ちくま新書

いまアダルトビデオ業界では何が起こっているのか

12月刊行ちくま新書『AV出演を強要された彼女たち』は、サポート団体に訴えを寄こした女性たちの生の声を中心に、いま何が起こっているのかを報告した貴重なレポートです。冒頭「はじめに」を公開します。

 2016年6月、アダルトビデオの大手プロダクション、マークスジャパンの元社長ら関係者3名が労働者派遣法違反の疑いで逮捕された。アダルトビデオへの出演を強要されたと、所属する女性が被害届けを出したからだ。さらに、その派遣先である大手のアダルトビデオ制作会社CA(シーエー。DMM.com のグループ会社)も、別件のわいせつ罪で家宅捜査された。これらの事件は氷山の一角であり、今後さらに業界へのメスが入るのではないかと噂されている。
  いま、AV業界では何が起こっているのか。

〝アダルトビデオ出演強要〟報道の広がり

 少なくない女性がこの業界のなかで、きわめて過酷な性暴力や性被害を受けていることは、当該女性はもとより業界関係者内では周知の事実であったかもしれないが、顕在化することはあまりなかった。一部の研究者が警鐘を鳴らしていた程度だった。
  それがここ数年、性暴力被害者を支援する民間団体の活動などを通して、アダルトビデオの制作に関わった女性からの声が直接すくい上げられるようになった。表向き、被害者はいないとされていた分野だけに、その内容はショッキングであったが、メディアの波にのる機会はなかなかなかった。「ポルノ被害と性暴力を考える会」が2011年に主催したシンポジウム「子どもたちの日常を取り巻く性被害」がNHKニュースにほんの少し取り上げられ、会の名前がメディアにのった。それがきっかけになってか、NHKを中心にして、軽度の知的障害のある女性が性風俗で働かされる問題やJKビジネス(女子高生ビジネス)の問題などが長尺の番組で取り上げられ、性被害の問題と言えば、子どものポルノ被害(もちろん児童ポルノの問題は極めて重要な社会問題であることに変わりはない)だけに焦点が当たっていた状況から、だんだん問題意識の範囲が広がっていったのである。 
  特に、「NPO法人ヒューマンライツ・ナウ」(http://hrn.or.jp/outline/:法律家などが中心に、日本の人権状況を国際スタンダードに近づけるための活動をしている)が、東京弁護士会館で以下の訴訟事件に関する記者会見を開いたことが注目を集め、20社以上のメディアが集まった。
  アダルトビデオへの出演を拒否した女性を、所属プロダクションが訴えたのである。2460万円の損害賠償請求という民事訴訟だった。この訴えは東京地方裁判所にて棄却され、プロダクションが敗訴した。2015年9月のことである。
  この訴訟事件により、年若い女性がアダルトビデオの出演を拒否しただけでプロダクションから2000万円余の損害賠償が請求されるという事態の異常さが、誰の目にも見える形となった。以後"アダルトビデオ出演強要"とネーミングされて、どっと報道の頻度が増え、同時に、ほかにも出演を強要される女性がいることが伝えられるようになった。  2016年3月には、国会の衆議院内閣委員会で池内さおり議員の質問に答えて河野一郎国家公安委員会委員長が実態調査を約束。また、同年五月には、山本太郎参議院議員がアダルトビデオへの出演強要被害に関する質問趣意書を国会に提出した。これに対して六月には内閣府が、民間団体から被害状況を聴くなどして実態の把握に努めたいとする答弁書を閣議決定した。このように急速にこの問題が政治の場面でも表面化してきており、その流れのなかで、冒頭の逮捕劇が起こったのである。
  この本では、「ポルノ被害と性暴力を考える会」および「NPO法人人身取引被害者サポートセンターライトハウス」に寄せられた女性の生の声を中心に、"娯楽"として生産されているアダルトビデオの制作過程で、生身の女性にどのようなことが起きているかを伝え、さらにこうした女性への性暴力がアダルトビデオ産業の商品生産構造の一部として組み入れられている実態を明らかにする。
  かつて、家庭内暴力(DV)などの性暴力被害は、プライベートなこととして社会的認知がなかなか進まなかった時代があった。しかしいま、この問題は法整備もある程度進み、十分とは言わないまでも、この20年ほどの間に女性たちへの支援体制も整いノウハウも蓄積されてきた。
  しかし、アダルトビデオの制作現場で響いていたであろうこうした女性たちの悲鳴は、なかなか聞こえてこなかったし、見えていなかった。いっさい見えていなかったというわけではない。AV女優として成功した人たちの手記やAV女優を取材したルポルタージュはさまざまに出版されており、注意深く読みこめば、そこに、女性たちの苦悩や悲鳴が読み取れないこともなかった。が、おうおうにして読み飛ばされ、あるいは"成功に至るまでの苦労話"として受け取られ、それは"ないこと"にされていたように思う。
  しかし私は、「ポルノ被害と性暴力を考える会」の一員として図らずも彼女たちの悲鳴を直接当人から聞く立場に立たせられた。
  これらの声から見えてきたのは、契約というビジネスの装いをまとっているがその実、性犯罪と言ってもいい実態がある、ということである。
  相談を寄せる女性が一様にまず言うのは、「契約した私も悪い」という言葉である。自分が一方的に性被害を受けたという認識ではない。そして、撮影を強要した側も、契約を履行しただけの「仕事=ビジネス」だと言い、「犯罪」の意識は薄いようだ。
  従来の、性暴力被害者に対する相談方法の知見や蓄積されてきた支援体制のノウハウもあまり役に立たない新しい事態だ。当人が深刻に感じ相談したい内容は確かにある。だが相談を寄せる人自身はその深刻な相談の内実を、「性被害」という言葉を使っては伝えていない。私たちは、ひたすら虚心坦懐に話を聞き、彼女たちの肉声に迫ろうとした。彼女たちはどうしたいのか、彼女たちの訴える状況に対応して私たちにできることは何か。それを彼女たちの声のなかから学びとり、実際的な方法を一つ一つ探っていくしかなかった。本書は、そうした私たちの試行錯誤の記録でもある。

