ちくま新書

平和主義はいかに可能か?

11月刊、加藤朗『日本の安全保障』の冒頭を公開いたします。

安倍ドクトリンの無力

 二〇一六年九月九日、北朝鮮が第五回の核実験を実施した。一月六日の第四回核実験(北朝鮮は水爆と称している)から、時を置かずして実験していることから、核兵器の大量生産やミサイルの弾頭部分に搭載できる弾頭化にどうやら成功したようだ。核兵器だけではない。運搬手段である弾道ミサイルの技術も確実に向上している。衛星打ち上げと称する発射も含めて、九月時点で二〇一六年の弾道ミサイルの発射実験は一三回にも及ぶ。しかも潜水艦発射ミサイル(SLBM)や、グアムを射程に収める中距離弾道ミサイルのテポドン改良型やムスダンの実験にも成功したようだ。日本本土を完全に射程に収める準中距離弾道ミサイルのノドンは、九月五日に三発を移動式発射台から連続発射したことで、完全に実戦化に成功した。イージス艦のSM-3およびPAC3によるミサイル防衛はさらに困難になった。

 北朝鮮が、これほどまでに核やミサイル技術を高度化できたということは、外交や制裁が何も意味がなかったということである。仲裁裁判所の判断で大きな政治的打撃を受けた中国も南シナ海問題での巻き返しを図っている。同時に尖閣諸島への軍事的圧力はいっそう高まっている。安倍政権が頼みの綱とするアメリカは大統領選でオバマ政権はレーム・ダック状態にあり、次期政権がアジア重視のリバランス政策をどこまで重視するか全く不透明である。東南アジア政策で安倍政権が頼みの綱とするフィリピンも、ドゥテルテ大統領が米中の足元を見透かすように、米軍特殊部隊の撤退を要求する一方、中国には領土問題で融和政策をとろうとしている。

 要するに、二〇一五年九月に成立した安全保障関連法で日本の安全保障環境が改善されるどころか悪化する一方である。安倍政権の積極的平和主義が早くも手詰まりを起こしている。この外交的閉塞状況に風穴を開けようと、安倍政権は対露外交に活路を見出そうとしている。国民も日本の外交の無力さを受け入れるかのように、北朝鮮の核実験にさほど驚く風もなく、日本を取り巻く安全保障環境の激変に無関心どころか、もはや諦念さえ感じられる。一年前のあの喧騒は一体何だったのだろうか。

 

護憲と改憲の十年一日の論争

 二〇一五年、安倍ドクトリンの根幹となる安保法制の制定に至るまで、国内ではさまざまな論争が繰り広げられた。論争の対立軸は多岐に渡る。Abephilia(安倍好き)対Abephobia (安倍嫌い)の個人的感情論から、保守対リベラルのイデオロギー、国際協調主義対一国平和主義の外交政策、日米同盟対多国間協調の同盟政策など千差万別である。中でも集団的自衛権をめぐる憲法論議が再燃し、それまで安倍政権ペースで進んでいた安保法制の議論の潮目が完全にひっくりかえてしまった。そのため安倍政権は安保法制を成立させるために国会を九五日間も、異例の長期にわたって延長することになった。

 きっかけは二〇一五年六月四日に開催された国会の憲法調査会で自民党が招致した長谷部恭男早稲田大学教授をも含め、三人の参考人全員が二〇一四年七月の閣議決定による集団的自衛権行使容認を憲法違反と断定したことにある。この違憲発言以降、世論が一気に盛り上がり、国会でも民主党をはじめ野党が一斉に集団的自衛権行使容認を違憲として安倍政権を批判し、安保法制の廃案をもとめた。朝日新聞は六月一六日の社説で「「違憲」の安保法制 廃案で出直すしかない」と廃案を主張した。また毎日新聞も六月二五日の社説で「国会は「違憲法案」を通すな」と題し、一部廃案、修正をもとめた。

