冷やかな頭と熱した舌

第9回 
盛岡で100回続く読書会

全国から注目を集める岩手県盛岡市のこだわり書店、さわや書店で数々のベストセラーを店頭から作り出す書店員、松本大介氏が日々の書店業務を通して見えてくる“今”を読み解く!

◆さわや書店ホームページ開設されました! http://books-sawaya.co.jp/
◆さわや書店フェザン店ツイッター 
https://twitter.com/SAWAYA_fezan

 

「リーラボいわて」という読書会

  とても印象に残る夜を過ごした。
 盛岡で月に1回開催される「リーラボいわて」という読書会がある。その100回の節目を記念して開かれた集まりに参加してきたのだ。普段は閉店まで働くシフトが多いのだが、その100回記念の日に合わせ、早番のシフトになるように前々から調整してもらって、仕事を早めに切り上げて夕方から出かけて行った。
 朝方に降っていた雨は働いているうちにいつの間にか上がり、同僚の長江くんと一緒に他愛のない話をしながら、開催場所である「cafe BLUME」へと向かう。
 このリーラボいわては、休日の朝に開催されることが多く、土日が忙しいフェザン店に異動となってからは、なかなか参加できていなかった。少し気後れする気持ちを抱えていたので、そのことを口にすると、長江くんからは「僕よりはいいじゃないですかぁ」との答えが返ってきた。
 実は、長江くんは昨年の秋に神奈川から岩手へと越してきた。もちろんリーラボいわてに参加したことはなく、一緒に行く僕以外に知己もなく、ぶっつけ本番で会に望むのだった。それというのも、行くはずだった田口幹人店長が急用により行けなくなってしまい、当日ピンチヒッターとして白羽の矢が立った。しかしその口調とは裏腹に、いつもの飄々とした態度を崩さない。長江くんに緊張の色は見られなかった。

主催者"おがっちさん"について

 開始時間の10分ほど前に店につくと、25名の定員のうち8割方の席が埋まっていた。入り口の右手に設えられた受付で、小笠原康人さん(以下おがっちさん)と奥さんである純子さんに「おめでとう」を言う。このおがっちさん夫妻が、リーラボいわての主催者にして本日の主役だ。時間も迫っていたので挨拶もそこそこに促されてクジを引き、長江くんとともに空いていた席に座った。
 8人掛けのテーブルについてしばらくすると、静かに会の開始が告げられた。会の前半は「100回分振り返りトーク」と題して、おがっちさん夫妻への質問形式ですすめられた。司会はご自身も読書会に参加しているプロの司会者の女性が、快諾してくれたらしい。くだけた雰囲気のなか質問が重ねられる。

100回を迎え祝福されるおがっちさんと純子さん

  盛岡市出身のおがっちさんは、元サッカー日本代表の岩本輝雄似の40代だ。読書会を始めたきっかけは、東京に赴任した際に「リーディングラボ」という会に参加したことによる。
 出社までの朝の時間を、自己の研鑽にあてるというコンセプトのもとに都内の各所で開催されていたこの読書朝食会が、とても有意義に感じたそうだ。そこで赴任期間を終えて岩手へと帰る時、岩手でもこのいい習慣を続けたいと思い調べたそうだが、合う条件のものが見つからない。それならば自分でやってみようと、奥さんの純子さんと相談して主催者となることを決める。本家の主催者へと許可を取り、「のれん分け」のような形で始めることとなった。

「代打オレ?」――さわや書店、ゲストに呼ばれる

 読書会の形式を簡単に説明すると、自分が読んでタメになった本を、他の参加者の前で内容を踏まえながらおすすめし、その後の数分間で当該本について皆で語り合うというもの。おがっちさん曰く、自分が知らなかった本を教えてもらえ、仕事に活用できる新たな視点を得られること、そして何より会を通じて広がる人と人とのつながりが魅力だったという。
 相談された側の純子さんは、説明されてもイメージが湧かなかったらしい。当時の気持ちを問われて、「初めは、この人は何を言っているんだろうと思った」と、こたえる純子さんの言葉に会場が笑いに包まれる。それでも取りあえずやってみようと、第1回目の「リーラボいわて」を開催したのが、7年前の2009年6月6日。記念すべき第1回は、お試しの意味も込めて、おがっちさん、純子さん、純子さんの職場の先輩の3人で、互いに本を紹介し合って終了となったという。第2回目も知人が集まるだけに終わった。
 しかしその後、リーラボいわては徐々に広がりをみせる。開催した会の様子を綴っていたブログから、雰囲気のよさを感じたという参加者が現れ始めたのだ。毎回会場を変えるというアイディアが功を奏したのか、参加者は倍々で増えていった。手ごたえを感じたおがっちさんは、さらなるテコ入れ策としてゲストを招くことを思いつく。