「AV被害者相談支援事業」に寄せられた声を中心に

 現在私が行っている、そしてこの本を書く契機となった「AV被害者相談支援事業」について、その成立経過を若干説明しておきたい。
  事業の核心は、アダルトビデオの撮影に応じた結果、"自分ではどうしたらいいのかわからないが、困った深刻な事態"に陥っていると訴える女性たちの声を聞き取り、主訴(本人が訴える事柄のなかで最も重要な解決課題)の解決に向けて何ができるかを、相談依頼者とともに考え実行することにある。相談支援事業の主体は相談を寄せてくる人々であり、支援者はこの人々の走るスピードに合わせる伴走者である。
   事業母体は、任意団体である「ポルノ被害と性暴力を考える会(PAPS)」(2009年結成。People Against Pornography and Sexual Violence)と「NPO法人人身取引被害者サポートセンターライトハウス(LH)」(2004年設立。Lighthouse : Center for HumanTrafficking Victims)の二つの団体である。
  PAPSは、婦人保護施設の施設長や職員、ポルノグラフィが社会に与える負の側面を研究していた研究者、および女性の性暴力被害に関心を持つ市民などから成る、つながりの緩やかな市民組織である。活動の中心は性暴力被害に関する社会啓発活動。一方、ライトハウスは、外国から人身取引被害者として日本へ"輸出"されてくる女性たちの救援活動を主たる目的として十年以上活動してきた、市民を中心メンバーとするNPO法人である。
  両団体ともにホームページがあるので詳しくはそこを参照されたい(PAPS:https://PAPS-jp.org/aboutus/ LH:http://lhj.jp/)。
   さて、PAPSに初めて「アダルトビデオに出演させられた。助けて」という趣旨の相談が寄せられたのは2012年である。当時PAPSは、直接的な相談支援活動を視野にはおいていなかったが、相談が寄せられた以上対応せざるを得なくなっていった。ほぼ同時期に、ライトハウスのほうへも、性風俗店での勤務やアダルトビデオへの出演を止めたいなどの相談が、単発的に寄せられるようになった。
   2013年に寄せられた相談を題材にして、PAPSでは、2014年1月に「AVに出演させられそうになっている方へ」というメッセージをホームページに掲載した。この記事には4万人余のアクセスがあった。同年七月には、より具体的な内容を含んだ「AVに出演していて困った問題に直面された方へ」というメッセージを掲載。続いて、同年8月に、手探り状態の私たちが連携を求めたヒューマンライツ・ナウの事務局長伊藤和子弁護士が「AV出演を強要される被害が続出」というタイトルで"安易に勧誘に乗るな"という内容の長文のメッセージをブログで発した。これらのメッセージは爆発的に広がり数万人のアクセスがあった。このことによりPAPSでは、それまで年に1件ほどだった相談件数が、2014年には二桁を数えるまでになった。