 まさにデジャブである。一九九二年のPKO法案以降、一九九八年の周辺事態法、二〇〇一年のテロ特措法そして二〇〇三年のイラク特措法などの騒ぎを見ているかのようである。事実、今回の騒動は、これまでも幾度となく繰り返されてきた、憲法の理想と政治の現実の乖離、国際協調主義と一国平和主義の矛盾に基づく護憲派対改憲派の論争である。湾岸戦争を契機に始まったこの論争は、本質的に何ら決着をみないまま、憲法の理想が政治の現実に手繰り寄せられてしまった。事実、民主党政権下で自衛隊PKO部隊はアフリカ南スーダンにまで展開し、ジブチには自衛隊の海外恒久基地がおかれるまでに至った。護憲派はこうした事実に目を背けるかのように、十年一日どころか四半世紀にわたって憲法を護れと声を張り上げるばかりである。他方改憲派も政治の現実を見よと、単に状況に追認することしか主張しない。両者に欠落していたのは、現実無視の理想主義でもなく、理想なき現実主義でもない、理想主義的現実主義に基づく穏当で真っ当な安全保障戦略である。

 

南海先生、教えてください!

 それで思い起こした本がある。それは今から一世紀以上も前一八八七年に中江兆民が書いた『三酔人経綸問答』である。登場人物は三人。当時流行した社会進化論の進化の思想に基づき欧州列強の権力政治を批判し人類の理想である民主主義や武装放棄、非戦論を主張する理想主義者の洋学紳士君、他方、同じ社会進化論に基づきながら進化よりも弱肉強食、適者生存の論理を重視し日本も欧州列強に対抗し中国進出を鼓吹する東洋豪傑君、そして現実主義的立場から両者の議論を理想主義的、非現実的と批判を加える南海先生。誤解を恐れずに言えば、洋学紳士君はルソー、東洋豪傑君はホッブズ、両者を止揚した南海先生はカントの思想をそれぞれ象徴していると考えれば、三人の議論は今も全く古びていない。

 改憲派、護憲派の論争は、洋学紳士君と東洋豪傑君の問答そのままだ。

 非武装を主張する平和主義ハト派の洋学紳士君、武装を主張する現実主義タカ派の東洋豪傑君の両説を南海先生は平和主義的な現実主義のフクロウ派の視点からそれぞれ次のように批判する。

「紳士君の説は、ヨーロッパの学者がその頭の中で発酵させ、言葉や文字では発表したが、まだ世の中に実現されていないところの、眼もまばゆい思想上の瑞雲のようなもの。豪傑君の説は、昔のすぐれた偉人が、百年、千年に一度、じっさい事業におこなって功名をかち得たことはあるが、今日ではもはや実行し得ない政治的手品です。瑞雲は、未来への吉兆だが、はるかに眺めて楽しむばかり。手品は、過去のめずらしいみものだが、ふり返って痛快がるばかり。どちらも現在の役にたつはずのものではありません」

 そして南海先生の結論は、二人にとっては全く期待はずれにも、穏当で至極真っ当なものであった。南海先生の言によれば、「国家百年の大計を論ずるようなばあいには、奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がるというようなことが、どうしてできましょうか」

外交の方針としては、「平和友好を原則として、国威を傷つけられないかぎり、高圧的に出たり、武力を振るったりすることを」しない。安保法制の賛成、反対のいずれの議論も結局、「奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がるというようなこと」でしかなかったのではないか。

 明治以来、島国で小国日本が取りうる国家安全保障戦略は南海先生の教え以外にない。にもかかわらず、日本は南海先生の教えに背き、東洋豪傑君の道を歩んだ。その結果が、敗戦と占領である。戦後は一転して、日本は洋学紳士君の道を歩み始めた。冷戦時代にはアメリカの庇護の下で瑞雲を眺めていればよかった。しかし、冷戦が終焉しアメリカから自立を求められようになると瑞雲を眺めて楽しむ余裕は全くなくなってしまった。残念ながら護憲派には洋学紳士君が主張するように、最後は「弾に当たって死ぬだけのこと」と非暴力・無抵抗の理想のために命を捧げるほどの覚悟はなかった。他方改憲派はやたら武威を誇示する東洋豪傑君の道へと踏み出そうとしている。

 今日本に必要なのは、「どちらも現在の役にたつはずのものでは」ない洋学紳士君や東洋豪傑君の説ではなく、南海先生の教えを実践することである。憲法の理念に沿って平和友好を原則とし、政治の現実に合わせて「国威を傷つけられないかぎり、高圧的に出たり、武力を振るったりすることを」しない専守防衛を旨とする。考えてみれば、「奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がるというようなこと」もなく、これほど常識的で穏当で真っ当な国家安全保障戦略はない。