100回目の読書会の模様。奥でプレゼンするのは松本大介氏

 第10回の節目にその案を実行することを決めたおがっちさんが訪れたのは、盛岡市内にある「さわや書店」だった。そこで働く胡散くさい書店員を、どうしてゲストに決めたのか。そのゲストは、名を「松本大介」という……えっ、オレ!?
 まさかの「代打オレ!」である。こうした経緯でおがっちさんと僕は知り合いとなり、2010年1月30日、生まれて初めてゲストとして招かれるという経験をした。結果は特大のファールのあと、三振。いや、なんとか振り逃げで次につなげたというところか。
 あれから6年。司会の方の質問が現在へと僕を引き戻す。

今まで一番紹介された本は?

 印象に残った会を問われた純子さんは、ある年の1月の水曜日の朝、大雪が降った日に開催された会のことを挙げた。おがっちさんと純子さんしか参加者がおらず、お互いに本をすすめ合って終わった……「家でもよかった」という言葉に会場が爆笑に包まれる。それが原因というわけではないだろうが、土日の午前中の開催がメインとなってゆく。
 ある年の3月には、年度の変わり目に転勤することになった参加者が3名も出席し、お別れ会のようになってしまったこともあったという。その3名はその後、転勤した先の読書会に参加したり、おがっちさんのように自ら読書会を主催していると聞いて、会場から感嘆の声が上がった。

 集計によると「リーラボいわて」で紹介された本は、全部で1755冊。一番多く紹介された本は4回紹介された『永遠の0』(百田尚樹)、『モンスター』(百田尚樹)、『夢をかなえるゾウ』(水野敬也)の3冊で、一番紹介された作家は有川浩の14回。(※)
 さわや書店から火がついたといわれる『永遠の0』。作者の百田尚樹さんはやはり人気だ。一番紹介された有川さんは、当日会場で同じテーブルになった方のなかにも、大ファンだと話していた人が二人もいた。

 もっとも多く参加した参加者は、ホストであるおがっちさん夫妻をのぞき、100回中44回参加。ちなみに、おがっちさんが98回、純子さんが97回の出席で会場からは「えーっ」と意外そうな声が上がる。理由は出張や体調を崩したことによる。また、遠方からの参加者も多く、当日も関東から参加した方がいた。夫妻の人徳だなと思う。

プレゼンをして、プレゼントをもらう

 会の後半では「プレプレ大会」と称して、集まった参加者が自分のとっておきの1冊をそれぞれ持ち寄り、1分間その本についてプレゼンして、紹介した本を会の参加者にプレゼントするという企画で盛り上がった。おがっちさん夫妻が前もって参加者が何の本を紹介するか聴き、その本を購入して用意してくれていたのだ。ホストとして、参加者をもてなそうという姿勢に頭が下がる。
 受付の際に引いたクジには2つの番号が書かれていて、上がプレゼンの順番、下がプレゼント本の番号だった。プレゼンが終わるごとに、紹介者が1から25の番号が書かれたクジを引く。下の番号がよばれたら、クジを引いた人の紹介した本がプレゼントされるという仕組みだ。1回ごとに、いま紹介された本が自分に当たるのではないかという期待と、自分の発表する順番が近づく不安とでドキドキする。

文庫Xの仕掛け人、長江貴士さんの完璧なプレゼン

  僕はプレゼンが11番、クジ番号は5番だった。長江くんは5番目くらいに完璧なプレゼンを終え、その後は緊張感のかけらもなく出された料理にパクつきながら、隣に座った最年少参加者である中二の女の子と楽しそうに話していた。その肝の太さを、少しうらやましく思う。

