世の中ラボ

【第80回】WEB小説ってどんなもの?

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」12月号より転載

 ネット上の投稿サイトから生まれた「ケータイ小説」というジャンルが話題になったのは二〇〇六~〇七年のことだった。
 〇六年に書籍化された美嘉『恋空』、〇七年のメイ『赤い糸』などが代表的な例である。多くは一〇代の少女を主人公にした恋愛小説で、援助交際、難病、自殺未遂、リストカットなどの悲惨な話がてんこ盛り。横書きで印刷されているのも特徴的だった。トーハン調べによる〇七年の年間ベストセラーランキングでは、文芸書部門のトップ3をケータイ小説が独占。空前のブームに既存の文学界も驚き、ケータイ小説分析本も多数出版された。
 それから一〇年。一時期一世を風靡したケータイ小説はその後すっかりなりを潜めた、ように見えた。「ケータイ小説なんてどうせ一過性のブームだわよ」などといってた私。ところが、どうしてどうして、ケータイからスマホにハードが進化したように、ネット上の投稿小説もいっそうの興隆をきわめ、ケータイ小説は「WEB小説」というジャンルに進化していたのである。
 代表的なプラットホーム(発表媒体)は〇九年にリニューアルオープンした「小説家になろう」というサイト。ここから書籍化、マンガ化された作品も多く、映像化への道も開けている。い、いつのまに……という感じ。ともあれ実物を読んでみることにしよう。

