荒内佑

第二回
誰とも共有されなかった夜について

今、注目のバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、<日常>とそこに流れる音楽の話を綴る初めての連載が「webちくま」にてスタート。毎月1回、第4水曜日の更新です。

 

 「ビッグダディじゃん…これ…はは…ははは」
 姿見に映った自分を見て、そして思わず口にした<ビッグダディ>というワードに、2度笑ってしまった。ホテルに常備されたタオル地の赤い甚平に、メガネ、頭にバスタオルを巻いた自分がそこにいる。(ヒゲがあったら完璧だったな)と顎をさすりながら鏡を覗き込むぼくは、しかし、ビッグダディの番組を1度も見た事がないので彼の本名も、実際はどんな服装をしているのかも知らない。ただCMやネットで散見する断片的なイメージと自分を照らし合わせハイになっている。今度は防寒用に持って来た迷彩柄のジャケットを着てみる。軍服からはみ出た6分丈の甚平……ビッグダディ界の赤い彗星よろしく、このまま外に出たらマズいだろうか。さっきホテルへ来る途中に見かけた「混浴」と書かれたのぼりを確かめに行きたい。再び笑いが込み上げて来るのと同時に、頭がまた痛み、吐き気がした。
 

 結局、服を着替え外に出る。秋田の横手市駅前。時刻は深夜1時を回ったところだ。閑散とした国道沿いにあるのは、ラーメン屋、マック、コンビニ。11月に吹く東北の風は想像以上に冷たく、酔った頭が次第にクリアになる。この日は母方の祖父の葬儀だった。火葬を待つ間も、式が終わって開かれた会食でも酒を飲み続けていた。親族が入れ替わり立ち替わりやって来ては勧める酒を無下に断る訳にもいかなかったのだ。ちょうど連日行われていたバンドのリハーサルが終わり、1日空けて翌日からはツアーが始まる、ぽっかりと空いた日だった。その事を叔母に話すと「ユウくんに会いたかったんだよ、おじいちゃんは」と言った(叔母は出会った人間に多少ならずとも感銘を与えるほどに優しい)。別に泣ける話を書きたいのではない。それにぼくは自分の思いをウェブ上に惜しげもなく開陳するほど強靭なメンタリティも持ち合わせていない。
 

 11歳か12歳の時。家族全員が寝静まった深夜に一人で音楽を聴くのが好きだった。父親の倉庫から勝手に持ち出したオーディオアンプにヘッドフォンをつなぎ大音量で再生する。真っ暗な部屋の片隅、CDデッキのLEDとアンプのVUメーターの明かりだけが光り、毎晩このまま泡を吹いて倒れるんじゃないかと思う程、恍惚としていた。宇宙船のコックピットを彷彿とさせるそのセッティングは大人になって経験したどんなクラブよりも刺激的だった。特定の宗教を信じないぼくは、死後の世界を漠然とイメージする時、この夜のことを思い出す。誰にも見つからず、興奮しきって自分のことすら忘れていると、なんだか生死の境が曖昧なものに感じてくるからだ。


 再び火葬を待つ間。酒と軽食が用意された部屋に通され、「見覚えはあるが自分とどんな関係なのか分からない親戚」と対面で座る。70代後半くらいの男性。話すともなく酒をひたすら酌み交わしていると「わけうちは(若いうちは)酒飲まねばならん」というパンチラインから突然昔話が始まった。<俺がまだ若かった頃、下戸だったけんども地元の消防団さ入り、寄り合いなんかある日には潰れる程飲まされて(酒の)訓練をした。次第に飲めるようになり酒が好きなった。ある雪の降りしきる寒い日、例のごとく深夜まで酒を飲み帰宅したものの、鍵を忘れていた。嫁さんが起きているはずなのにいくらノックしても出てこない。当時は携帯電話もなかったので近くの公衆電話まで歩き家に電話すると速攻で嫁が出た。ということが3度あった>……秋田弁が最初のあたりしか分からなかったので母親に通訳を頼んだ。適当に相づちを打ちながら、その場面を脳内で再生してみる。寒空から降る雪、軋む靴音、酔った体、面倒臭さ、闇夜に光る公衆電話。


 火葬が終わって骨を拾う。葬儀の参列者を見るともなしに見渡す。見慣れた親戚、見覚えはあるが自分とどんな関係なのか分からない親戚たち、両親、叔父叔母、従兄妹。ここに集う人たちにも、もちろん祖父にも、誰とも共有していない、しかし一生記憶に残る夜があったはずだ。人に話すか話さないかは、さほど重要ではない。一人の夜は一人でしかあり得ないのだから。それは死後の世界のようでいて、誰もが経験する。孤独を讃えている訳ではない。人と何も分かち合えないとしたら、そんな寂しい事はないだろう。
 誰かを亡くし、その人が自分と近しい関係であればある程、自分が触れ得ない彼の(あるいは彼女の)夜がある、という当たり前のことを痛感する。時間を共にすることができないという点において、一人で夜を過ごす者が生きていようとそうでなかろうと、自分にとってそれらは同じ存在だ。スピってる? いやいや、共有されない夜が生死の境を溶かしている事に少し楽しい気分になっているだけだ。


 葬儀が終わった翌日は朝早くホテルをチェックアウトし駅へ向かった。「混浴」ののぼりは見つからなかった(幻視?)。ひとまず最寄りの新幹線が停まる駅まで鈍行で向かう。電車に乗ろうとしたまさにその瞬間、晴天から一変して急に土砂降りの雨が降ってきた。乗換駅に着くと見事なまでの天気雨に変わり、新幹線を待つ人たちは皆、改札内から外を眺めていた。雲の切れ間を指差し何か話している夫婦、一眼レフを取り出す初老の男性、ひたすら写メを撮る団体の観光客。この人たちがどんな人生を送っているかなんて自分は全くあずかり知らない。だが、確かに、人々は秘めやかな夜を内に抱え、束の間、誰かの死や天気の元に集っている。

 

次回の更新は12月28日(水)です

2016年11月23日更新

  • はてなブックマーク

連載目次

カテゴリー

荒内 佑(あらうち ゆう)

荒内 佑

音楽家。様々な感情、情景を広く『エキゾチカ』と捉え、ポップミュージックへと昇華させるバンド「cero」のKey担当。多くの楽曲で作曲、作詞も手がける。その他、楽曲提供、Remixなども行う。ceroでは海外アーティストの来日サポートやクラブシーンでのライブなどジャンルレスに活動の場を広げている。

11月からは全国10都市を回るcero待望の全国ワンマンツアー「MODERN STEPS TOUR」がスタート!
12月7日には3枚目となるシングル作品「街の報せ」が発売決定。同時に今年行われたcero初の日比谷野外大音楽堂でのワンマンライブ”Outdoors”がDVD&初のBlu-ray作品として発売。新宿ピカデリーでプレミアム上映会も開催!
オフィシャルホームページ http://cero-web.jp/