当たったプレゼント

 11番目にプレゼンの順番が回って来た僕は、三球三振といっていいくらいのグダグダのプレゼンを終え、代打の役割を見事果たした長江くんと明暗を分けた。プレゼンは順序良く進むが、僕も長江くんもプレゼント本はなかなか当たらない。途中、参加者の一人が、田口店長の著作『まちの本屋』をプレゼンし始め、心のなかで「オレに当たるな。長江くんに当たれ」と祈るが、結果、どちらにも当たらなかった。田口本は二人とも読んでいないから、当たったら腹をくくって読まなければならないところだった。危ない、危ない。長江くんの不運を願った胸の内を隠しながら、よかった、よかったとビールを注ぎあう。
 僕はプレゼン番号20番くらいで『百人一首の謎を解く』(草野隆)という新潮新書が当たった。店で新書を担当する者として、悪くない、いやむしろ喜ばしい結果だ。一方、長江くんはというと、その時点でまだ当たっておらず、なんと、最後のプレゼンが終わっても長江くんの番号は呼ばれなかった。まさかの空くじかと思いきや、遅れてきてプレゼンの順番を飛ばされた参加者がおり、最後の最後にその人が紹介した『十歳のきみへ』という日野原重明氏の本が当たった。好みでない本が当たった長江くんを慰めようと待ち構えていたら、長江くんの隣に座っていた中二の女の子が、一緒に来ていたお母さんのプレゼン本、美輪明宏さんの『ああ正負の法則』が当たったことをチェックしていて、戻るやいなや交換の交渉を成立させた。延長に突入後、代打から二打席目が回って来た長江くんは、殊勲のサヨナラヒットを放ったのだった。

100回続くこと

 閑話休題。監督が……もとい、おがっち夫妻が行った挨拶で、この会がなければ出会えなかった人と本を介して出会えたことに対する感謝と、読書会を介して知り合った人がこの街にいることの心強さとうれしさを感じるという言葉に、胸が熱くなる。そして、最後の締めくくりに「こんな私でも100回も続けることができたのだから、皆さんも自分で何かを始めたいと思ったらまずは始めてみて、走りながら何か問題がでてきたら、その都度考えながら続けていって欲しい」という言葉で散会となった。

記念すべき100回目の参加者の皆さん

  その後、僕が参加表明のメールに書いた「二次会にも参加する気満々です」という言葉を覚えてくれていて、たぶん気づかいから、お疲れだろうに別の店へと流れた。
「こんな私でも」
 さっき聴いた挨拶を思い出す。
「こんなおがっちさんだから」だろう。気づかいの人だから皆に好かれ100回も続いたのだと、あらためて思った。

岩手県とさわや書店

 盛岡には、こんな豊かな読書活動がある。おがっちさんは、盛岡にさわや書店があってくれてよかったと言ってくれるが、それは逆ではないだろうか。このような読書活動が行われるような、盛岡の人や文化に支えられることで、さわや書店は商売を続けてこられたのだ。お客さんに対して礼を尽くすあり方や、自分が知らないことを「知らない」と認めて学びの機会を逃さないようにする姿勢を、僕はこの読書会に参加することで教えられた。書店は人によってつくられ、人は出会いによって成長する。

 都心で開催されていた本家のリーディングラボは、一時の流行が収束に向かい、現在は活動自体が廃れていると、おがっちさんは話していた。一方で岩手へと運ばれた読書会という名の苗は、しっかりと大地に根を張った。
 このことに関しては、真面目でおとなしく、粘り強く着実に事を為しとげるといった岩手県民の特性がよく表れていると思う。いったん自分で受け入れると決めたものに関しては、その後とことん応援するというのは、当店のお客さんに接していても感じることだ。そんな県民性が、さわや書店に数々のベストセラーを生み出させた要因であるともいえるだろう。

 この夜、迎えた一つの区切りは、きっと通過点に過ぎないだろう。『文庫X』を企画した長江くんが、この出会いによってうちの店にもたらすものに期待して、いまからワクワクしている。そんな期待を胸に目をやると、そこには中二の女の子のお母さんと親密な空気をつくる長江くんの姿があった。……根無し草め。

 

(※)100回分の色々なランキングについてはhttp://ameblo.jp/realab-i/entry-12176701659.html 
(※※)今回掲載した写真はリーラボいわてのブログより転載させていただきました。

【リーラボいわて】
開催日程や参加要項など、詳細はこちらから→http://ameblo.jp/realab-i/
 
 

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