ちくま文庫

神秘に満ちた異世界・明治ニッポン

ちくま文庫『世界漫遊家が歩いた明治ニッポン』解説

明治の日本を訪れた外国人の記録から当時の日本旅行を描き出した、11月のちくま文庫新刊『世界漫遊家が歩いた明治ニッポン』(中野明氏著)。同書より人気旅行エッセイストの宮田珠己さんによる解説を公開します。現代のバックパッカーが見る、明治のバックパッカーたちの姿とは。

 旅好きな友人たちと話していたとき、もしどこにでも行けるとしたら、どこへ行きたいか、という話題になった。
 そうだなあ、パタゴニアなんて行ってみたいな、と答えようとした私の機先を制して、ある友人がこう言った。
 「明治維新の頃の日本に行きたい」
 え、そんなのありか!
 だったら私は平安時代とか鎌倉時代とか……と慌てて検討したのだけれど、たしかに過去の日本というのは旅先として魅力的だと思い、とっさの友人の発想に唸らされたのだった。
 なるほど、明治の日本か、それは素敵な旅になりそうだ。
 私は20代から30代にかけて、ザックを背負っていろんな国を旅してきた。いわゆるバ
ックパッカーである。
 旅に求めていたのは、やはりエキゾチシズムだ。日常生活のくびきを逃れ、異世界をさ迷い歩きたい。その世界の風物が見慣れないものであればあるほど魅力的だ。
 そんな私にとっても、明治の日本は、今までに訪れた多くの海外の国々にも増してエキゾチックな印象を受ける。
 自分自身日本人でありながら、なぜ明治の日本に興味を惹かれるのだろうか。
 そこには自国の歴史をこの目で見たいという気持ちもあるだろうし、古きよき日本への郷愁という安易なロマンチシズムも混じっているかもしれないのだが、それ以上に、明治の日本には、何か現代日本とは断絶した、奇妙な華やかさのようなものが感じられる。
 そう感じてしまうのは、明治時代に日本を訪れ、日本についてのいくつもの著作を残したフランス人作家ピエール・ロチのせいかもしれない。
 ロチの描く日本は、決して描写が間違っているわけではないのに、そこらじゅうユーモアに満ち溢れた珍妙な国に感じられた。
 鳥居というぶっきらぼうな存在に驚き、家が木と紙でできているといって不思議がる。大仏を途方もない冗談みたいだといって笑うかと思えば、フジヤマを地球外のものと見立てて恐怖を感じたりする。ロチはありとあらゆるものに神秘と可笑しみを見出す天才であった。彼の作品を読むにつれ、私は自分の国にもかかわらず、彼の見た日本を見てみたいと思うようになっていった。
 作家の手際に惑わされただけかもしれないが、必ずしもそうとは言いきれない。ロチに限らず、当時の西洋人にとって、日本はやはり神秘の国だった。
 考えてもみてほしい。日本の北部、オホーツク海周辺などは、明治維新のつい半世紀ほど前まで、海と陸がどうなっているのかさえわからない未知の領域だったのだ。ヨーロッパ人によるアメリカ大陸発見が1492年、南米最南端マゼラン海峡は1520年、ベーリング海峡でさえ1728年には発見されていたのに対し、樺太が島であることが証明されたいわゆる間宮海峡の発見は1808年なのである。とびぬけて遅い。日本周辺は、世界地図のほとんど最後のピースだったと言っていい。
 当時の西洋人が、世界旅行を思い描きながら地図をひろげるとき、日本はすごろくでいうあがり、もしくは旅のクライマックスのような存在だったかもしれない。
 西欧とは極端に違うタイプの高度な文化を持ちながら、長い間、諸外国との接触が極
度に制限されていた謎の国。
そして、近代化によって今や彼らとほぼ似た感性を身につけてしまっている現代日本人の私にとっても、そこは神秘に満ちた異世界に思えてしかたがないのである。

 この本は、そんな謎の国日本にやってきた外国人旅行者たちの旅日記を紐解きながら、彼らの旅のありようを活写する。
 明治の日本を訪れた外国人がどのように日本を見たか、という観点での研究は少なくないが、この本のもう一つの卓抜な視点、彼らがどのように日本を旅したか、については、バックパッカーだった自分の嗜好を差し引いても、読み応えがある。
 同じ明治といっても、護衛を雇わなければいつ命を狙われるかわからなかった前期と、鉄道が開通し、東海道を楽に旅することができるようになった中期以降では旅の様相もまるで違うのだ。私の知る限り、これまでこのような外国人の旅行スタイルについて詳しく記したものはあまりなく、その意味で、稀有な研究本でもある。
 彼らは、予算や旅行免状(いわゆる許可証)、そして治安などの問題に悩ませられながらも、果敢に北海道から九州にいたる日本全土に散らばっていった。トーマス・クック社の世界一周ツアーに参加し有名観光地を巡った者もいれば、単独で奥深く分け入った者もいた。スタイルは違えど、誰もが好奇心に満ちあふれ、当時の日本が旅行ブームに沸きたっていたようすが行間からうかがえる。
 なかでも有名なひとりが、『日本奥地紀行』を書いたイギリス人女性イザベラ・バードだ。
 『日本奥地紀行』には蝦夷地への旅の過酷さが執拗に描かれているが、なにも彼女だけがそんな冒険旅行をしたわけではなかった。彼女には有能なイトウという日本人ガイドがついたが、ガイドなしで冬の中山道を踏破した旅行者もいれば、ガイドはもとよりテントも持たずにひとりで北海道を一周した(おまけに骨折しながら旅を続けた)豪胆な画家もいたのである。
 そういう人間はいつの時代にも必ずいるものらしい。私も世界を放浪していた頃、そうやって他の旅行者が行っていない土地を目指す若者に多く出会った。誰も知らない場所へ行ってみたいという好奇心と同時に、邪推かもしれないが、誰もしていないことをやって優越感を得たい気持ちもあるように見えた。
 イザベラ・バードにもそのような気持ちがあったらしいことが、この本では指摘されている。そんな話を聞くと、当時の旅行者たちの状況が自分の経験と重なるように思えて、生々しく立ちあがってくる。
 さらに著者による旅行者の満足度の分析も腑に落ちた。
 旅行者には旅それ自体を目的にする者と、旅とは異なることを目的とする者があり、異なる目的とは、たとえば絵を描くとか、美術品の収集とか、化石植物の収集などだが、彼らの満足度は旅の快適さとはまた別のところにあったという。
 それは現代の旅でもまったく同じだろう。今も昔も旅人は多様だ。
 唯一現代との違いで思いつくのは、内省的な旅、いわゆる自分探しのような旅が登場しないことだが、あるいはそれは書かれていないだけで、実際にそういう旅をした者もいたかもしれない。
 いずれにしても、明治日本を旅した西洋人旅行者たちは、現代の旅人と変わらない感性の持ち主だったのであり、そう思うとますます彼らの旅が身近なものに感じられてくる。
 そしてそのとき、彼らにとって日本という旅先があったことがうらやましく思う。
 探検家でさえ、地球上にもう探検する場所がないと嘆く現代において、これほどの不思議に満ちた未知の世界を旅することは、もはや不可能にも思えるからだ。

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