 

積極平和主義の問題点

 ところが安倍ドクトリンは、そうではなく、東洋豪傑君もどきの「奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がるというような」国家戦略ではないか。

 本論でいう、安倍ドクトリンとは、いわゆる福田ドクトリンに連なる日本の東南アジア外交の基本政策ではなく、これまで日本の国家戦略であった経済優先・軽武装の吉田ドクトリンに代わる国家戦略を意味する。

 安倍ドクトリンの基本文書である「国家安全保障戦略」は「Ⅱ 国家安全保障の基本理念」で、次のように我が国が掲げる理念を高らかに宣言している。「我が国は、今後の安全保障環境の下で、平和国家としての歩みを引き続き堅持し、また、国際政治経済の主要プレーヤーとして、国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から、我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と安定を実現しつつ、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保にこれまで以上に積極的に寄与していく。このことこそが、我が国が掲げるべき国家安全保障の基本理念である」。

 ここでいう「平和国家としての歩み」とは、基本理念の説明文中にある「我が国は、戦後一貫して平和国家としての道を歩んできた。専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を守るとの基本方針を堅持してきた」ことを指す。この「平和国家としての歩み」とりわけ専守防衛と「国際協調主義に基づく積極的平和主義」とは両立するのだろうか。洋学紳士君と東洋豪傑君の主張をつぎはぎして、「奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がるというようなこと」をしているのではないか。本書の問題意識はここにある。

 この問題意識に基づいて本書の目的は、安全保障政策に限定した狭義の安倍ドクトリンすなわち積極的平和主義に基づく国家安全保障戦略の問題点を指摘し、そして東洋豪傑君もどきの安倍ドクトリンに代わり、洋学紳士君ではなく南海先生の教えに倣う平和大国ドクトリンを提案することにある。

 

経済力と軍事力の低下 ── 日本の立ち位置

 安倍ドクトリンに賛成、反対の議論の前にまず確認しておかなければならないことがある。それは、現在の世界やアジアにおける日本の立ち位置である。一言で言えば、日本はもはや世界の大国でもなければ、アジアの大国でもない。小国とは言わないまでも、経済力、軍事力で日本を追い抜いた中国の後塵を拝する中級国家でしかない。中国が再び文化大革命のような混乱にでも見舞われない限り、日中間の位置取りは変わらない。それが厳然たる事実である。にもかかわらず、右も左もいまだに大国幻想に捕われて、等身大の自画像を思い描くことができない。「国家安全保障戦略」でも、依然として「強い経済力及び高い技術力を有する経済大国である」と自信過剰、自己過信している。まずは今日本がどのような立ち位置にあるかをしっかりと確認しておこう。

 GDPの国際比較を見てみよう。二〇〇九年、日本は一九六九年、四一年間以来守り続けたGDP世界第二位の称号を中国に明け渡した。その後日中の格差は開くばかりである。安倍首相は、安保法制制定直後の二〇一五年九月二四日、アベノミクス第二ステージの目標として名目GDP六〇〇兆円の目標を打ち上げた。仮に、この目標が達成されたとしても、一ドル一〇〇円で換算すれば、六兆ドルにしかならず、鈍化したとはいえ着実に成長を続ける中国との差は開くばかりであろう。

 また多くの日本人が、一人当たりのGDPでは日本が中国よりも圧倒的に上で、中国の国民はまだ貧しいというイメージを持っているかもしれない。たしかに日本は約三万六〇〇〇ドル、中国は約七六〇〇ドルと日本の約五分の一しかない。しかし、だからと言って中国の国民が日本人よりも貧しいことにはならない。あくまでも個人GDPは平均でしかない。一部、といっても一三億人もの人口を抱える中国だから日本以上に富裕層は多い。『グローバルウェルス・レポート二〇一五年版』によれば、流動資産約一億円以上の富裕層が中国では約三六一万人とアメリカの約六九〇万人に次いで世界第二位であり、第三位の日本の約一一三万人の三倍もいる。中国には富裕層はいくらでもいる。

 富裕層の数よりも、むしろ二〇一四年に日本の個人GDPがOECD諸国内では一九七〇年以来最低の第二〇位に転落した事実をしっかりと我々は認識すべきだろう。日本国民は貧しくなる一方である。

