短短小説

第14回 面接

「次の方どうぞ」
「はい」
 リクルートスーツの襟を正して、背筋を伸ばし、ドアをノックした。
「お入りください」
「失礼します」
 部屋に入ると面接官が一人テーブルの向こうに座っていた。
「山本栄一郎です。よろしくお願いします」
 椅子の脇に立ち、面接官の目を真っ直ぐ見て、滑舌よく伝えた。言い終えた瞬間に口を「イ」の形にして、自然な笑顔を作ることも忘れない。第一印象の大切さは、角田新書から出ているベストセラー『第一印象ですべてが決まる』で学習済みだ。初対面の会話においては内容よりも印象の方が重要だとその本に書かれていた。
「どうぞお掛けください」
 面接官は四十歳代くらいだろうか。白髪まじりの清潔感のあるヘアスタイル、やせ形で、目元にやさしげな笑みを湛えている。私の挨拶を見るなり、履歴書に何か書き込んだ。
「では、自己紹介をお願いします」
 面接官が鼻の頭を軽く搔きながら言った。今だ。すかさず私も鼻の頭を搔いた。これは海山文庫から出ている『明日からあなたも〝人たらし〟になれる心理学』で学んだミラー効果という手法だ。人は同じタイミングで同じ動作をする相手に対して自然に好意を持つようになるのだという。
「私の長所は、失敗をしたことがない、ということです」
 面接官が目を丸くした後、微笑んで、履歴書に何かを書き込んだ。
「なんと。あなたは一度も失敗をしたことがないのですか」
 面接官がからかうような口調で訊ねた。しかし、これも予定通りだ。フェニックス新書の『言葉の力〜誰も教えてくれない魔法の会話術〜』に出て来るインパクト話法を用いたのだ。最初にわざと強烈なインパクトの言葉を持って来ることで、相手の興味を一気にこちらに引き込むのだ。
「はい。私は失敗したことがありません。私は失敗というのはこの世にはないとさえ思います。というのも、失敗を単なる失敗と捉えてうじうじ傷つくか、失敗を明日の教訓と捉えて立ち上がって歩き出すかで、人生は大きく変わって来ます。その意味で、私にとってこれまで数多くの教訓はありますが、失敗というネガティブな経験は何一つありません。大切なのは失敗をしないように生きることではなく、成功しなかった原因からどれだけ多くを学べるかだと、私は思っています」
 適度に身振り手振りを混ぜながら、自信を持って一息で言い切った。これは東京ビジネス新書から出ている『一流に見せる会話術』で学んだ。人を引き込むスピーチをするには、相手が求めている人間像を演じる演技力がいちばん大事なのだ。しかし演じることに没頭してはならず、常に相手の表情の変化に敏感でいなくてはならない。その瞬間瞬間に求められている人間像というのは、会話の流れに合わせて刻々と変わり続けているのだ。
「ん、なるほど」
 面接官が浮かない表情で履歴書に何かを書き込んだ。小さく首を傾げている。しまった。相手が求めているのは、優等生ではないのかもしれない。
「はい。では、自分の短所は、何だと思いますか」
 面接官が前髪を撫でたので、私もそれに合わせて前髪を撫でてから喋り出した。好意を持って欲しい。
「長所は短所の裏返しとも言いますから、短所は、この通り少し自己主張が強すぎるところだと思います」
 口角を上げて、明るい声で言った。ネガティブな話ほど、明るく言うべきである。江川文庫の『暗い人だと思われないために』で読んだことがある。
「ははは。面白いね、君は。自分がよく分かっている」
 面接官が褒めているとも嫌味ともとれる笑い方をした。どっちだ。気をつけろ。こういった褒め言葉こそが一番返答が難しく、性格が出てしまうのだ。
「いえ、ぃぇ、ぃ……」
 首を横に振って言葉尻をぼやかして俯く。これはABC新書から出ている『本性はかならず仕草に出ている』で学んだ。褒め言葉に対して、「ありがとうございます」などと言って謙遜しないのは危険だ。だからと言って「そんなことありません。人間というのは自分のことがいちばん分からない生き物ですから……」などと話を長引かせてしまっても、お世辞への返答としては印象が悪い。つまり、褒め言葉はなるべく短時間で簡潔に処理するのが正解なのだ。
「なるほど、なるほど。志望動機を教えて下さい」
 また面接官が何かを書き込みながら言った。
