、機械の下になることへの抵抗感がある」云々。

 ハルは鈍感だった。ユキはハルノユキでいつもハルの次に注目される二番手でしかなかった。そしてユキは、自分にはたいした作詞作曲能力がないことがコンプレックスだった。そして同時に、ハルを独占したがってもいた。歌唱について「完璧」「機械のように正確無比」と評されてきた彼女は、ハルの求めるクオリティを「完璧」に、「正確無比」に歌える機械、それも人間の声帯とほとんど同じ質感の音を放てる機械が身近に現れたとき、いわく言いがたい感情を覚えてしまった。それらの積み重なりに、ハルは気づかなかった。そう語る人間がいても、「そんなバカな」と思い、気にすることができなかった。「ユキはハルに恋愛感情があって、それがこじれた」などというファンの見立ても、彼は一蹴していた。「そんなことでこじれるなら、とっくの昔にこじれている。だいたい俺は一度もユキから好きだのなんだと言われたことがない」と。

 事務所でふたりの対話を取りしきることになっている八〇代の社長は、ジャズマン出身だった。ハルにとっては不幸なことに、機械を嫌い、おそれるテクノフォビアだった。彼はユキの肩を一貫して持ち続けた。

「ジャズの本質はインプロヴィゼーション、即興演奏の魅力にある。君たちの音楽も、ライブであれば毎回違った会場で、違ったお客が入り、違った魅力を持つものになっているはずだ。機械は同じことのくりかえしはできるが、微妙なニュアンスをその場の空気に合わせて変えることができない。機械に、音楽という人間がつくりだした最高の芸術まで奪わせるわけにはいかない」

 などと社長は言った。しかしハルに言わせれば、インプロヴィゼーションも機械でかなりのことはできてしまう。ルールに従った即興ならば、機械のほうがうまくできる。簡単な作曲だって、人工知能DJだって、とっくの昔に機械ができるようになっている。ハルはがまんできず、ユキとの本題そっちのけで口論をしてしまう。

「そもそも機械を使わないで音楽活動をしていくのは、今日ではむずかしいことです。『生歌』と言ったってマイクやアンプを通して表現していることが多い。大きな会場でライブするときはみんな機械が曲のテンポを刻んでくれるクリック音を聞きながら演奏している。人間が、機械に合わせて音を出している。クリックを使わずに広い会場で距離を離れた人間同士が弾けば、どうなるか。音が届くまでの距離のせいで演奏のテンポがズレてしまう。クリックなしでは、大会場でのライブは成立しない。それに、人間はこれまでも自動演奏する機械を使って音楽を表現してきた。自動演奏するシーケンサーだって日常的に使われています。それを使えば、いかにも人間くさいリズムの揺れや訛りだって設定次第では作り出せる。もちろん、だとしても、ドラムマシーンが登場したあともドラマーに仕事はある。人間の歌がなくなるわけじゃない。僕は自分のアンドロイドを手に入れたけれど、ユキを失いたいわけじゃない」

 社長は落ち着いたまま返す。

「それは、わかっている。ただ、いくらロボットが歌ったところで、本物の感動はつくりだせない」

 ユキも口を出し始める。

「ハル、論理的に考えて社長が言いたいのは、ギターをアコースティックからエレクトリックにするようなことじゃない。人間の演奏を、ロボットやアンドロイドで代替させるなんてできない、という話だ」

「そういう話は聞き飽きてるよ。『機械の歌には感動しない』なんてウソっぱちだろ。俺らは合成音声がつくりだす歌、ボーカロイドを使った楽曲を、生まれたときから聞いて育ってきた。ラップトップPCで作られたダンスミュージックにだって数え切れないくらいの名曲がある。俺たちはそこに喜びや悲哀を感じてきたはずだ。そして俺をコピーしたアンドロイドの歌には、最先端の合成音声技術の結晶が使われている。いや、そもそもアンドロイドの歌に感動しないなら、録音物の歌に感動することもありえない。録ったものを再生する――そういう意味では、原理的には同じことだ。だけど録音された歌が世界中に配信され、いろんなアプリで聴かれ、人は感動を覚えている。なぜアンドロイドの身体を通したら感動しないものになるのか。そんなわけがない。録音された音楽を使って世界中のDJたちは人々を踊らせている。同じ音楽しか再生できないメディアであっても、聴く人の体調や心理、環境によって違った音楽に聞こえる。当たり前のことだろ? 俺には、音楽に、芸術にロボットやアンドロイドを持ち込んだとたんに拒絶反応を示すひとたちのことが理解できない」