 経済力の衰退は、軍事力の相対的低下をもたらす。冷戦後の日本の防衛費は、二一世紀に入って五兆円足らずで、ほぼ横ばいの状態にある。他方、中国は一貫して右肩上がりである。この結果、日中間の戦力比が数の上で逆転してしまった。たとえば中国の駆逐艦・フリゲート艦数は約七〇隻、潜水艦約六〇隻、航空戦力のいわゆる第四世代戦闘機は約七三〇機を保有している。対する日本は、護衛艦四七隻、潜水艦一六隻、第四世代戦闘機約二九〇機である。もはや日本が中国に対し通常戦力で圧倒的優位であった時代は過ぎ去り、紛争形態にもよるが、日本単独で中国に対抗することは難しい。もとより日本が戦後、軍事大国をアイデンティティにしていたわけではないにせよ、右派も左派も心に余裕があったのは、やはり日本の自衛隊が単独でもアジアでは陸を除けば最精鋭の軍隊だという密かな思いがあったからではないか。それが今や、北朝鮮の核ミサイルの射程内に入り、核戦力は言わずもがな、通常戦力でも中国の海空軍力に圧倒されている。日清戦争以来、初めて日本は軍事力で中国に劣後してしまったのである。

 

国家戦略の見直しが求められる

 経済力の衰退は、外交力の低下をももたらし、国家戦略の見直しを迫る。経済大国という意味は、単に数字上の順位ではない。経済力のみならずODA等を通じて経済力を政治力に変えて、世界に対する政治的影響力を保持している国でもある。そのODAの予算は一九九七年をピークに年々減少している。非武装、経済優先の吉田ドクトリンを国是としてきた日本にとっては、経済力は軍事力の代替、補完でもあり、ODA外交や、とりわけ日米同盟など安全保障戦略の根幹の一つでもあった。その経済力が低下してきたために日本は軽武装・経済優先の吉田ドクトリンの国家戦略の見直しが迫られているのだ。

 第一に、吉田ドクトリンの根幹を成す日米同盟の見直しである。日米同盟は専守防衛の自衛隊、日本の経済力と米軍への基地提供によって支えられてきた。日米同盟を維持するための経済力が失われた今、経済力に代えて何をもって日米同盟を維持する力とするのか、あるいは維持できるのか、維持すべきなのかが問われている。

 第二に、日中関係の再調整である。中国の経済力、軍事力の増大で、日本は一八九五年の日清戦争以来、GHQの占領期を除き、初めてアジアの大国の座から陥落した。この日中間の地位の逆転に、外交上どのように対処するかである。

 第三に、吉田ドクトリンが築き上げてきた経済大国日本に代わる新たなアイデンティティの構築である。世界第二位の経済大国というブランドは日本のアイデンティティでもあった。しかし、世界第三位に転落したこと、しかも二〇年前には眼中にもなかった中国に世界第二位の座を奪われたことで日本国民はプライドやアイデンティティを失うことになった。逆に中国にとっては、国恥の一〇〇年を雪ぐ出来事であった。

 失われたアイデンティティの間隙には容易にナショナリズムが入り込み、対立を扇動しかねない。これまで中国に対しては上から目線であった日本人の大国の優越心理と、「多くの中国人にとって、恥辱の一世紀の最大の屈辱は日本――かつての中国の朝貢国であり従属国――に対する敗戦だ」とみなし、一〇〇年の国恥を雪ごうとする中国人の復讐心とどのように折り合いをつけるのか。日本にとって国家戦略として新たなアイデンティティの構築は急務である。

 

国際環境の変化

 国家戦略の見直しが必要な理由は経済力の衰退だけではない。より根本的には冷戦後の国際環境の劇的な変化がある。冷戦終焉直後の湾岸戦争やユーゴスラビア、ソマリア、ルワンダなど地域紛争の混乱の時代を経て、九〇年代末にはアメリカの一極支配が確立したかに見えた。しかし、二〇〇一年の九・一一同時多発テロをきっかけとする米国の対テロ戦争で、米国の敗北は今や決定的となった。アフガニスタンでは国内のタリバン勢力を依然として平定できない。またイラクでは民主化に失敗し、同国からの完全撤退後にはイスラム国の拡大を招いてしまった。また民主化運動の波及が中東の混乱を煽るばかりで、とりわけイスラム国の台頭に伴うイスラム・テロの拡散に、国際社会は今のところ有効な対抗手段がない。さらに、二〇一四年にロシアがクリミアを事実上武力併合してしまったにもかかわらず、イラクがクエートを武力併合した時の湾岸戦争とは異なり、国際社会はロシアに経済制裁以外の対抗手段を打つことができない。