「私事ですが……四年前に父が脳卒中で他界して、その時、健康の大切さ、命の尊さについて改めて考えさせられました。〝元気があれば何でも出来る〟とは、アントニオ猪木さんの有名な言葉ですが、私も健康こそが一番の宝物だと考えます。一人でも多くの人の健康の手助けをしたいと思い、オーガニックレストランチェーンのパイオニアである御社を希望します」
 暗い話の最中に意外なタイミングでキャッチーな言葉を混ぜると、言葉のコントラストが強まって相手に強いインパクトを残すことが出来る。これは岩川書房の『話し方が9割5分』に書いてあった。会話において伝え方と伝わり方は似て非なるもので、特にこういう面接のような親しくない者同士が話す場では、〝伝え方〟ではなく、〝伝わり方〟のほうが何倍も重要なのである。
「似てないね」
「はい?」
 面接官の顔を覗き込んだ。
「さっきのアントニオ猪木。似てないね」
 面接官が残念そうに眉間に皺を寄せている。この人は何を言っているのだ。言葉の意味が分からなくて一瞬ひるんだが、すぐに我に返った。これくらいで動揺してはならない。おそらく面接官は私が想定外の出来事にどれくらい臨機応変に対応出来るかを試しているのだ。しかも、この会社は若者に人気のレストランチェーンである。これくらいのユーモアにフランクに乗っかれるくらいの明るい人間性を求めているのだろう。東海経済新書の『ノリの悪い人間は出世しない』という本にも書いてあった。仕事は個人プレーではない。チームプレーだ。チームにとって、ノリはとても大事だ。私は笑顔で椅子から立ち上がり、全力で顎をしゃくり、両手を体の脇で力強く振って叫んだ。
「元気があれば、何でも出来る!」
 しかし面接官は相変わらず渋い顔をしている。
「んー、他は?」
「えっ……何ですか?」
「ん〜、ほかに〜、え〜、しゅん、モノマネは〜、何が出来ますか」
 面接官がクオリティの高い古畑任三郎のモノマネで訊ねた。また反射的にひるんでしまった。ノリの良さをアピールするはずが、次第に会話がぎくしゃくし始めている。これはまずい。すっかり相手のペースだ。しかしモノマネなどしたことがない。先刻のアントニオ猪木だって決死の覚悟でやったのだ。とはいえ、ここで「出来ない」と言ってしまったら負けだ。〝ノリの悪い人間は出世しない〟のだから。
「出来ます、出来ます、えー、こんばんは、森、進一です」
 鳥のように顔を歪めて、精一杯のハスキーボイスを絞り出した。喉が焼けるほど痛い。
「え? あなた、森さんですか? 山本さんですよね」
 面接官がとぼけた顔で履歴書の名前を指でなぞって確認する仕草をした。先の見えないこの劣悪なコントで、面接官が何を求めているのかもはや分からない。どっちだ。どう答えるのが正解なのだ……。
「……ええ、山本です」
 一か八かでモノマネを止めて素の自分で返事をすると、ピンと場の空気が張りつめた。
「あ、いや、噓です……。森です。森進一です」
 面接官が無表情で履歴書に何かを書き込んだ。慌ててハスキーボイスに戻したが、遅かった。しまった。何ということだ。日の出書房の『会社は素のあなたに興味がない』を読んで来たはずなのに。素を見せることはビジネスの世界では相手に弱みを見せることと等しい。最も基本的なミスを犯してしまった。
「はい。では、山本さん。何か趣味はありますか」
 面接官が仕切り直すようなトーンで次の質問を投げかける。落ち着け。落ち着け。こんな時は、アーバンメディア出版の『動揺したときに自分を取り戻す100の方法』を思い出すんだ。そこに書かれていた、科学的に正しい深呼吸法を試みる。小刻みに息を吐き、最後に肺が空になるまで息を吐き切る。吐き出した息が面接官の顔にかかった。次の瞬間、また履歴書に何か書き込み始めた。まずい。機嫌を損ねただろうか。
「ええと……昔から走ることは好きですが、最近の趣味は料理です。昔から医食同源と言います。健康に興味を持つということは、食べることに興味を持つことだと考えます。休みの日などは、朝から鶏ガラと野菜を煮込んでスープを作り、チャーシューを煮て、麺も打って、自宅でゼロからラーメンを作ることもあります」
「やってみてもらえますか」
「はい?」
「ラーメンを作るところを。エアーで」
「エアーで?」
「よーい、はい! ここは厨房です」
 面接官がパンと手を叩いた。
「ばん、ばん、ばん。こね、こね……」
