資本主義の〈その先〉に

最終回 資本主義の思弁的同一性 part4

4 楽園=荒野

 

 ケインズの理論――階級と予期の諸類型

 

  ここまでの連載で強調してきたことは、資本主義は、単に経済的な現象ではない、ということだ。だから、われわれは今、こうして宗教について論じている。この点をよくよく理解した上で、資本主義の経済的なアスペクトを分析したのが、マルクスである。マルクスを別にするならば、資本主義が経済に尽きないことを理解した上で、経済としての資本主義に関して透徹した洞察のまなざしを向けた学者の代表は、ジョン・メイナード・ケインズだ。

 ここで、ケインズの議論を媒介にしたい。ケインズは、将来の可能性への「予期」を、経済の中核的な要素と見なしているからである。彼の主著『雇用、利子および貨幣の一般理論』で最も重視されていることは、予期(あるいは期待)がもつ生産的な効果である。この本は、普通は、政府の財政出動による有効需要の創出によって、景気を浮揚させることを説いた、とされている。しかし、最も重要なことは、有効需要そのものではない。将来の有効需要について、不確実な見通し(単なる可能性)としてではなく、確実な事実(現実以上の可能性)として人々に確信させること、これである。もちろん、そんな確信をもたせるためには、普通は、政府が実際に公共事業に投資するしかない。だが、実際に公共投資をしなくても、人々が、将来の有効需要について、さながら現実のように確信をもつことができれば、それで十分に経済効果はあった。

 このことは、事実によっても証明される。一般には、フランクリン・ルーズベルト米大統領による「ニューディール政策」が、まさにケインズ的な政策(政府主導の大規模な公共事業)の嚆矢とされている(2)。しかし、景気回復の原因はニューディール政策にあったわけではない。ルーズベルトが大統領に就任したのは19331月で、そのすぐ後、つまり同年3月~7月の間に、アメリカの工業生産高は倍近くになっている。しかし、この段階では、政府はまだ何もしてはいない。景気対策のためのプログラムが議会に提出されたのは、それよりもずっと後のことである。非常に早い好況の到来は、大統領の就任だけで、投資をもくろむ企業家にとって、将来の有効需要についての積極的な見通しが立った、ということを示している。

 ケインズの理論の、われわれにとって興味深い点は、社会の階級構造と予期の形態とが対応づけられていることである。ケインズによれば、社会は、三つ(二つではなく三つ)の階級に分節されている。労働者(=消費者)、企業家、投機家(金利生活者)で、それぞれ、労働力の、実物資本の、そして金融資産の所有者として定義される。それぞれの階級は、それぞれ固有の仕方で将来を予期する。労働者階級は慣習的予期を、企業家階級は長期的予期を、そして投機家は機会主義的予期をもつ。

 慣習的予期とは、単に過去の傾向を将来へと延長し、未来に外挿することであり、むしろ予期の否定であるような予期、新しいことへの予期を含まない予期である。機会主義的予期も、ごく短期の情況認識であり、これも、現在の知覚の単純な延長上にある認識の働きで、やはり予期性を十分に発揮してはいない。

 予期らしい予期、予期としての予期は、企業家階級に属する長期的予期である。ここで、ケインズとヴェーバーが交叉する。長期的予期をもって行動する企業家の精神こそ、ヴェーバーが言うような意味での「資本主義の精神」と対応しているからだ。

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