ちくま新書

科学は「百聞」よりも「一見」が大事

11月刊、橋本毅彦『図説 科学史入門』の冒頭を公開いたします。なぜ「図」なのか? その意味がわかります。

  私の一枚とという企画で記事を書くことを頼まれたことがある。 
  私の選んだのは「17世紀の月面図」と題した、月と諸惑星の17世紀に描かれた図だった。その図には中心に大きく月面図が描かれ、その隅(すみ)には縞(しま)模様の木星、輪っかのついた土星、月齢の若い月や同じように三日月のごとき金星が配される。中央の月面は暗黒の影の領域と明るい領域に分かれ、そこに大小無数の円形模様が書き込まれている。
 その絵には、留学中、図書館内で出会った。大判の雑誌に折り込まれたその絵を広げると、大きな月面と小さな諸惑星の姿が現れた。これはきれいだと、暗い図書館内で口元を緩(ゆる)めながら見入ったことを覚えている。
 図に描かれた月面や惑星の姿から、当時の天文学や科学の状況を読み取ることができる。三日月状の金星など、望遠鏡がなければ見ることができなかったが、その姿は常識的な天動説ではなく、非常識な地動説とよく符合した。
  収録していた論文にはそれだけではなく、月面図の作者である望遠鏡製作職人と、望遠鏡の製造と販売が当時のいわばハイテク産業だったこと、そして土星を観測し真の姿を探り当てた科学者とその望遠鏡職人とが鍔(つば)迫り合いを演じたことが紹介されていた。
  挿絵(さしえ)、版画、写真、グラフ……。図には、文章の解説と同じように多くの情報が盛り込まれている。「百聞は一見に如かず」の言葉通り、図には文章では説明しきれない重要な、決定的な情報が盛り込まれることがある。
  本書はそのような一見に値するような図像を100枚あまりそろえ、科学史発展のストーリーの中でそれらを位置づけ、図の背景にある科学の内容や人間模様を説明しようとするものである。その中には風景画や研究の情景を表す図もあるが、そのほとんどは研究論文や学術書に挿入された図像である。17世紀の月面図も(前述製作職人とは違う作者だが)入れておいた。
  これらの図像の解説にあたっては、数多くの最近の研究文献を参考にした。図像を題材に取り上げた科学史研究は、近年数多く発表され活況を呈している。あるいはすでによく知られているが、科学史の重要な局面を示してくれるような図も随所で取り上げることにした。そしてそれらの図が物語るエピソードを、分野別・時代順に配列し、近代から現代に至るまでの科学の諸分野の大まかな歴史的流れを追えるようにした。
   全体の構成は、七つの自然科学の専門分野が扱う領域、天文、気象、地質、動植物、人体、顕微鏡下の世界、原子・分子・素粒子を1章ずつ取り上げ、各章で10枚ほどの図像を紹介しながら話を進めていく。宇宙と大地、その間の大気に関する自然科学を初めの3章で取り上げ、続く3章で動植物、人間、そしてミクロの生物に関する科学を取り上げる。
   最後の第7章ではさらに小さな分子・原子・素粒子などを扱う化学や原子物理学の発展を追う。またそれに先立つ序章において、近代から現代に至るまでの科学の歴史を概観し、右の七つの分野の科学発展の流れをあらかじめ簡単に解説しておいた。読者はこの序章を読んでから各章を読み進めるとよいだろう。だが、そうせずとも各章の中のどの一節をとっても、読み切りの話題として読むことができるだろう。

 

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