 そして何よりも中国の経済的、軍事的台頭がウエストファリア体制を根底から変えようとしている。ウエストファリア体制とは、三十年戦争の講和のために一六四八年に締結されたウエストファリア条約に基づく国際システムであり、国家主権、国際法、勢力均衡の三原則からなる。中国は南シナ海問題等にみられるようにウエストファリア体制の原則である国際法に挑戦しようとしている。

 この安全保障環境の変化に、無原則な日米同盟の強化、軍拡を引き起こしかねない対中抑止の集団防衛、「美しい国、日本」という時代錯誤のアイデンティティで応答しようとしたのが、東洋豪傑君のように大国ぶる安倍ドクトリンである。はたして安倍ドクトリンで日本の平和と安定は護れるのか。

 そして安倍ドクトリン以上に問題なのは、護憲派が安倍ドクトリンへの具体的な対案を出せないことである。洋学紳士君のように理想に殉ずる覚悟もないままに、ただ「戦争させない」「九条護れ」「安倍倒せ」などのシュプレヒコールを若者はラップで叫び、年寄りは念仏のように唱えるだけである。

 本書では、改憲派、護憲派のあいも変わらぬ憲法論争を乗り越え、南海先生の知恵と深慮にあやかって、安倍ドクトリンに代えて、穏当で真っ当な平和大国ドクトリンを提案したい。

 

本書の構成

 第一章「安倍ドクトリンとは何か」では、専守防衛と集団防衛を手掛かりに安倍ドクトリンを検証する。その成立の略史をまず概観する。次に安倍ドクトリンの安全保障政策の中核である国家安全保障戦略について概観する。国家安全保障戦略は、専守防衛、非軍事大国化、非核三原則の平和国家としての歩みを堅持すると宣言しているが、はたしてそうなのか。

 第二章「日本の抑止力」では、安保法制の論議でもたびたび取り上げられた抑止力とは何かについて概説する。その上で、安保法制で自衛隊による日本の抑止力は強化されたのか、またアメリカの核抑止は日本に有効なのか、日米同盟の強化は米軍の抑止力強化につながるのか、について分析する。

 第三章「「大国日本」の幻想」では、大国ぶらなかった吉田ドクトリンとは真逆に、安倍ドクトリンが虎の威を借る狐のように大国でもないのに大国ぶる国家戦略であることの問題について検証する。その問題とは、第一に過剰なまでの大国心理、第二に過剰なまでの対米信頼、第三に過剰なまでの大国心理と過剰なまでの対米信頼との矛盾である。日本の国家戦略に求められているのは虎の威ではなく狐の狡知であり、安倍ドクトリンにはそれが欠けているのではないか。

 第四章「自衛権と憲法」では、憲法学ではなく政治学の視点から、近代国家の自衛権の概念の基礎を築いたホッブズの『リヴァイアサン』を引照しながら、これまでの自衛権の解釈や行使の是非について改めて検証し、憲法が抱える自衛権問題について考える。

 結論を先取りすれば筆者は、日本国家には自然権としての自衛権はなく、国家に固有の権利としての自衛権はあるものの、憲法九条は固有の権利としての自衛権を否定しているために日本国家に自衛権はなく、自衛権は依然として個人が保有したままとの解釈をとる。 第五章「護憲派の蹉跌」では、なぜ教条護憲派が現実的な安全保障政策を提案できなかったのか、その問題点を剔抉し、いかに穏健護憲派やリベラル改憲派が護憲派の問題を乗り越えようとしてきたか、その軌跡を詳述する。その上で平和大国ドクトリンでは穏健護憲派の立場をとることを明確にする。

 第六章「平和大国ドクトリン」では、安倍ドクトリンに抗して、南海先生の教えに倣った穏当で真っ当な平和大国ドクトリンを提案する。平和大国ドクトリンは憲法の理想であ る九条の平和主義を日本の国家アイデンティティとし、政治の現実においては自衛隊および日米同盟による専守防衛と民間PKOの九条部隊による国際平和支援活動を基本とする中級国家戦略である。

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