WEB小説の王道は異世界モノ

 WEB小説の書籍版でもっとも有名になったのは、六〇万部を売った住野よる『君の膵臓をたべたい』だろう。
〈クラスメイトであった山内桜良の葬儀は、生前の彼女にはまるで似つかわしくない曇天の日にとり行われた〉と物語は書き出される。語り手の「僕」は高校二年生。友達も恋人もいない冷めた男子だ。ある日、図書委員として本の整理をしていた「僕」は山内桜良に唐突に告白される。〈「君の膵臓を食べたい」〉。
 えっ、カニバリズム? 〈「昨日テレビで見たんだぁ、昔の人はどこか悪いところがあると、他の動物のその部分を食べたんだって」〉と彼女はいった。〈「肝臓が悪かったら肝臓を食べて、胃が悪かったら胃を食べてって、そうしたら病気が治るって信じられてたらしいよ。だから私は、君の膵臓を食べたい」〉。
「僕」は彼女の秘密を知っていた。盲腸炎の手術後の抜糸で病院にいた「僕」は、ロビーで「共病文庫」と手書きされた文庫サイズの日記を見つけたのだ。〈家族以外の誰にも言わないけれど、私は、あと数年で死んじゃう。それを受け止めて、病気と一緒に生きる為に書く〉。その日記の持ち主が山内桜良だった。彼女は重い膵臓の病気で、余命一年と宣告されているらしい。隠していた病気のことを「僕」に知られた桜良は、以後「僕」をあちこちに引っ張り回す。食べ放題の焼肉店、スイーツバイキング、博多への一泊旅行。やがて桜良は入院し、「僕」は毎日彼女を見舞うが……。
 難病の女の子が死ぬと最初からわかっている点は、あの大ベストセラー『世界の中心で、愛をさけぶ』(片山恭一)を想起させる。ただし既存の難病小説と異なるのは、「僕」と桜良の関係性が大きなテーマとなっている点だろう。恋人でも友達でもない微妙な距離感。人とのコンタクトが取れない「僕」と、人との関係性を大事に生きてきた桜良。終盤、「僕」はやっと気づくのだ。〈僕は、本当は君になりたかった〉のだと。人を愛せて人に愛される桜良みたいな人間に。そして「君の爪の垢を煎じて飲みたい」という言葉の代わりに渾身の一文をメールした。「君の膵臓を食べたい」。
 感動ポイントがあるとすれば、ここでしょうね。しかも余命が半年に縮まった桜良は退院直後、病気ではなく通り魔殺人(!)で唐突に死ぬのである。もーなんという展開。
 もっとも一応リアリズム小説の範疇に収まる『キミスイ』は、一般の文学ファンが読んでもさほど違和感はないだろう。〈彼女が死んだ。/甘えていた。/この期に及んで僕はまだ甘えていたんだ〉などの感情吐露部分はウザいとしてもだ。
 しかし、WEB小説の王道(?)はこうしたリアリズム小説ではないのだな。『このWeb小説がすごい!』(宝島社、二〇一五年)が読者投票などを元に選んだベスト10は、すべて異世界モノや転生モノだ。第一位は理不尽な孫の手『無職転生――異世界行ったら本気だす』、第二位は長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』(KADOKAWA/MF文庫J)、第三位は川原礫『ソードアート・オンライン』(KADOKAWA/電撃文庫)。個人サイトで発表された『ソードアート・オンライン』以外はいずれも「小説家になろう」に掲載された作品で、一〇巻以上のシリーズを数えているのも共通点。WEB小説は大河志向なのだ。
 第一位に輝いた『無職転生――異世界行ったら本気だす』を読んでみよう。理不尽な孫の手という著者名もふざけているが、書き出しがちょっと意表を突く。〈俺は三十四歳住所不定無職。/人生を後悔している真っ最中の小太りブサメンのナイスガイだ。/つい三時間ほど前までは住所不定ではない、ただの引きこもりベテランニートだった。/だが、気づいたら親が死んでいた。/引きこもっていた俺は、葬式はもちろん、親族会議にも出席しなかった。/結果、見事に家を追い出されることとなった〉。
 主人公が三四歳のオッサンだっていうだけでも、「WEB小説は子どものジャンル」とはいえないことがわかるでしょ。
 さて、職も家も失った「俺」は過去を激しく後悔する。〈やればできる俺は、他の馬鹿どもとは出来がちがうんだと思っていた。思っていたんだ〉。過去に戻ってやり直したいと思うも、それはかなわぬ願い。が、そのとき、三人の高校生に向かって一台のトラックが猛スピードで突っ込んで行くのが見えた。助けなきゃと思った「俺」は走った。瞬間、目の前にトラックがいた。
〈目が覚めた時、最初に感じたのは眩しさだった〉。〈どうやら俺は生まれ変わったらしい。その事実が、ようやく飲み込めた。/俺は赤ん坊だった〉。しかもそこは〈言語も違うし、両親の顔立ちも日本人ではない。服装もなんだか民族衣装っぽい〉。半年後、ハイハイできるようになった彼は気がつく。〈ここは地球ではなく、別の世界だ〉。〈剣と魔法の異世界だ〉。
〈そこで、ふと思った。/……この世界なら、俺もできるんじゃないだろうか、と。/剣と魔法の世界なら、生前と常識の違う世界なら、俺にだってできるんじゃないだろうか〉。こうして前世の記憶を持ったままの「俺」は、グレイラット家の長男ルーデウス(通称ルディ)として、剣と魔法の修業に励むことになる。
 外は赤ん坊だが、中身は三四歳のオッサン。このギャップがときにはエロイ視線も込みで読者の笑いを誘うわけだが、それにしたってこの展開は、フツーの文学を読んできた読者には仰天だ。が、繰り返すけど、こっちがWEB小説の保守本流なのよね。