 慌ててスーツの袖を捲り、空中で麺をこねる仕草をした。分からない。面接でこんなことをする意味が分からない。だが、彼の要求を断ってしまったら、おそらく負けなのだ。メディアフロンティア社の『想像力がない人間に未来はない』に書かれていたことを思い出して、想像力を奮い立たせ、必死に見えないラーメンを作る。
「ほら、君、スープ。スープ。煮立ってる。あくを取らないと」
「あ……。はい」
 スープも煮ていたとは知らなかった。慌てて面接官の指示通りに、見えないコンロの前に移動し、見えない寸胴鍋をかき混ぜながらあくを取る。
「よし、いいぞ。次はどうする?」
「はい、次は、麺を手動のパスタマシンで切ります」
 板状に伸ばした見えない麺の塊をパスタマシンに入れて、見えないハンドルを回した。
「よし、茹でちゃおう、そのまま茹でちゃおう」
「はい!」
 湯の中に麺をほぐして放つ。ちらと面接官を見ると、満足そうに頷いている。
「あ、麺、かためでね」
「はい!」
 いつの間にかこのやりとりで何を求められているのかを考える余裕も消えて、ただただ要求に応えている自分がいた。スープを注ぎ、切った具を並べて、見えないどんぶりを面接官に手渡した。
「お待ちどうさまです!」
「はい、ありがとう」
 面接官が二本のボールペンを箸に見立てて、麺を啜った。すぐに味を訊ねたくなったが、ふと本多新聞社の『料理を出してすぐに味を聞く人は嫌われる』を思い出して、言葉を飲み込んだ。
「うん、うまい。これは素人の味じゃないなあ」
「ありがとうございます!」
「どこかのラーメン屋で働いていたの?」
「いえ、いろんな店の良いところ取りというか、食べ歩いた結果の独学の味です」
「へえ、凄いね。舌で味を盗めるなんて」
「昔から、絶対味覚って言うんですかね。ほら、絶対音感の人っているじゃないですか。あれの味覚版っていうか、食べた味を再現するの、得意なんですよ」
 しまった。褒められたのに謙遜し忘れて、しかも地元の先輩と話すような馴れ馴れしい敬語で話してしまった。今の会話は自慢と捉えられただろうか。面接官がまた何かを履歴書に書き込んだ。
「はい。面接は以上です」
 面接官が見えないどんぶりを返した。

 ──パチパチパチ。
「お疲れ様でした。いやあ、なかなか個性的な面接でしたな」
 二人の面接のやりとりを部屋の隅から見ていた老人が拍手をしながら立ち上がった。
「個性的でしたか。しかし、これが僕のやり方なのですが」
 面接官も立ち上がり、老人に歩み寄った。
「一見したところかなり無茶苦茶な面接だったが、君はこれで本当に分かったのかね」
「はい。大丈夫だと思います」
「そうか。では、わしがこの学生に事前に読んで来るよう指示した本を答えてみなさい」
 面接官はテーブルの上から履歴書を手に取り、面接中に書き込んでいた文字を読み上げた。
「角田新書『第一印象ですべてが決まる』、海山文庫『明日からあなたも〝人たらし〟になれる心理学』、フェニックス新書『言葉の力〜誰も教えてくれない魔法の会話術〜』、東京ビジネス新書『一流に見せる会話術』、江川文庫『暗い人だと思われないために』、ABC新書『本性はかならず仕草に出ている』、岩川書房『話し方が9割5分』、東海経済新書『ノリの悪い人間は出世しない』、日の出書房『会社は素のあなたに興味がない』、アーバンメディア出版『動揺したときに自分を取り戻す100の方法』、メディアフロンティア社『想像力がない人間に未来はない』、本多新聞社の『料理を出してすぐに味を聞く人は嫌われる』ではないでしょうか」
「素晴らしい! すべて正解だ」
「ありがとうございます」
 面接官と老人が笑顔で握手をした。
「最近は妙なタイトルのビジネス書をちょろちょろっと読んで〝デキる男〟になったつもりの若者が多すぎる。そんな男に限って実際はまるで使い物にならん。餅は餅屋だ。今年の入社試験の面接官はプロを雇うことにしよう。君に是非、今年度の採用試験の面接官をお願いしたい」
「かしこまりました」
 面接官が恭しく頭を下げると、老人が満足げな表情で部屋を出て行った。バタンと閉じたドアには〝面接官面接会場〟と書かれた紙が貼られていた。

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