   PAPSにはITエンジニアとソーシャルワークの専門家がおり、ライトハウスには人身取引被害者支援のノウハウと人件費を賄う資金源がある。そこで、2015年春、両組織にブリッジを掛ける形で「AV被害者相談支援事業」として協働し、本格的な相談支援活動を開始した。なお、この事業において筆者は、支援者に対するスーパーバイザーという立場に身を置いている。
   女性たちの切羽詰まった雰囲気は伝わるのだが、いったいどのようなことで具体的に何に困っているのか、はじめはよくわからなかった。さらに、アダルトビデオ産業の成り立ちや個々の業者の組織形態や事業展開の戦略、また産業全体の規模や構造など、わからないことだらけであったので、支援体制の組み立ては困難を極めた。
  しかし、二つの設立基盤の異なる団体にブリッジを掛けて相談体制を組んだ試みは、いまのところ奏功し、2016年8月31日現在で、相談件数は相談を受け付け始めてから累計で218件に上る。そのうち直接面接した人は半分以上、百数十人になる。
  Ⅰでは、相談を寄せてきた人々(以下相談依頼者と呼ぶ)のなかから代表的な例を紹介する。なお、代表的な例といっても、個人を特定されることのないように、いくつかの似通った例をミックスさせてあることを断っておきたい。
  Ⅱでは、どのように彼女たちが、意思に反してアダルトビデオの撮影に応じそこから抜け出せなくなってしまったのか、女性たちがスカウトされて商品ができ流通するまでの事情を追う。そして、AVに出演したことで苦しみ困まっている女性たちが私たちの支援を受けてどのようにそこから抜け出していくのか、それでも残ってしまう課題は何かについても概観する。その上で、相談支援対応するなかで見えてきたアダルトビデオ産業の、あまり知られていない実態を、ごく普通の市民が抱く疑問を意識しながら伝えたい。
  先に述べたように、私たちが聞き取ってきた女性たちの訴えが、2015年、2016年頃から各種のメディアによって"アダルトビデオ出演強要"とネーミングされ、報道される機会が増えてきた。と同時に、そもそも彼女たちの訴えが本当である証拠はあるのか、好きでやっているのではないか、女性は自分が不利な状況になったものだから勝手に被害をでっちあげて?を言い立てているに過ぎないのではないか、などの批判や反論、中傷が相次ぐようになってきている昨今でもある。
   私たちには調査の法的権限はないので、プロダクションやメーカー側の事情を聴取したり、調査することはできない。したがって、本書で取り上げている事例について、厳密に司法的な意味での証拠はなく、彼女たちが犯罪の被害者であると断定的に言うことはできない。私たちはただ、彼女たちが訴えてきた言葉をなるべく正確に、なるべくたくさんの人に伝えたいと思う。死にたくなるほど苦しいと訴えている人の言葉を、従来は埋もれてしまい、誰も聞いていなかった女性たちの言葉を、それを聞いた者の責任として、広く世に伝える必要があると思うのだ。
 アダルトビデオは合法的に社会に広く流通している商品である。男性で、AVを一度も見たことがないという人は少数派だろう。一方こうした被害に遭うのは、性風俗業界に近い環境にいる女性だけとは限らない。ごくふつうの学生であったりアルバイトや非正規で働く人であったりする。特殊な人たちの特殊な問題ではない。私たちの暮らす社会のなかで、私たちのすぐ横で起こっている社会問題であることを、理解していただければ幸いである。