文芸の民主化がプロを脅かす

 日常と異世界が隣合わせの世界。リアリズムとファンタジーが混在した作品。それは近年の物語作品全般の傾向ともいえる。令丈ヒロ子『若おかみは小学生!』みたいな児童文学もそうだったし、一六年に大ヒットした新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』もそうだしね。魔法や魔術が当たり前の顔で登場するのも『ハリー・ポッター』シリーズ以来の傾向だ。それにしても、なぜWEB小説にはこの種の異世界モノや転生モノが多いのか。
 飯田一史『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房、二〇一六年)は、ウェブ小説が必要とされる理由を二つあげている。〈ひとつには、紙の小説雑誌に影響力がなくなったこと。/ひとつには、出版社が新人を発掘・育成する能力と体力が衰えてきたこと〉。さらには新人文学賞の影響力も落ちて、受賞作が売れるとは限らない。もっといえば新人作家をプロモーションする力もない。
 一方、「小説家になろう」のユーザーは四〇〇万人以上、作家登録者は八八万人を超え、投稿作品は四三万以上。人気作品はアクセス数やお気に入り数で可視化され、書籍化した場合の数字も読みやすい。WEB小説は紙の商品のファームとしても有効なのだ。
 ネット上で読まれることを前提にしているWEB小説は、物語の内容や形式にも一定の傾向が現れる。異世界モノや転生モノが多いのは、ネットユーザーにそれがもっとも受け入れられやすいからだろう。ゲームの世界との類似。読者をあっといわせる突飛な仕掛け。小さな事件が次々起こる絵巻物式の物語展開。構築的に書かれた既存の文芸作品とは自ずと趣きを異にする。
 書籍業界ではWEB小説は通常「ライトノベル」に分類される。が、内容的な縛りがない以上、WEB小説がカバーする範囲は広く、中には秋川滝美『居酒屋ぼったくり』のようなグルメ系の作品もあったりする。〈『居酒屋ぼったくり』/それが、この店の屋号である。/あまりにも物騒で、一見の客は暖簾の前で足を止めることすらためらうような店名だが、元からその名前だったわけではない〉。こんな調子で語られる下町人情劇風のこの連作短編集は、四〇代、五〇代の読者に人気があるのだそうだ。
 書きたい人が書いて、読みたい人が読む。これは文芸の一種の民主化というべきだろう。一見バラバラに見える三作も、人間関係や自身の生活に疲れた読者を慰める効果を持つという点で、たいへん現代的な作品ではある。するとプロの選択眼に頼った既存の新人文学賞にもう意味はない? さあ、そこは微妙なところですね。文芸誌の衰退をあざ笑うかのようなWEB小説の興隆。注目すべきはそれでも小説は書かれ、読まれているということだろう。発表の形は変わっても人々は物語を求めている。それが何より興味深い。

【この記事で紹介された本】

『君の膵臓をたべたい』
住野よる、双葉社、2015年、1400円+税

 

〈読後、きっとこのタイトルに涙する〉(帯の惹句より)。重い膵臓の病気で余命が限られている桜良と、家族以外には秘密にしていた桜良の病気を知った「僕」。会えば冗談ばかりいいあう二人だったが、人付き合いの苦手な「僕」は彼女を介して人とのかかわり方を学んでいく。が、彼女は思いがけない理由で命を落とした。はたして彼女が残した遺書に書かれていた文言とは……。『セカチュウ』のラノベ版ともいえる難病モノ。映画化も予定されている。

『無職転生――異世界行ったら本気だす』
理不尽な孫の手、KADOKAWA/メディアファクトリー、2014年、1200円+税

 

34歳無職童貞ニートの「俺」は、自分の人生を後悔していたが、トラックにはねられて死亡。気づくとそこは剣と魔法が支配する異世界だった。前世の記憶を残したまま赤ん坊のルーデウスに生まれ変わった「俺」は、今度こそ本気の人生をやり直すべく奮起する。笑わせポイントの多いダメ人間の転生物語。第1巻は「幼年期」までだが、シリーズは12巻まで出ており、まだまだ続く勢い。




『居酒屋ぼったくり』
秋川滝美、アルファポリス、2014年、1200円+税

 

両親を亡くし「ぼったくり」という名の店を引き継いだ美音と馨の姉妹。父は〈誰でも買えるような酒や、どこの家庭でも出てくるような料理で金を取るうちの店は、もうそれだけでぼったくりだ〉と自嘲気味に口にしていたが……。下町商店街の常連客が集まる店を舞台にした連作短編集。悩みを抱えた客を毎回、美音の料理と酒が癒す。ライト感覚の池波正太郎か、ウンチク浅めの『美味しんぼ』か。すでに6巻を数え、マンガ化もされている人気作。

 

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