 そうじゃない、とユキが静かに漏らす。

「ハルは自分がアンドロイド化されたことによって永遠の存在になれた、と言った。私はなれない。なりたくもない。仮に私のアンドロイドができたとしても、『この私』は年を取り、老いて声が出なくなり、からだが動かなくなっていく。肌だって衰えていく。今みたいなパフォーマンスは、できなくなる。『ハルノユキ』がこのまま長く活動を続け、片割れである私はババアになり、しかしハルはジジイになっても代わりにアンドロイドを立たせられる。私はどんな気分になる? シリコンやウレタンでできたハルのアンドロイドの肌は定期的に交換されていつまでも若々しく、ダンスのキレは最盛期のまま。老いた私は踊れば息切れし、出ない音程も出てくる。ハルをコピーしたアンドロイドがこの世の中に存在するということは、そういう状況を招く、ということなんだよ?」

「つまり? 比較対象であるアンドロイドとステージで並ぶことがイヤだから反対しているわけか? そんなの、恥をかきたくないだけだろ。俺だって老いる。三〇年後にステージでアンドロイドと並べば、自分を情けなく思うかもしれない。しかし、プロデューサーとしての俺は“彼”の歌や踊りに満足するだろう」

「私はハルと違ってプロデューサーじゃない。ただの歌手だ。自分が替えの効く存在だとは思いたくない。機械に居場所を奪われるのも、比べられてバカにされるのも耐えられない。アンドロイドに、ハルの時間を奪われるのも耐えられない」

「いや、それは話が逆だろ。アンドロイドがあれば俺の代わりにあちこち行って歌ってくれるわけだから、俺自体の時間は今までより増えると思う」

「ハルは、本物のハルノユキじゃない歌、ロボットが歌うライブを観て喜ぶ人に対して、まがいものを提供しているという気持ちにならないの?」

「そんなことを言ったら、今だって俺たちのライブをヘッドマウントディスプレイをつけてVRで楽しんでいる人はいっぱいいる。だけど自宅でHMDごしにライブを観てもらうよりは、アンドロイドの歌であっても会場の空間を共有してもらいたい。声が空気を震わすその場所にいてほしいんだよ。俺は別に、俺個人を観てほしいわけじゃない。俺の音楽を、ナマで、最大限楽しんでもらえればそれでいいんだ」

 この時代には、ライブ会場に設置されたカメラと視聴覚を共有して、自宅にいながらにしてリアルタイムでVRライブを鑑賞することは一般的になっていた。ただし、VRのかもしだす臨場感には限界があった。その場のにおいや空気感までは伝えることができない。アンドロイド技術者たちは「生身の人間のパフォーマンスをHMDごしで観るよりは、アンドロイドのパフォーマンスをナマで観るほうが、臨場感があり、満足度が高い」と自負していた。実際にそういう研究結果も出ていた。

「ハル。私の父さんはね、アンドロイドにとても苦しめられたんだよ」

 ユキの父は落語家である。その師匠は世界で二番目にアンドロイド化された落語家だった。ひとりめは五代目桂米朝。ふたりめが、ユキの父の師匠だった。人間国宝、無形文化財。ややこしいことに、ユキの父は、師匠うりふたつの語りを特徴としていた。だが、師をコピーしたアンドロイドのほうが、人気の面では勝った。ユキの父は「生身でするコピーには、それはそれで価値がある」と言っていたが、ユキにはその意味がわからなかった。父はどうして師匠の真似ばかりするんだろう。やめればいいのに、と思っていた。と同時に、アンドロイドを憎らしくも思った。

「その話も何度も聞いた。だけど、俺には意味がわからない。ユキは理屈が通っていない。感情的にも、さっぱり納得できない」

 今のユキをロジックで説得することはできないだろうことを、ハルは理解していた。彼女の反応は生理的なもので、何か地雷を踏んでしまった俺は信頼を失い、もう後戻りできないのだ、と。これまでも、他の女との恋愛や肉体関係においてはたびたびそういうことがあった。ユキとの音楽活動では、初めてだ。

「ハル。ひとが何かを決断するときには、理由がたったひとつ、なんてことはない。いくつもの理由が絡んで、結論を出す。そこには言葉にはできないようなことだってある。悪いけど、すべてを説明することはできない。論理的に言って」

 何をどうやっても、ハルはユキの心を変えることはできなかった。ユキも、ハルの心を変えることができなかった。ハルの「アンドロイドをつくりたい。試してみたい」というきもちをなくすことはできないのだ、と彼女は悟る。アンドロイドを使った音楽活動に対する好奇心、挑戦的な姿勢……それが言外に滲み出ている。本人は「そこまでのものじゃない」と言うが、目が、口調が、その発言がウソであることを物語っていた。

 あたらしいことにチャレンジしなくなれば、ハルはハルでなくなる。そういう熱狂に包まれているときのハルには、何を言ってもだめなのだ。ユキはそれを知っていた。だからあきらめ、受けいれた。

 こうして「ハルノユキ」は解散する。

 公式サイトに出された声明に、ユキは書いていた。

「ハルが永遠を求めるなら、私は瞬間を求める」

 

(「アイデンティティ、アーカイヴ、アンドロイド(後編)」につづく〔10月28日更新予定〕。)

 

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