私が小説を書く意味

 私が小説を書く意味は、限られた研究の時間でより多くのことを想像するためである。

 

 研究には二つの種類がある。問題解決型と問題発見型である。

 すでに誰かによって指摘された解決困難な問題を解くことを目的にする研究が、問題解決型。ノーベル賞の多くはこちらのタイプであろう。

 もうひとつは、問題そのものを発見する問題発見型。人間とは何か、ロボットは何かという問題は、明確に定義された問題ではなく、その理解の方法さえも研究対象になる。私の研究はどちらかと言えば、この問題発見型の研究になる。特に、直感を頼りに開発されたロボットを通して人間やロボットを理解する試みは、構成的アプローチと呼ばれる。何かを構成(開発)して、それが人間らしいものになったとするなら、そこに人間の原理があるはずだと考える。つまり、構成したものを通して、人間とは何かを考えるという問題発見型のアプローチとなる。

 問題発見型の研究に取り組むには、理論的な思考だけでなく、芸術的な直感で、まだ世の中に無いものを作り出す力、未来を見通す力が必要になる。

 この構成的アプローチをとる問題発見型の研究における手順は、おおむね次の通りである。直感により、人間らしいと思われるものを作る。さらに認知科学的実験等により、人間らしさを確認する。構成したロボットの仕組みと認知科学的実験から、人間理解に関する新たな仮説を得て、問題を発見する。発見した問題(仮説)は、科学的アプローチや、再度の構成的アプローチを通して、より、人間の本質に迫る仮説へと深化させられる。

 問題は、このような問題発見型の研究は、一般に時間がかかることである。問題解決型であれば、運がよければ、数年で問題を解決できることもある。しかし、問題発見型は、たとえば理解が難しい人間に対する仮説を発見しようというものであり、人間の定義が技術進歩と共に変化するものだとすると、いきなり人間の本質を説明する問題(仮説)を発見することはなかなか期待できない。徐々に仮説を深化させる必要がある。

 それゆえ、私の残りの研究者人生の中で、人間について手順を踏んだ研究を続けても、発見できる問題には限りがある。だが、この問題発見型の研究において、時間のかかるロボットの開発や、人間らしさの確認などの実験を全部省略して、想像の世界だけで、構成論的アプローチを展開してみたらどうだろう。もちろん、その試みには、検証されていない事柄の上に議論を積み重ねてしまう危険性が伴う。しかし、問題発見型の研究では、そうした丁寧な研究と同じくらい、未知のものを想像する力、未来を予測する力が重要である。限られた研究者人生の中で、創造力をめいっぱい膨らませてみれば、これまでの研究では見えなかった問題が見えてくるかもしれない。

 これが、自ら小説を書いてみようと思った動機である。(石黒浩)

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